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「……あの、精霊犬について、ご存じないですか? 私が育てている子たちが、あなたの国の人みたいな顔立ちなんです」
私が問いかけると、商人は片眉を上げた。
「精霊犬? 北方の精霊獣の話なら、聞いたことはあるが……。
ただし、タダでは教えられん。俺は、商いが仕事だからな」
男は荷車の奥から、小さな木製の樽を取り出した。
「俺の売る商品は、酒だ。北方の蜂蜜酒と、あとはホップを少し入れた“エール”がある。
どちらも薄めじゃないぞ」
商人が樽木栓を抜いた瞬間、甘い香りと麦の香りがふわりと漂った。
「買うのは、1杯でいいよ。銅貨2枚でどうだ」
お酒か……。
12~13世紀のヨーロッパでは、水より安全な飲料として、酒は日常的に飲まれていた。
村の井戸や川の水は、農村の排水などで汚染されていたから、飲むとお腹をこわしやすかったので、かわりに酒を飲むのだ。
酒の度数はさまざまで、子どもでも飲める程度の酒は、とても薄い低アルコール飲料(度数1~2%程度)が主流。
けど、この商人が売る酒は、度数が高いらしい。
16歳の私は、この時代ではもう立派な成人だ。
度数が高い酒を飲んでも、誰にも咎められない。
「じゃあ……ミードを1杯ください」
私が銅貨を差し出すと、商人は笑った。
「ありがたいね。良い取引だ。神があなたに報いてくださるように」
商人は荷車の脇に置かれた樽の前へ行き、固く打ち込まれた木栓を短いナイフでこじあけるように抜いた。
ぽん、と乾いた音がひびく。
途端に、蜜と麦の甘い香りが冷えた空気にふわりと広がった。
ミードは、ハチミツ+水+酵母を発酵させて作る醸造酒だ。
原料となるハチミツは貴重なため、安酒ではない。
ビールやワインより値段は高いけど、貴族酒ほど高級品ではないといった価値だ。
商人が片手で樽をわずかにかたむけると、琥珀色の液体が、とくとくと細い流れになって木椀に注ぎこまれた。
酒がそそがれた木椀を、私に手渡す。
「ほら、しっかり持ちな。こぼすと寒いぞ。度数は強いが、身体が温まる。北の旅路じゃ欠かせない酒だ」
「ありがとう」
私は両手で木椀を受け取り、かすかに湯気の立つ表面をのぞきこんだ。
ぐい、と口をつけると、思ったより喉に熱が走る。
蜂蜜の甘さのあとに、麦の香りが広がる。
身体の芯がじんわり温かくなるのがわかった。
はじめて飲む味だ。
ふだんから村で飲んでいたのは、大麦やライ麦から作られた低アルコールのビールか、発酵が進みすぎた酸味のある薄酒だった。
商人は、ご機嫌な態度で笑う。
「どうだ? 北の酒は、寒さをしのぐために、ちょいと強めに作るんだ」
「おいしいです。砂糖菓子みたいな重たいあまさじゃなくて、花蜜のやさしいかおりがします」
「そうだろう? これは滋養のある飲み物なんだよ。だから、のどを焼く感じもない。
さて……あんたが知りたいのは、精霊犬の話だったな」
「はい、なにか知っていますか?」
「北欧の沿岸には、かつて“風の番犬”と呼ばれる精霊犬族が住んでいた。
しかしな、王権が強まるにつれ、精霊犬族のちからを恐れた領主たちが彼らを迫害したという。
ウワサによれば、とある母犬が人間に追われ、逃げたらしい」
「それじゃあ、もしかしたら私が育てているあの子たちは、その母犬と一緒にいたのかもしれないんですね……」
「母犬は、ちからつきて死んでいる可能性は高いだろうね」
私は酒器を握ったまま、あの子たちの、銀・赤・青・琥珀……それぞれの髪色を思い浮かべる。
雪の森を駆ける狼のような、美しい姿。
「もっと教えてくれますか?」
「もちろん。もう1杯買ってくれたら、お礼にもう少し話そう」
私が銅貨を差し出すと、商人の男は新しい木椀に追加の酒を注いだ。
私が問いかけると、商人は片眉を上げた。
「精霊犬? 北方の精霊獣の話なら、聞いたことはあるが……。
ただし、タダでは教えられん。俺は、商いが仕事だからな」
男は荷車の奥から、小さな木製の樽を取り出した。
「俺の売る商品は、酒だ。北方の蜂蜜酒と、あとはホップを少し入れた“エール”がある。
どちらも薄めじゃないぞ」
商人が樽木栓を抜いた瞬間、甘い香りと麦の香りがふわりと漂った。
「買うのは、1杯でいいよ。銅貨2枚でどうだ」
お酒か……。
12~13世紀のヨーロッパでは、水より安全な飲料として、酒は日常的に飲まれていた。
村の井戸や川の水は、農村の排水などで汚染されていたから、飲むとお腹をこわしやすかったので、かわりに酒を飲むのだ。
酒の度数はさまざまで、子どもでも飲める程度の酒は、とても薄い低アルコール飲料(度数1~2%程度)が主流。
けど、この商人が売る酒は、度数が高いらしい。
16歳の私は、この時代ではもう立派な成人だ。
度数が高い酒を飲んでも、誰にも咎められない。
「じゃあ……ミードを1杯ください」
私が銅貨を差し出すと、商人は笑った。
「ありがたいね。良い取引だ。神があなたに報いてくださるように」
商人は荷車の脇に置かれた樽の前へ行き、固く打ち込まれた木栓を短いナイフでこじあけるように抜いた。
ぽん、と乾いた音がひびく。
途端に、蜜と麦の甘い香りが冷えた空気にふわりと広がった。
ミードは、ハチミツ+水+酵母を発酵させて作る醸造酒だ。
原料となるハチミツは貴重なため、安酒ではない。
ビールやワインより値段は高いけど、貴族酒ほど高級品ではないといった価値だ。
商人が片手で樽をわずかにかたむけると、琥珀色の液体が、とくとくと細い流れになって木椀に注ぎこまれた。
酒がそそがれた木椀を、私に手渡す。
「ほら、しっかり持ちな。こぼすと寒いぞ。度数は強いが、身体が温まる。北の旅路じゃ欠かせない酒だ」
「ありがとう」
私は両手で木椀を受け取り、かすかに湯気の立つ表面をのぞきこんだ。
ぐい、と口をつけると、思ったより喉に熱が走る。
蜂蜜の甘さのあとに、麦の香りが広がる。
身体の芯がじんわり温かくなるのがわかった。
はじめて飲む味だ。
ふだんから村で飲んでいたのは、大麦やライ麦から作られた低アルコールのビールか、発酵が進みすぎた酸味のある薄酒だった。
商人は、ご機嫌な態度で笑う。
「どうだ? 北の酒は、寒さをしのぐために、ちょいと強めに作るんだ」
「おいしいです。砂糖菓子みたいな重たいあまさじゃなくて、花蜜のやさしいかおりがします」
「そうだろう? これは滋養のある飲み物なんだよ。だから、のどを焼く感じもない。
さて……あんたが知りたいのは、精霊犬の話だったな」
「はい、なにか知っていますか?」
「北欧の沿岸には、かつて“風の番犬”と呼ばれる精霊犬族が住んでいた。
しかしな、王権が強まるにつれ、精霊犬族のちからを恐れた領主たちが彼らを迫害したという。
ウワサによれば、とある母犬が人間に追われ、逃げたらしい」
「それじゃあ、もしかしたら私が育てているあの子たちは、その母犬と一緒にいたのかもしれないんですね……」
「母犬は、ちからつきて死んでいる可能性は高いだろうね」
私は酒器を握ったまま、あの子たちの、銀・赤・青・琥珀……それぞれの髪色を思い浮かべる。
雪の森を駆ける狼のような、美しい姿。
「もっと教えてくれますか?」
「もちろん。もう1杯買ってくれたら、お礼にもう少し話そう」
私が銅貨を差し出すと、商人の男は新しい木椀に追加の酒を注いだ。
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