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【第五部:聖なる村】第五章
ジュノレとテュリス~盗難事件の推理①
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わずかに開いたバルコニーへの扉から忍び込む風が、レースのカーテンをふわりと揺らす。草の香りがした気がして、ジュノレは目を上げた。カーテンは今は何事もなかったかのようにじっとしている。ジュノレは手にしていたハーブティをテーブルへ置くと、バルコニーへ近づいた。そっとカーテンをめくると、深い青の夜空に大小の星が瞬いている。
静かな夜だ。
再び風が吹き、闇に身を包んだ草木の葉を揺らす。ジュノレは肩をすぼめて扉を閉めた。ハルの夜風は、薄いブラウス一枚ではまだ冷たすぎる。鍵をかけると同時に、部屋の扉を叩く音がした。
「俺だ。入るぞ」
どうぞという返事を待ってから、扉が開いた。現れたのはテュリスだった。
「時間どおりだな」
ジュノレの勧めるソファに腰を下ろすと、テュリスは持っていた大きめの封筒をテーブルに投げ出した。どさり、と重い音がする。
「これなんだが。どうも行き詰ってきてね、おまえの意見が聞きたい」
ジュノレは、用意してあったティカップに湯を注ぎながら小さく笑った。
「自信家のおまえが、私の意見を?」
「勘違いするな。俺の推理は完璧だ。それをおまえに確認してもらうだけだ。それに……別の人間が見れば、また何か違うかもしれないからな」
結局は、私の意見に期待しているわけだ。
ジュノレは笑いながらハーブティを差し出した。
「まあ、一息ついて冷静に行こう」
カップを口元へ運び、テュリスは手を止めた。
「毒は入っていないだろうな?」
ジュノレは声を上げて笑った。
「おまえとは違う」
つられてテュリスも喉を鳴らした。
「そうだな。俺とは全然違う。にしても、自分が殺そうとした相手に客人扱いしてもらえるとは、さすがに思わなかったよ」
ジュノレはテュリスの向かいに座ると、目の前の書類を手に取った。
「すでに、おまえと私の間には何の利害もない。いつまでも過去の話を持ち出す必要もないだろう」
テュリスはうなずいた。
「実に男らしい考えだ」
二人は顔を見合わせると笑みを交わした。
「さて、本題だが。おまえはどう考え、何が引っ掛かっているんだ?」
ジュノレは『アルマニア六世紋章盗難事件資料』と書かれた書類の一枚目をめくった。テュリスが身を乗り出して話し始めた。
「流れを整理すると……。あの日、黄金宮の金庫から、紋章が消えた。夜中三時までの守衛が、異常がなかったことは確認している。一方三時から六時までの守衛が二人とも姿を消し、六時からの守衛が来たときに事件が発覚しているわけだから、紋章が盗まれたのは夜中の三時から六時の間なわけだ。その間の金庫内の出入りは、四時にリキュスが入室した署名が残されていたが、リキュス本人は金庫へ行った覚えはない。周辺の状況としては、金庫室に通じる二つの出入り口のうち、警備員専用出入り口の外には常に守衛が二人おり、異変はなかったといっている。残る王族専用出入り口のほうには見張りはいないため、犯人はそこから出入りしたと思われる。その後、イルマ郊外の森の中で、行方不明の守衛二人の死体が見つかった。正面から、剣で一突き。状況からは、この二人の守衛が共謀して紋章を盗み、何らかの方法で王族専用出入り口から逃走し、その途中、油断したところを共犯の人間に殺された……というのが、もっともらしい推理だ。殺されたのは、仲間割れか口封じか。ひょっとしたら、守衛二人は犯人に脅されて窃盗に加担した可能性もある。いずれにしろほかに共犯がいるわけだが、守衛二人の出入り口が王族専用だったことから、その共犯が王族の中にいる可能性がある……。大筋は、そういったところだな」
ジュノレが資料に目を落としながらうなずく。テュリスは先を続けた。
「次に、紋章の行方と犯人についてだが。事件当日の夜中の不審人物に関する目撃者の情報から、容疑者は七人に絞られた。この七人を叩けば、背後にもっと大きな組織か何かあるのか、首謀者が誰なのか、わかってくるだろう……そう考えていたわけだが。事態はそう簡単ではなかった、と……」
ここで大きくため息をつき、テュリスは手配者リストの書類をジュノレの前に置いた。
「紋章は、殺された守衛もしくは盗み出した別の誰かの手から、数人の運び屋の手を渡って、最終的にこの、ジャン・ガールという男に渡された」
テュリスは、ざんばら頭で左の頬に小さな切り傷のある若い男の絵が描かれた一枚の書類を指さした。
「残る六人のうち、確保できたのは五人。まず、ザンガ・シュワルツ……こいつはジャン・ガールに渡した男だ。まだ拘留中だが、いくら叩いても何も吐かない。恐らく、金で雇われたただの運び屋だろう。尋問できたのは、もうひとり……ハーレル・ディドロだな。こいつは事件当時、エルシャたちが一緒にニコルにいたといい張っていた。しかし運び屋なら、当時アルマニア周辺にいなくてもおかしくはないし、実際に目撃情報も、別の手配者らしき人物と一緒にいるのをニコルあたりで見たというものだ。運び屋の可能性は高いと睨んだが……話を聞くと、一貫して主張はぶれず、エルシャたちの話とも一致していた。結局彼は無実だろうということで、釈放になったわけだ」
エルシャの名が出て、ジュノレは何とはなしにハーレルの書類を手に取った。そこには眼鏡をかけた気弱そうな青年が描かれていた。
彼は一時、エルシャたちと行動を共にしていたのか……。ということは、サラマ・アンギュースなのだろうか。神の民の力には様々な能力がある。悪用すれば、窃盗などもできるだろうが、一方で、『神の民』たる者が悪事に手を染めるというのも簡単には理解しがたいと思うのは、素人の浅はかな考えなのか。
「……おまえ、エルシャから何か聞いてはいないのか? ハーレル・ディドロについて」
書類に目を落としたまま動かないジュノレに、テュリスが投げかけた。
静かな夜だ。
再び風が吹き、闇に身を包んだ草木の葉を揺らす。ジュノレは肩をすぼめて扉を閉めた。ハルの夜風は、薄いブラウス一枚ではまだ冷たすぎる。鍵をかけると同時に、部屋の扉を叩く音がした。
「俺だ。入るぞ」
どうぞという返事を待ってから、扉が開いた。現れたのはテュリスだった。
「時間どおりだな」
ジュノレの勧めるソファに腰を下ろすと、テュリスは持っていた大きめの封筒をテーブルに投げ出した。どさり、と重い音がする。
「これなんだが。どうも行き詰ってきてね、おまえの意見が聞きたい」
ジュノレは、用意してあったティカップに湯を注ぎながら小さく笑った。
「自信家のおまえが、私の意見を?」
「勘違いするな。俺の推理は完璧だ。それをおまえに確認してもらうだけだ。それに……別の人間が見れば、また何か違うかもしれないからな」
結局は、私の意見に期待しているわけだ。
ジュノレは笑いながらハーブティを差し出した。
「まあ、一息ついて冷静に行こう」
カップを口元へ運び、テュリスは手を止めた。
「毒は入っていないだろうな?」
ジュノレは声を上げて笑った。
「おまえとは違う」
つられてテュリスも喉を鳴らした。
「そうだな。俺とは全然違う。にしても、自分が殺そうとした相手に客人扱いしてもらえるとは、さすがに思わなかったよ」
ジュノレはテュリスの向かいに座ると、目の前の書類を手に取った。
「すでに、おまえと私の間には何の利害もない。いつまでも過去の話を持ち出す必要もないだろう」
テュリスはうなずいた。
「実に男らしい考えだ」
二人は顔を見合わせると笑みを交わした。
「さて、本題だが。おまえはどう考え、何が引っ掛かっているんだ?」
ジュノレは『アルマニア六世紋章盗難事件資料』と書かれた書類の一枚目をめくった。テュリスが身を乗り出して話し始めた。
「流れを整理すると……。あの日、黄金宮の金庫から、紋章が消えた。夜中三時までの守衛が、異常がなかったことは確認している。一方三時から六時までの守衛が二人とも姿を消し、六時からの守衛が来たときに事件が発覚しているわけだから、紋章が盗まれたのは夜中の三時から六時の間なわけだ。その間の金庫内の出入りは、四時にリキュスが入室した署名が残されていたが、リキュス本人は金庫へ行った覚えはない。周辺の状況としては、金庫室に通じる二つの出入り口のうち、警備員専用出入り口の外には常に守衛が二人おり、異変はなかったといっている。残る王族専用出入り口のほうには見張りはいないため、犯人はそこから出入りしたと思われる。その後、イルマ郊外の森の中で、行方不明の守衛二人の死体が見つかった。正面から、剣で一突き。状況からは、この二人の守衛が共謀して紋章を盗み、何らかの方法で王族専用出入り口から逃走し、その途中、油断したところを共犯の人間に殺された……というのが、もっともらしい推理だ。殺されたのは、仲間割れか口封じか。ひょっとしたら、守衛二人は犯人に脅されて窃盗に加担した可能性もある。いずれにしろほかに共犯がいるわけだが、守衛二人の出入り口が王族専用だったことから、その共犯が王族の中にいる可能性がある……。大筋は、そういったところだな」
ジュノレが資料に目を落としながらうなずく。テュリスは先を続けた。
「次に、紋章の行方と犯人についてだが。事件当日の夜中の不審人物に関する目撃者の情報から、容疑者は七人に絞られた。この七人を叩けば、背後にもっと大きな組織か何かあるのか、首謀者が誰なのか、わかってくるだろう……そう考えていたわけだが。事態はそう簡単ではなかった、と……」
ここで大きくため息をつき、テュリスは手配者リストの書類をジュノレの前に置いた。
「紋章は、殺された守衛もしくは盗み出した別の誰かの手から、数人の運び屋の手を渡って、最終的にこの、ジャン・ガールという男に渡された」
テュリスは、ざんばら頭で左の頬に小さな切り傷のある若い男の絵が描かれた一枚の書類を指さした。
「残る六人のうち、確保できたのは五人。まず、ザンガ・シュワルツ……こいつはジャン・ガールに渡した男だ。まだ拘留中だが、いくら叩いても何も吐かない。恐らく、金で雇われたただの運び屋だろう。尋問できたのは、もうひとり……ハーレル・ディドロだな。こいつは事件当時、エルシャたちが一緒にニコルにいたといい張っていた。しかし運び屋なら、当時アルマニア周辺にいなくてもおかしくはないし、実際に目撃情報も、別の手配者らしき人物と一緒にいるのをニコルあたりで見たというものだ。運び屋の可能性は高いと睨んだが……話を聞くと、一貫して主張はぶれず、エルシャたちの話とも一致していた。結局彼は無実だろうということで、釈放になったわけだ」
エルシャの名が出て、ジュノレは何とはなしにハーレルの書類を手に取った。そこには眼鏡をかけた気弱そうな青年が描かれていた。
彼は一時、エルシャたちと行動を共にしていたのか……。ということは、サラマ・アンギュースなのだろうか。神の民の力には様々な能力がある。悪用すれば、窃盗などもできるだろうが、一方で、『神の民』たる者が悪事に手を染めるというのも簡単には理解しがたいと思うのは、素人の浅はかな考えなのか。
「……おまえ、エルシャから何か聞いてはいないのか? ハーレル・ディドロについて」
書類に目を落としたまま動かないジュノレに、テュリスが投げかけた。
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