サラマ・アンギュース~王位継承者

若山ゆう

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【第五部:聖なる村】第八章

覚醒

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 その日からは、悪夢との戦いだった。傷の痛手から立ち直りつつあるその体は、一度も目覚めることなく、今度はエルシャにしか見えない神の記憶に押しつぶされそうになっていた。日に幾度となく訪れるその苦しみは、エルシャの体が回復するにつれて、その勢いを増しているようでもあった。医師は、順調とはいえないその経過に、首をひねるばかりだった。

「何をこんなにうなされているのか……。もう意識を取り戻してもいいころなのに、これでは逆に体力を消耗してしまう」

 それは、フェランたちがもっとも恐れていることだ。
 神の記憶は、到底人間の小さな頭の中に収まりきるものではない。コクトーの話では、このかけらを埋めた人間は皆、その重みに耐えかねて発狂し、命を落としていったという。埋めた者にしかわからないこの記憶は、そうして誰にも語られることなく、やがては人の体に埋められることもなくなって、山奥でサラマ・アンギュースの子孫によって代々守られることになったのだ。

 医師は、時折エルシャに安定剤のような薬を使った。眠りを深くする作用があり、使えば数時間は落ち着くものの、それはともするとエルシャを再び昏睡状態にしかねない、諸刃の剣とのことだった。危険は承知でも、今は少しでも体力を回復させるため、使うしかなかった。体力さえ回復すれば、あの気が遠くなるような年月の髪の記憶にも打ち勝つことができると、皆信じていた。

 それからの一週間は、ひどく長く感じた。突如うなされ始め叫ぶエルシャに、必死に声をかけてなだめる。時には急に体を起こして暴れるのを全員で押さえ込むこともあった。薬で深い眠りについている間に交代で仮眠をとる。ラミの気分転換のために、これも交代で町中へ連れて行ったりした。その間にハーレルの様子も見る。医師にはもうもたないといわれたが、フェランたちには、一週間前と何も変わらないように見えた。ただずっと、穏やかに眠っているだけだ。
 そんな一日をただ繰り返しながら、五人は待った。





 その日の朝も、フェランはいつものようにエルシャの体を拭いてやっていた。顔色はだいぶよくなった。むくみは完全に取れて、今はむしろやつれている。頬のあたりや腕回りも、こうして世話をしているとだいぶ細くなったと思う。
 エルシャは今、穏やかな寝息をたてて眠っていた。

「エルシャ……早く目を覚ましてください。みんな、待っています」

 そう語りかけてエルシャの額を拭う。それに呼応するかのように、エルシャがかすかに顔をしかめた。

「神よ……」

 うわごとのように唇が動く。アルマニア王国の公用語、アルム語だ。

「エルシャ……! 聞こえますか? エルシャ、目を開けてください」

 エルシャは固く目を閉じたまま首を振った。

「Hu ereu……iboa duaa……!」

 今度はナリューン語だ。また、あの悪夢を見ているのだ。こうしてもう何日の間、目覚めるかもしれないと淡い期待を抱きながら、苦しむエルシャに声をかけ続けただろう。エルシャとともに、自分たちの心も疲弊していくのを、フェランは感じていた。それでも、諦めるわけにはいかなかった。

「Mon Salama……Jiaq ad eoyj upit jemf……!」

 エルシャが声を荒げながら突然身を起こす。フェランとルイで慌ててそれを押さえ込んだ。着替えさせたばかりの衣服が吹き出す汗で肌に張りつき、上半身は男二人がかりでも制御しきれないほど強い力で抗った。

「お願いエルシャ、目を覚まして!」

 足を押さえながら懇願するナイシェの目は涙ぐんでいる。エルシャはなお腕を振りほどくように体をよじらせた。

「放せ……放せ……! ラミ――!」

 はっきりとつむがれたそのアルム語に、フェランが叫んだ。

「夢だ……自分の記憶の夢を見ているんです! ラミ!」

 名を呼ばれて、ナイシェのうしろに隠れていたラミはびくんと体を震わせた。

「ラミ! エルシャに話しかけるんだ!」

 ラミは今にも零れ落ちそうな大粒の涙を両目に溜めたまま、そっとエルシャの足元に小さな手を触れた。

「エルシャ……起きて……お願いだから、死なないで、エルシャ!!」

 いった途端、止めようとしていた涙が堰を切ったようにぼろぼろ溢れ出した。エルシャの足元に突っ伏して泣きじゃくる。エルシャは苦しそうに激しく首を振った。

「やめろ! やめるんだ! 放せ――!!」

 押さえる腕を振りほどき、エルシャが勢いよく上体を起こした。大きく肩で息をしながら両拳を固く握りしめ、その両目はしっかりと見開かれていた。
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