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【第五部:聖なる村】第五章
台所女たちのたわごと⑥
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「ねえちょっと、このジャガイモの山! 誰か洗うの手伝ってくれない!?」
「無理無理、こっちは手が空かない」
「お願い、これじゃあ間に合わない!」
「だから無理だってば。こっちも米研ぎで格闘中」
「ああもう、アイカはまだ休んでるの!?」
悲鳴とも悪態ともつかない女の声が、台所に響く。
早くこの芋の山の泥を落とさなければ、また料理長が怒鳴り込んでくる。なのにこっちは人手が足りない。まったく、それもこれもアイカが風邪をこじらせたとかで三日も休んでいるからだ。
「仕方ないよ、あんただって去年熱出して四日も寝込んだじゃん。お互い様」
「そりゃあ熱だって出るよ! あんなすきま風の入る寒い部屋でさ、毛布にくるまったってちっとも温かくなりゃしない。治るもんも治らないよ」
自分のことを思い出し、怒りは収まってきたようだ。同時に不満のはけ口は別の方向へ向かった。
「ねえ、いつになったらあの南になるお屋敷に住めるの?」
「え? 下級貴族の? あれはお屋敷じゃない、寮だよ」
「あたしらにとってはお屋敷じゃん! あそこならすきま風も吹かないし、ふかふかのベッドがあるんでしょ」
想像が膨らむと同時に、野菜を洗う手が止まる。しかし隣で米を研ぐ女が水を差した。
「馬鹿だねぇ、たとえあそこが空いたって、あたしらは住めないよ! もっと偉い使用人が使うんでしょ? それこそ料理長とか、警備員とか。それにさ、新しいお屋敷完成までまだかかるし、貴族の引っ越しも考えると、……まあ、あと一年はかかるでしょ」
「何それ、本当がっかり」
再び芋を洗う手が動き出す。そこからは、台所女たち得意の噂話が始まった。
「それにさあ、もし何か問題が起きたら、ますます先になるかもよ?」
意味ありげなその言葉に、黙っていたほかの女たちも跳びついた。
「何々? 何か問題が起きそうなの?」
「ほら、いまだにひとり、頑固に反対してるお方がいるでしょ」
皆で目くばせする。
「あのウイレム様……。まさかとは思うけど、あのお方、何か企んでいても絶対おかしくないよ」
「えー、まさか! だって相手は国王陛下だよ」
「だから、まさかとは思うけどっていってるじゃない! でもさあ、リキュス様の評判が悪くなれば、自分が権力を握れる日が来るかもしれないって、少しは思ってるはずだよ。ほら、紋章盗難事件があったから、ますますあり得る!」
「立て続けに悪評を立てて……ってこと? まあねぇ、リキュス様も、しっかり者とはいえまだまだお若いからね。年上からの圧力が続けば……何か、起こるかも!?」
「でもさ、おかしくない? テュリス様は、あの事件の捜査責任者でしょ? つまり、父親よりもリキュス様の側の人間ってことでしょ。親子で足引っ張り合ってるってわけ?」
「馬鹿ねえ、それがリキュス様の作戦でしょ! ウイレム様を牽制する目的で、テュリス様を抜擢。くぅ、頭脳派だわ!」
「ところが! その裏をかいて、テュリス様がリキュス様を陥れる機会をうかがっている……ってところかしら。親子ならではの見事は連携!」
「何それ。最近テュリス様の悪い話を聞かないなあと思ってたけど、何か企んでるの?」
したり顔で、女は大きくうなずいた。
「だってさ、紋章は無事取り戻したでしょ? 真犯人も捕まえた。護送中に死んじゃったっていう話だけど、一応事件は解決したわけじゃない? なのにテュリス様、今もまだ、何か調べてるらしわよ。それっておかしくない? 解決しちゃったらリキュス様の痛手にならないから、きっと何か企んでるのよ。何かでっち上げをする準備とか、あるいは……」
「あるいは?」
「噂で聞いたんだけど、あの事件……王族に、裏切り者がいるかもしれないって話よ」
「王族に裏切り者!?」
女たちが一斉に声を上げる。
「しーっ! 静かに! あくまでも噂なんだから! だからね、実はあの事件、身分制度の改革に批判的なウイレム様が起こした事件……かもしれないわけ! あるいはテュリス様が絡んでるかも? でっち上げどころか、証拠隠滅をしようとしている可能性だってあるわ」
「じゃあ、ひょっとして! 真犯人が死んだのも、何かの陰謀!?」
「口封じ!?」
「うそ、テュリス様が!?」
にわかに騒がしくなってきた洗い場に、料理長が姿を現した。
「米! 人参! ジャガイモ! あと五分!」
女たちは止まっていた手を三度動かし始めたのだった。
「無理無理、こっちは手が空かない」
「お願い、これじゃあ間に合わない!」
「だから無理だってば。こっちも米研ぎで格闘中」
「ああもう、アイカはまだ休んでるの!?」
悲鳴とも悪態ともつかない女の声が、台所に響く。
早くこの芋の山の泥を落とさなければ、また料理長が怒鳴り込んでくる。なのにこっちは人手が足りない。まったく、それもこれもアイカが風邪をこじらせたとかで三日も休んでいるからだ。
「仕方ないよ、あんただって去年熱出して四日も寝込んだじゃん。お互い様」
「そりゃあ熱だって出るよ! あんなすきま風の入る寒い部屋でさ、毛布にくるまったってちっとも温かくなりゃしない。治るもんも治らないよ」
自分のことを思い出し、怒りは収まってきたようだ。同時に不満のはけ口は別の方向へ向かった。
「ねえ、いつになったらあの南になるお屋敷に住めるの?」
「え? 下級貴族の? あれはお屋敷じゃない、寮だよ」
「あたしらにとってはお屋敷じゃん! あそこならすきま風も吹かないし、ふかふかのベッドがあるんでしょ」
想像が膨らむと同時に、野菜を洗う手が止まる。しかし隣で米を研ぐ女が水を差した。
「馬鹿だねぇ、たとえあそこが空いたって、あたしらは住めないよ! もっと偉い使用人が使うんでしょ? それこそ料理長とか、警備員とか。それにさ、新しいお屋敷完成までまだかかるし、貴族の引っ越しも考えると、……まあ、あと一年はかかるでしょ」
「何それ、本当がっかり」
再び芋を洗う手が動き出す。そこからは、台所女たち得意の噂話が始まった。
「それにさあ、もし何か問題が起きたら、ますます先になるかもよ?」
意味ありげなその言葉に、黙っていたほかの女たちも跳びついた。
「何々? 何か問題が起きそうなの?」
「ほら、いまだにひとり、頑固に反対してるお方がいるでしょ」
皆で目くばせする。
「あのウイレム様……。まさかとは思うけど、あのお方、何か企んでいても絶対おかしくないよ」
「えー、まさか! だって相手は国王陛下だよ」
「だから、まさかとは思うけどっていってるじゃない! でもさあ、リキュス様の評判が悪くなれば、自分が権力を握れる日が来るかもしれないって、少しは思ってるはずだよ。ほら、紋章盗難事件があったから、ますますあり得る!」
「立て続けに悪評を立てて……ってこと? まあねぇ、リキュス様も、しっかり者とはいえまだまだお若いからね。年上からの圧力が続けば……何か、起こるかも!?」
「でもさ、おかしくない? テュリス様は、あの事件の捜査責任者でしょ? つまり、父親よりもリキュス様の側の人間ってことでしょ。親子で足引っ張り合ってるってわけ?」
「馬鹿ねえ、それがリキュス様の作戦でしょ! ウイレム様を牽制する目的で、テュリス様を抜擢。くぅ、頭脳派だわ!」
「ところが! その裏をかいて、テュリス様がリキュス様を陥れる機会をうかがっている……ってところかしら。親子ならではの見事は連携!」
「何それ。最近テュリス様の悪い話を聞かないなあと思ってたけど、何か企んでるの?」
したり顔で、女は大きくうなずいた。
「だってさ、紋章は無事取り戻したでしょ? 真犯人も捕まえた。護送中に死んじゃったっていう話だけど、一応事件は解決したわけじゃない? なのにテュリス様、今もまだ、何か調べてるらしわよ。それっておかしくない? 解決しちゃったらリキュス様の痛手にならないから、きっと何か企んでるのよ。何かでっち上げをする準備とか、あるいは……」
「あるいは?」
「噂で聞いたんだけど、あの事件……王族に、裏切り者がいるかもしれないって話よ」
「王族に裏切り者!?」
女たちが一斉に声を上げる。
「しーっ! 静かに! あくまでも噂なんだから! だからね、実はあの事件、身分制度の改革に批判的なウイレム様が起こした事件……かもしれないわけ! あるいはテュリス様が絡んでるかも? でっち上げどころか、証拠隠滅をしようとしている可能性だってあるわ」
「じゃあ、ひょっとして! 真犯人が死んだのも、何かの陰謀!?」
「口封じ!?」
「うそ、テュリス様が!?」
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女たちは止まっていた手を三度動かし始めたのだった。
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