親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

空地大乃

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第三章 放置ダンジョンで冒険者暮らし編

第139話 人は変わる

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 香川に促され、俺たちはギルドマスター室へ向かった。
 廊下を歩く途中、熊谷が横に並んで小声で訊いてくる。

「なぁ。さっきの阿久津とかいうヤツ、風間とどういう関係なんだ?」

 ――やっぱり気になるか。最初に声をかけてきたのは熊谷だったしな。

「学生時代からの付き合いだ。社会人になってからも同期で……昔は親友だと思ってたんだけどな」

 口にしてみると、胸の奥に鈍い痛みが広がる。
 親友に裏切られ、恋人まで奪われ、挙げ句に身に覚えのない罪で会社も追われた。あの頃の絶望が、まだ少しだけ刺さっている。

「少なくとも学生時代は、あんな奴じゃなかったはずなんだけどな……」

 阿久津は運動万能で頭も切れた。今にして思えば、どうして俺なんかとつるんでいたのか不思議なくらい優秀だった――少なくとも、昔は。

「……さっきの態度じゃ親友には見えなかったけどな」
「まあ、そうだろうな。俺だって信じられなかったくらいだ」
「裏切り、か。胸クソ悪いぜ。ダチを売るヤツが一番嫌いなんだ」

 熊谷が吐き捨てる。彼も似た経験があるのかもしれない。

「人は変わる。良くも悪くも、だ」

 後ろから中山が俺の肩をぽんと叩く。
 確かにそうだ。俺自身、冒険者になるなんて思っていなかったのに、今はこうして仲間と笑っている。

「この俺だって、昔はヒョロガリってバカにされてたんだからな」
「え?」
「マジかよ……」
「ワン!?」
「ピキィ!?」
「マァ!?」
「モグゥ!」
「ゴブッ!」

 モンスターたちまで目をまん丸にして驚く。今の大胸筋からは想像もつかない話だ。

 そのとき、愛川が袖を引きながらモジモジと口を開く。

「か、変わったといえば……その、風間さん……えっと……」

 視線が俺と秋月のあいだを行ったり来たり。熊谷がにやにやしながら茶々を入れた。

「何だモジモジして。トイレか? だったらさっさと行けよ」
「ちっがうわよ! デリカシー皆無ね!」

 愛川が真っ赤になって熊谷を小突く。

「そ、そうじゃなくて……い、いつから“ハル”って呼ばれてるのかなって……」

 言われて俺もハッとする。さっき秋月が何気なく呼んでいたのを思い出した。

「いや、俺の名前が晴彦だから、短くしただけで……」
「そ、それなら私もこれから“ハルさん”って呼ぶね!」

 秋月が一瞬だけ視線を投げ、穏やかな笑顔を浮かべる。けど――なぜか背筋に冷たいものが走った。笑っているのに、ちょっとだけ怖い。

「い、いいよね?」と愛川。
「……あ、いや、それは――」

 返事に詰まったところへ熊谷が豪快に背中を叩いた。

「いいじゃねぇかハル!」
「うむ、ハルは呼びやすい」

 中山まで便乗。モンスターたちも何だか楽しそうに鳴いていて、完全に流れが決まってしまう。

「も、もちろん好きに呼んでくれ……」
「う、うん! ハルさん!」

 秋月は小さくため息をつき、それから苦笑い。
 どうやら許可は下りたらしいが、なぜ呼び名にここまで空気が張り詰めるのか、俺にはまだよく分からない。

 ――と、その空気を切り裂くように、香川の淡々とした声が響いた。

「お喋りはそのくらいに。着きましたよ」

 見ると、もうギルドマスター室の前だ。
 香川は扉に手をかける直前、わざとらしく苗字を強調した。

「どうぞ、風間さん」

 ……やっぱり意図的だ。肩をすくめつつも、俺たちは小澤マスターの部屋へと足を踏み入れた。
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