巻き込まれた薬師の日常

白髭

文字の大きさ
149 / 235
2B-霊薬と立証

2B-12 *白金貨より重きもの

しおりを挟む
「……流れについていけぬ。量産が可能だと?」
夫ホフマンの声が震えていた。私もまた、胸の奥でざわめきを抑えきれなかった。

「マジャリス。あなたの見立てはどうなの?」
「私から見ても量産は不可能でしょう。ただし、それなりの本数の試作は可能と見ています」

冷静な返答に、私はさらに問いを重ねる。

「ルプラ、ローセア。あなた達も見ていたでしょう?詳しくお願い」

ルプラが一歩前に出て、軽やかに告げた。

「レッド君は『古方薬経』を紐解き、三十年前のパラケルの誤りを正しました。彼の解釈によれば、エリクシル一治療分に必要なオフィキナールの量は、当時のわずか二十分の一で足りたのです。その解釈を検証し、試作したものが今回の特級エリクシル。彼らの手元には、まだ一本分のオフィキナールが残っています。相当数を作れるでしょう」

「ちなみに、作れる数はどのくらいなのだ?」
「ルプラ、どうかしら?」

「現状、律速となるのはオフィキナールです。七種の薬草はホーミィー村の立地から手配可能。レッド君は主様から鎮守の森の自由採取を許されています。残る素材のバニラは、そこのアゼル氏から入手できるでしょう?」

「パラケルとの協定により年一度、島から仕入れている。孫から申し入れがあれば、当然販売はしよう。規制はない」

「そうなると、やはり律速はオフィキナール。彼らの手持ちは二本弱。最大限見積もれば霊薬は四十本弱。彼らの性格からして、試作を重ねるはずです。神酒の有無で品質がどう変わるか、気になっているはずです。我が主パラケルと賜物がいれば、まず失敗はしないでしょう」

「……霊薬が四十本。それも保存可能な形で、か。私からすれば充分に量産の段階だわ。一度に放出すれば魔導師ギルドの老人どもが発狂するでしょうね。いや、むしろ発狂して失脚してくれた方が助かるかもしれない」

「流石にパラケルが付いている。霊薬の希少性は理解しているでしょう。流通には細心の注意を払わせます。ミハエルの訪村に合わせ、私が同行します」

「エリス、助かるわ。妖精の監視が外れた今、やりすぎていなければよいけれど」

議論は続く。やがて話題は、彼――レッド少年の才覚へと移った。

「それにしても、彼は『古方薬経』まで読めるのか?あれは相当難解な書物だ」
「かなり読み解いている印象を持ちました。[界上の賜物]は優秀ですね」

「……優秀どころではない。王都に行く前に警護と自衛を強化せねば。魔導師ギルドに抹殺されかねん」
「同意だ。少なくともBランクに届くほどには鍛えねばならん」

私は唇を引き結んだ。――やはり、放っておけば不味い未来しか見えない。

「金貨0枚になった経緯も、開発関連ではないか?」

私たち三人の視線が、自然とエリスへと集まった。

エリスはマジャリスに合図を送る。
「その件なら、私が説明できます。霊薬材料と共に、冒険者が回収した魔導具の部品を手渡してきました。学院の魔導師、コカルスという男が熱望していましたから。城郭都市出身で、帰省に合わせ発掘に参加していました。彼は遺構に価値を見出し、パラケルの鑑識を期待したのでしょう。パラケルは制御盤の要素板と看破しましたが、作用の理解までは至らず。結局、レッド君が解読し、《冷乾》する魔導具の部品と推測しました」

「……冷乾?」

私は必死に記憶を探った。どこかで聞いた言葉。アイテムボックスから複写本を取り出し、頁を繰る。

 ######
――古方薬経#頁25#5段――
 ~(略)~しむ。恋茄根は留意なり。響を避し、が適。般若に集わせ、魔より抽し、~(略)~
 #####
 
「これだわ!」
思わず声を上げてしまった。

「冷乾! 恋茄根の加工方法だわ! ようやくすべてが繋がった!」
息子が驚いた顔で私を見る。

「母上、どうしましたか?」

「『古方薬経』には被与者、作用、材料、加工、製造、投与が記されています。ただし、恋茄根――オフィキナールの加工法だけは謎でした。それが冷乾。当時のパラケルは氷結後に粉砕して代用したと聞きます。今回の遺構の発見が最後の鍵だったのよ。彼らが条件を付して押さえたのは当然。私でもそうするわ」

「目の前の白金貨百枚を捨ててまでか?」
夫が疑問を呈する。

「どうなの、マジャリス?」
「実際、パラケルも同じことを言っていました。レッド少年は白金貨百枚よりも魔導具の確保を優先した。材料があれば、試作は幾度でも可能。白金貨程度なら容易に回収できると」

「……なるほど。すべての原材料を使わなかったのも、こちらの干渉を避けるためか。しかも個人ではなく、テオフラス商会へ譲渡とある」

「彼はこちらで行えることを増やしたいのだろう。我々の言いつけを守り、個人での所有を避けているのも良い。パラケルが側にいるから当然だ。テオフラス商会の所有なら問題ない。我がパール家も資本を注いでいる。しっかり励んでくれればそれでよい」

「しばらくはミハエルの息子の治癒状況と、彼らの動向に注意しておけばいいわね」

「その通りです、母上。逆にミハエルの息子でよかった。霊薬完品の存在は慎重に扱うべきだ。この件は領主預かりとし、周知を禁ずる」

「マジャリス、ルプラ、ローセア。あなた達も頼んだわ。周知は禁よ」

全員がうなずき、会議は静かに終結した。

 私の胸の内には、冷乾という言葉が刻み込まれていた。――これは、道具の発見に囚われない。未来を揺るがす新たな扉の鍵となるのだ。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

処理中です...