巻き込まれた薬師の日常

白髭

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1H-鎮守と毒性

1H-05 鎮守の森の願い

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 まだ日が上りきらないうちにエリスさんに起こされた。隣ではパラケル爺さんが豪快ないびきを立てていた。

「野営の当番よ。起きてちょうだい」
 はっとして飛び起き、ブランケットを手早く片づける。

「ありがとうございます。すみません、寝入ってしまって」
「私は“様”じゃなくていいわ。様づけは性に合わないの」

 呼び捨ては恐れ多いので「エリスさん」に落ち着く。焚き火に木の枝がくべられ、火勢が上がる。妖精たちは丸くなって、ひとかたまりになって眠っていた。

「エリスさん、仮眠は?」
「建前よ。本当はパラケルと私の二人でやるつもりだったの。あなたの隣で少し寝たけど、気づかなかったでしょう。そもそも何かあった時、あなた一人では対応しきれないわ」

 確かに、自分にはせいぜい呼びに走るくらいしかできない。
「本格的な野営の経験がないあなたに、この世界の空気を少しでも肌で感じてほしかった。それと、パラケル抜きで話しておきたいことがあるのよ」

 一呼吸おき、エリスさんはつぶやく。
「『向こうの知識』の扱いについてね」

 昨日、緩さを指摘されたばかりだ。滑車もシチューも、向こうではありふれたものだったが、こちらでは革新的な技術に相当するようだ。

「思いついたらやる性格と、スキルが後押ししているんだと思います。こっちに来てからは特にその傾向が強まっている実感があります」

「なら慎重にいきましょう。対価を求めること。もしくは地位と年齢がもう少し上がってからとすること。焦る必要はないのよ。あなたはまだ少年なんだから」
「ご助言、ありがとうございます」

 胸に刺さる。少し浮かれすぎていたのかもしれない。

「本題。あなたがここに“下賜”された経緯を話すわ」

 ――この界はヴィヴォ・イグザム。鎮守の森の主テトラフィーラ様は主位格、神々の中では低位で、支配域は緩徐。魔物から神格に昇ったため、神格の中では発言力が強くない。神格者の世界も関係が複雑らしい。

 少し前、上位神から地上の神格者へ神託が降り、「界上」から魂(アニマ)が下賜されると。降りる時・場所・状態は不確定。薬師で複数のスキルを持つヒト族のアニマだということ。エリスさんは、磁器、ポーション改良、ハイポーションの連続報告があったことを訝しく思っていたこと。その中心、レッド=ベルナルを下賜者だと推測し、慎重に監視としたこと。城郭都市でも見られていた感覚を覚えたのはそのためだったようだ。拉致や流出を避けるため、領主権限でパラケル、アゼル、サルタン、村長が連携していた。


「こちらは部族の命題。主と族長の願いね」
 ぱちっと木が弾けた音が会話を区切った。火勢が弱くなり、影が濃くなった。エリスさんがより疲れた表情をしていることに気づいた。

 100年前。彼らは魔の森北側から移住した。鎮守の森は魔素が濃く、住み良いが植物の魔素も濃い。そのため主食に毒性が乗ってしまい、エルフはポーションを“常飲”している。解毒ポーションは効果が薄く、パラケル経由でも補っている。

 ――ポーションの本質は「直近の状態への巻き戻し」。魔力器官が覚える直近一日分への復帰だ。毎日飲めば、成長が阻害され、体への負担の積み重ねで寿命が縮む。長命種のエルフでも負担はある。ヒト族はさらに脆い。万能薬ではない――薬師として耳が痛い。改良は飲み味の域を出ず、効果は変えられない。氾濫の犠牲が続き、部族としてゆっくりとした衰退の道へ進んでいた。だから[界上]の知識を借りたい、と頭を下げられた。

「街への移住は?」
 魔素が薄すぎて里のエルフには厳しい。魔力ポーションで補うにも限界がある。

「なら主食を変えるしかない」
 ただし主食への保守性は強固だ。説得は難しいという。

「主食はサイカスよ」

 来る途中にも見た、植物上部に実るあれ。サイカス……その名から推測できる“由来物質”が脳裏に浮んだ。


 ここから先は軽々しく口を開かず、慎重に調べてから話すべきだ。

 そう腹をくくった。
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