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2B-霊薬と立証
2B-12 *白金貨より重きもの
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「……流れについていけぬ。量産が可能だと?」
夫ホフマンの声が震えていた。私もまた、胸の奥でざわめきを抑えきれなかった。
「マジャリス。あなたの見立てはどうなの?」
「私から見ても量産は不可能でしょう。ただし、それなりの本数の試作は可能と見ています」
冷静な返答に、私はさらに問いを重ねる。
「ルプラ、ローセア。あなた達も見ていたでしょう?詳しくお願い」
ルプラが一歩前に出て、軽やかに告げた。
「レッド君は『古方薬経』を紐解き、三十年前のパラケルの誤りを正しました。彼の解釈によれば、エリクシル一治療分に必要なオフィキナールの量は、当時のわずか二十分の一で足りたのです。その解釈を検証し、試作したものが今回の特級エリクシル。彼らの手元には、まだ一本分のオフィキナールが残っています。相当数を作れるでしょう」
「ちなみに、作れる数はどのくらいなのだ?」
「ルプラ、どうかしら?」
「現状、律速となるのはオフィキナールです。七種の薬草はホーミィー村の立地から手配可能。レッド君は主様から鎮守の森の自由採取を許されています。残る素材のバニラは、そこのアゼル氏から入手できるでしょう?」
「パラケルとの協定により年一度、島から仕入れている。孫から申し入れがあれば、当然販売はしよう。規制はない」
「そうなると、やはり律速はオフィキナール。彼らの手持ちは二本弱。最大限見積もれば霊薬は四十本弱。彼らの性格からして、試作を重ねるはずです。神酒の有無で品質がどう変わるか、気になっているはずです。我が主パラケルと賜物がいれば、まず失敗はしないでしょう」
「……霊薬が四十本。それも保存可能な形で、か。私からすれば充分に量産の段階だわ。一度に放出すれば魔導師ギルドの老人どもが発狂するでしょうね。いや、むしろ発狂して失脚してくれた方が助かるかもしれない」
「流石にパラケルが付いている。霊薬の希少性は理解しているでしょう。流通には細心の注意を払わせます。ミハエルの訪村に合わせ、私が同行します」
「エリス、助かるわ。妖精の監視が外れた今、やりすぎていなければよいけれど」
議論は続く。やがて話題は、彼――レッド少年の才覚へと移った。
「それにしても、彼は『古方薬経』まで読めるのか?あれは相当難解な書物だ」
「かなり読み解いている印象を持ちました。[界上の賜物]は優秀ですね」
「……優秀どころではない。王都に行く前に警護と自衛を強化せねば。魔導師ギルドに抹殺されかねん」
「同意だ。少なくともBランクに届くほどには鍛えねばならん」
私は唇を引き結んだ。――やはり、放っておけば不味い未来しか見えない。
「金貨0枚になった経緯も、開発関連ではないか?」
私たち三人の視線が、自然とエリスへと集まった。
エリスはマジャリスに合図を送る。
「その件なら、私が説明できます。霊薬材料と共に、冒険者が回収した魔導具の部品を手渡してきました。学院の魔導師、コカルスという男が熱望していましたから。城郭都市出身で、帰省に合わせ発掘に参加していました。彼は遺構に価値を見出し、パラケルの鑑識を期待したのでしょう。パラケルは制御盤の要素板と看破しましたが、作用の理解までは至らず。結局、レッド君が解読し、《冷乾》する魔導具の部品と推測しました」
「……冷乾?」
私は必死に記憶を探った。どこかで聞いた言葉。アイテムボックスから複写本を取り出し、頁を繰る。
######
――古方薬経#頁25#5段――
~(略)~しむ。恋茄根は留意なり。響を避し、冷乾が適。般若に集わせ、魔より抽し、~(略)~
#####
「これだわ!」
思わず声を上げてしまった。
「冷乾! 恋茄根の加工方法だわ! ようやくすべてが繋がった!」
息子が驚いた顔で私を見る。
「母上、どうしましたか?」
「『古方薬経』には被与者、作用、材料、加工、製造、投与が記されています。ただし、恋茄根――オフィキナールの加工法だけは謎でした。それが冷乾。当時のパラケルは氷結後に粉砕して代用したと聞きます。今回の遺構の発見が最後の鍵だったのよ。彼らが条件を付して押さえたのは当然。私でもそうするわ」
「目の前の白金貨百枚を捨ててまでか?」
夫が疑問を呈する。
「どうなの、マジャリス?」
「実際、パラケルも同じことを言っていました。レッド少年は白金貨百枚よりも魔導具の確保を優先した。材料があれば、試作は幾度でも可能。白金貨程度なら容易に回収できると」
「……なるほど。すべての原材料を使わなかったのも、こちらの干渉を避けるためか。しかも個人ではなく、テオフラス商会へ譲渡とある」
「彼はこちらで行えることを増やしたいのだろう。我々の言いつけを守り、個人での所有を避けているのも良い。パラケルが側にいるから当然だ。テオフラス商会の所有なら問題ない。我がパール家も資本を注いでいる。しっかり励んでくれればそれでよい」
「しばらくはミハエルの息子の治癒状況と、彼らの動向に注意しておけばいいわね」
「その通りです、母上。逆にミハエルの息子でよかった。霊薬完品の存在は慎重に扱うべきだ。この件は領主預かりとし、周知を禁ずる」
「マジャリス、ルプラ、ローセア。あなた達も頼んだわ。周知は禁よ」
全員がうなずき、会議は静かに終結した。
私の胸の内には、冷乾という言葉が刻み込まれていた。――これは、道具の発見に囚われない。未来を揺るがす新たな扉の鍵となるのだ。
夫ホフマンの声が震えていた。私もまた、胸の奥でざわめきを抑えきれなかった。
「マジャリス。あなたの見立てはどうなの?」
「私から見ても量産は不可能でしょう。ただし、それなりの本数の試作は可能と見ています」
冷静な返答に、私はさらに問いを重ねる。
「ルプラ、ローセア。あなた達も見ていたでしょう?詳しくお願い」
ルプラが一歩前に出て、軽やかに告げた。
「レッド君は『古方薬経』を紐解き、三十年前のパラケルの誤りを正しました。彼の解釈によれば、エリクシル一治療分に必要なオフィキナールの量は、当時のわずか二十分の一で足りたのです。その解釈を検証し、試作したものが今回の特級エリクシル。彼らの手元には、まだ一本分のオフィキナールが残っています。相当数を作れるでしょう」
「ちなみに、作れる数はどのくらいなのだ?」
「ルプラ、どうかしら?」
「現状、律速となるのはオフィキナールです。七種の薬草はホーミィー村の立地から手配可能。レッド君は主様から鎮守の森の自由採取を許されています。残る素材のバニラは、そこのアゼル氏から入手できるでしょう?」
「パラケルとの協定により年一度、島から仕入れている。孫から申し入れがあれば、当然販売はしよう。規制はない」
「そうなると、やはり律速はオフィキナール。彼らの手持ちは二本弱。最大限見積もれば霊薬は四十本弱。彼らの性格からして、試作を重ねるはずです。神酒の有無で品質がどう変わるか、気になっているはずです。我が主パラケルと賜物がいれば、まず失敗はしないでしょう」
「……霊薬が四十本。それも保存可能な形で、か。私からすれば充分に量産の段階だわ。一度に放出すれば魔導師ギルドの老人どもが発狂するでしょうね。いや、むしろ発狂して失脚してくれた方が助かるかもしれない」
「流石にパラケルが付いている。霊薬の希少性は理解しているでしょう。流通には細心の注意を払わせます。ミハエルの訪村に合わせ、私が同行します」
「エリス、助かるわ。妖精の監視が外れた今、やりすぎていなければよいけれど」
議論は続く。やがて話題は、彼――レッド少年の才覚へと移った。
「それにしても、彼は『古方薬経』まで読めるのか?あれは相当難解な書物だ」
「かなり読み解いている印象を持ちました。[界上の賜物]は優秀ですね」
「……優秀どころではない。王都に行く前に警護と自衛を強化せねば。魔導師ギルドに抹殺されかねん」
「同意だ。少なくともBランクに届くほどには鍛えねばならん」
私は唇を引き結んだ。――やはり、放っておけば不味い未来しか見えない。
「金貨0枚になった経緯も、開発関連ではないか?」
私たち三人の視線が、自然とエリスへと集まった。
エリスはマジャリスに合図を送る。
「その件なら、私が説明できます。霊薬材料と共に、冒険者が回収した魔導具の部品を手渡してきました。学院の魔導師、コカルスという男が熱望していましたから。城郭都市出身で、帰省に合わせ発掘に参加していました。彼は遺構に価値を見出し、パラケルの鑑識を期待したのでしょう。パラケルは制御盤の要素板と看破しましたが、作用の理解までは至らず。結局、レッド君が解読し、《冷乾》する魔導具の部品と推測しました」
「……冷乾?」
私は必死に記憶を探った。どこかで聞いた言葉。アイテムボックスから複写本を取り出し、頁を繰る。
######
――古方薬経#頁25#5段――
~(略)~しむ。恋茄根は留意なり。響を避し、冷乾が適。般若に集わせ、魔より抽し、~(略)~
#####
「これだわ!」
思わず声を上げてしまった。
「冷乾! 恋茄根の加工方法だわ! ようやくすべてが繋がった!」
息子が驚いた顔で私を見る。
「母上、どうしましたか?」
「『古方薬経』には被与者、作用、材料、加工、製造、投与が記されています。ただし、恋茄根――オフィキナールの加工法だけは謎でした。それが冷乾。当時のパラケルは氷結後に粉砕して代用したと聞きます。今回の遺構の発見が最後の鍵だったのよ。彼らが条件を付して押さえたのは当然。私でもそうするわ」
「目の前の白金貨百枚を捨ててまでか?」
夫が疑問を呈する。
「どうなの、マジャリス?」
「実際、パラケルも同じことを言っていました。レッド少年は白金貨百枚よりも魔導具の確保を優先した。材料があれば、試作は幾度でも可能。白金貨程度なら容易に回収できると」
「……なるほど。すべての原材料を使わなかったのも、こちらの干渉を避けるためか。しかも個人ではなく、テオフラス商会へ譲渡とある」
「彼はこちらで行えることを増やしたいのだろう。我々の言いつけを守り、個人での所有を避けているのも良い。パラケルが側にいるから当然だ。テオフラス商会の所有なら問題ない。我がパール家も資本を注いでいる。しっかり励んでくれればそれでよい」
「しばらくはミハエルの息子の治癒状況と、彼らの動向に注意しておけばいいわね」
「その通りです、母上。逆にミハエルの息子でよかった。霊薬完品の存在は慎重に扱うべきだ。この件は領主預かりとし、周知を禁ずる」
「マジャリス、ルプラ、ローセア。あなた達も頼んだわ。周知は禁よ」
全員がうなずき、会議は静かに終結した。
私の胸の内には、冷乾という言葉が刻み込まれていた。――これは、道具の発見に囚われない。未来を揺るがす新たな扉の鍵となるのだ。
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