親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

空地大乃

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第三章 放置ダンジョンで冒険者暮らし編

第142話 ダンジョン災害に思うところ

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 風間たちの手続きを終えたあと、香川は厚い書類の束を抱えてギルドマスター室を再び訪れた。

 室内では小澤マスターがバーベルを担いだまま、低い姿勢でスクワットをこなしている。汗が床に落ちるたび、筋肉が滑らかに波打つ光景は相変わらずだ。

「ムッ、香川か。どうした?」

 香川は「またやっている」とでも言いたげに眉をひそめるが、表情は崩さない。

「ダンジョン災害に関する追加報告書です。ご確認ください」

 机の上には既に未処理の書類が山。香川は慣れた手つきでそこへ新たな束を積み上げた。

「はぁ……また役所仕事か。冒険者ギルドって名のロマンも、こういう紙の山で現実に引き戻されるな」
「国の機関である以上、書類業務は避けられません」

 小澤マスターはバーベルをラックに戻し、タオルで汗を拭くとソファへ腰を下ろした。

「それと、災害の発端になったダンジョンに調査班が派遣されるそうです」

「ようやくか。正直、被害が小さかったから後回しにされたのかもしれん」

 香川は頷きながらタブレットを操作し、衛星データを投影した。魔力反応を検知してダンジョンの位置を示す、ギルド専用ネットワークの地図である。

「今回、問題になっているのはゴブリンロードが出たタイミングです」

 香川は地図を指し示しながら言葉を続ける。

「ゴブリンロードは成熟したダンジョンで出現する中級ボス級。発生直後のダンジョンから現れるのは理屈に合いません」

「確かに。あの山には去年の大雨で小規模な土砂崩れがあったな。もし既にできていたダンジョンが土に埋もれていたとしたら?」
「可能性の一つです。ただ――」

 香川はページをスワイプし、別の資料を映す。

「衛星は魔力を感知できます。土砂の下でも通常のダンジョンなら反応が出ます。それが出ていない以上、“放置ダンジョン”と同じように魔力密度が極端に低いケースを疑うべきかと」
「放置ダンジョンか……なるほど。だが放置型はダンジョンが成長せず危険がないのが定説だ。なぜゴブリンロードが?」

 小澤マスターは肘掛けを指でトントン叩きながら考え込む。

「例外は既に発生しています。風間の生活している放置ダンジョンで、モンスターが自発的に動き回っていますからね」
「確かにあれは前例がない……。ましたあんなにも可愛らしいモンスターがあんなに沢山。なんとも羨ましい話だ」
「マスター」

 冷めた視線を受け、小澤マスターがゴホンっと咳きする。

「だが、まだ“点”だな。線で結ぶには情報が足りん」
「現地調査が進めば、ダンジョンの成層や発生年代、魔力濃度の推移が分かります。すべて憶測の域を出ませんが、警戒に越したことはありません」
「了解だ。報告書が上がり次第、俺も改めて現場に顔を出すつもりだ。――それにしても、あのダンジョンの謎は根が深いかもしれんな」

 小澤マスターは苦笑しつつ書類の山を見やった。香川が踵を返し、ドアノブに手を掛けたところで話題を切り替える。

「そういえば大黒の件ですが、いまだ逃亡中のようです。警察は行動範囲を絞れていないとか」
「しぶといな。とはいえ、警察案件だ。俺たちが動くにしても正式な要請が来てからだな」
「ええ。情報が入ったら共有します。それでは失礼します」

 香川が退室し、静寂が戻る。小澤マスターは深く息を吐き、巨大な書類の山とにらめっこした。

「――さて、俺も現実に戻るか」

 バーベルに伸ばしかけた手を引っ込め、ペンを握る。紙をめくる音が、筋トレ代わりのリズムを刻み始めた。
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