147 / 236
date et dabitur vobis
sedecim
しおりを挟む
力が入らず、上手く動かない身体に苛立ちを感じながらも、斎は天弥に向かって手を伸ばした。それを見て天弥は、力なく首を横に振りながらゆっくりと後退る。
「たか……み」
斎に名前を呼ばれ、天弥の表情に切なさが浮かぶ。自分にむかって差し出されたその手を、掴みたかった。だが、自分のせいで斎は落命をするところだったのだ。
「ごめんなさい」
天弥はそう告げると、背を向けその場から立ち去ろうとした。
「天弥!」
自分を呼び止める声に続き、腕を掴まれ足を止める。振り向いたら、斎から離れられなくなりそうで、天弥はそのまま立ち尽くす。
「悪かった……」
まだ少し辛そうな声が、天弥の耳に届き、静かに顔を伏せた。
「天弥を傷つけてばかりで、本当にすまないと思っている」
天弥は首を横に振る。元はといえば、斎は巻き込まれただけなのだ。十二年前に出会っていなければ、別の人生を送っていたはずなのだ。謝るべきなのは自分なのだと天弥は思う。
「天弥、お前が好きだ。許してくれるなら、やり直したい」
胸が締め付けられ、天弥の瞳から涙が零れ落ちる。
「でも、僕は……」
その先の言葉が続けられず、口を噤む。自分の正体を告げるべきなのだと思いつつも、嫌われるのが怖くて口に出来ずにいる。本当の天弥の記憶から、自分の正体も真実も知った。自分は、斎に想ってもらえるような価値のあるものではない。
「天弥?」
天弥は首を横に振った。自分は天弥ではないのだ。その名前に答えることは出来ない。その様子と言葉を詰まらせ涙を流す天弥に、もう無理なのかと斎は打ちのめされる。だが、自分のした事を考えれば、それも当然の事なのだ。
「僕は……」
力のない天弥の声が聞こえる。今まで、成瀬天弥として過ごしてきた。今更、違うのだと言われても、天弥として過ごしてきた記憶や感情しかないのだ。これからどうすれば良いのか分からない。
「もう……、俺の事は嫌いか?」
いっその事、ハッキリと天弥の口から嫌いなのだと告げられれば、諦めもつくかもしれない。そう思い、斎は張り裂けそうな胸の痛みに耐えながら立ち上がった。
その言葉にゆっくりと振り返り、天弥は斎を見上げた。涙が溢れ続ける瞳を斎に向け、天弥は首を横に振る。その様子に、斎の表情が安堵の色に彩られる。
「でも……、僕のこの想いは作られたものだって……」
斎を見つめている事が出来ず、天弥は俯いた。
作られた想いだというのなら、斎を想い苦しくなる胸や、切なくなる感情も偽者なのだろうか。それならなぜ、こんなにも辛いのか分からなかった。天弥の腕を掴んでいる斎の手が離れた。その動作に、やはり斎に想ってもらえる資格も価値もないのだと、さらに胸を締め付けられる。
斎を失い、さらに自分自身の存在も無くした今、総てを終わらそうと考える。最後に一目、最愛の相手を見ようと斎の顔を見上げた。その瞬間、勢いよく抱き寄せられ、そのまま強く抱きしめられた。
「俺が好きか?」
天弥は斎の胸に顔を埋めた。
「好きです」
迷い無く答え、天弥は斎の身体に腕を回す。
「それは偽りなのか?」
天弥は思わず斎の顔を見上げ、首を横に振った。
「先生が好きです」
「たか……み」
斎に名前を呼ばれ、天弥の表情に切なさが浮かぶ。自分にむかって差し出されたその手を、掴みたかった。だが、自分のせいで斎は落命をするところだったのだ。
「ごめんなさい」
天弥はそう告げると、背を向けその場から立ち去ろうとした。
「天弥!」
自分を呼び止める声に続き、腕を掴まれ足を止める。振り向いたら、斎から離れられなくなりそうで、天弥はそのまま立ち尽くす。
「悪かった……」
まだ少し辛そうな声が、天弥の耳に届き、静かに顔を伏せた。
「天弥を傷つけてばかりで、本当にすまないと思っている」
天弥は首を横に振る。元はといえば、斎は巻き込まれただけなのだ。十二年前に出会っていなければ、別の人生を送っていたはずなのだ。謝るべきなのは自分なのだと天弥は思う。
「天弥、お前が好きだ。許してくれるなら、やり直したい」
胸が締め付けられ、天弥の瞳から涙が零れ落ちる。
「でも、僕は……」
その先の言葉が続けられず、口を噤む。自分の正体を告げるべきなのだと思いつつも、嫌われるのが怖くて口に出来ずにいる。本当の天弥の記憶から、自分の正体も真実も知った。自分は、斎に想ってもらえるような価値のあるものではない。
「天弥?」
天弥は首を横に振った。自分は天弥ではないのだ。その名前に答えることは出来ない。その様子と言葉を詰まらせ涙を流す天弥に、もう無理なのかと斎は打ちのめされる。だが、自分のした事を考えれば、それも当然の事なのだ。
「僕は……」
力のない天弥の声が聞こえる。今まで、成瀬天弥として過ごしてきた。今更、違うのだと言われても、天弥として過ごしてきた記憶や感情しかないのだ。これからどうすれば良いのか分からない。
「もう……、俺の事は嫌いか?」
いっその事、ハッキリと天弥の口から嫌いなのだと告げられれば、諦めもつくかもしれない。そう思い、斎は張り裂けそうな胸の痛みに耐えながら立ち上がった。
その言葉にゆっくりと振り返り、天弥は斎を見上げた。涙が溢れ続ける瞳を斎に向け、天弥は首を横に振る。その様子に、斎の表情が安堵の色に彩られる。
「でも……、僕のこの想いは作られたものだって……」
斎を見つめている事が出来ず、天弥は俯いた。
作られた想いだというのなら、斎を想い苦しくなる胸や、切なくなる感情も偽者なのだろうか。それならなぜ、こんなにも辛いのか分からなかった。天弥の腕を掴んでいる斎の手が離れた。その動作に、やはり斎に想ってもらえる資格も価値もないのだと、さらに胸を締め付けられる。
斎を失い、さらに自分自身の存在も無くした今、総てを終わらそうと考える。最後に一目、最愛の相手を見ようと斎の顔を見上げた。その瞬間、勢いよく抱き寄せられ、そのまま強く抱きしめられた。
「俺が好きか?」
天弥は斎の胸に顔を埋めた。
「好きです」
迷い無く答え、天弥は斎の身体に腕を回す。
「それは偽りなのか?」
天弥は思わず斎の顔を見上げ、首を横に振った。
「先生が好きです」
0
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる