王子の苦悩

忍野木しか

文字の大きさ
9 / 257
第一章

ヤナギの下の攻防

しおりを挟む

「くっ……、見張られているわ」
 双眼鏡を下ろした睦月花子は親指の爪を噛んだ。茶色い鹿撃ち帽を深く被った鴨川新九郎の厳しい表情。そんな先輩たちの姿を不安そうに見上げた小田信長は、頭に巻いたタオルに手を当てた。
 体育館とテニスコートの間。狭い道にしゃがみ込む三人。超自然現象研究部リヴァイヴァルに燃える三つの視線の先の、旧校舎のヤナギの木の下に佇む、艶やかな黒髪の女生徒。
「……あれ? ちょっとお待ちください、部長」
 首を傾げた信長は目を細める。女生徒の黒髪が風に流れて揺れた。
「隊長、よ?」
「し、失礼しました、隊長!」
「で、何かしら?」
「その、あの人、たぶん生徒会の刺客では無いです」
「どーしてアンタにそんな事が分かるのよ」
「その、あの人、姫宮玲華……さん、です」
「誰よ、それ?」
「僕の隣のクラスの人で、その……」
「アンタの知り合いなの?」
「い、いえいえいえ! は、話したこともないです!」
「話したことないなら、刺客かも分かんないでしょーが」
「わ、分かります! あの人は、ひ、姫宮さんは、そんな人じゃない!」
 火の玉で照らしたように赤く染まる信長の丸い顔。白いシャツから蒸気が昇る。
 なんて分かりやすい奴だ。
 花子と新九郎はやれやれと顔を見合わせた。
「じゃあ、あの女は、こんな朝っぱらから旧校舎で何してんのよ?」
「わ、分かりません……」
 鋭い舌打ち。背筋をピンと伸ばした花子は、シダレヤナギに向かって大股で歩き始める。慌てて後に続く新九郎と信長。
「ちょっとアナタ、姫宮さん? こんなとこで何をしているのかしら?」
 朝の風に揺れるヤナギの枝と黒い髪。玲華の背中に声をぶつけた花子はズンと地面を両足で踏みしめると腕を組んだ。振り返る玲華の細い毛先がふわりと膨らむ。飛び跳ねる信長の心臓。ギロリと花子は玲華の瞳を睨み上げた。二人の視線が青空の下に重なる。
「お化けを待ってるの」
 玲華の赤い唇が横に広がる。
 衝撃。遅れてやってくる鼓動の高鳴り。口をポカンと広げた花子は腕を組んだままに首を傾げる。
「お、お化け? アナタ、何を……」
「ここをお化けが通るから、待ち伏せしてるんだよ」
「お、おば、おば……そ、それって、まさか、シダレヤナギの幽霊のこと、かしら?」
「正解」
 玲華はニッコリと微笑んだ。花子の体が膝から崩れ落ちる。玲華の眩い笑顔に目を回した信長の体を支える新九郎の太い腕。
「……姫宮さん、だっけ? 君は本気で、シダレヤナギの幽霊を信じているのかい?」
「信じるって、どういう意味かな?」
 新九郎はズレた鹿撃ち帽を被り直した。玲華は微笑んだままに背の高い彼に首を傾げる。
「あ、えっとね……僕ら、超自然現象研究部の部員なんだけど、実は僕らさ、シダレヤナギの幽霊をずっと昔から探してるんだ」
「へぇ」
「その、姫宮さん……もしかして、幽霊について何か知ってたりする?」
「知ってるも何も、毎日会ってるよ」
「な、なんですってー!」
 座ったまま飛び上がる女。慌てふためいた花子は、縋り付くように玲華に詰め寄った。
「会ってるって、どういう事よ! ア、アナタ、幽霊が見えるの?」
「見えるよ」
「嘘でしょ! 証拠は、証拠はある? 見せなさい! もし本当なら、うちの部に入ってちょうだい!」
「嫌でーす」
 花子の怒気を含んだ荒い息。飛び掛かろうとするかのように、前傾姿勢になった花子の腕を玲華は軽く躱す。新九郎と信長は慌てて花子を引き止めた。
「ねぇ、あなた達、誰だっけ?」
「超自然現象研究部よ! 長い歴史と伝統を兼ねそろえた由緒ある部活動なの、興味あるでしょ?」
「ないでーす」
「な、なんですってー!」
 暴れる花子に新九郎と信長の体が振り回される。バランスを崩した三人は玲華の足元に倒れ込んだ。クルクルと回る信長の瞳。花子の肘を顎にもらった新九郎の白目。白い膝に両手を当てて腰を落とした玲華はジッと花子の目を見つめる。
「ねぇ、あなた達、王子って知らない?」
「……は? 何よ急に、王子って。白馬に乗ったイケメンの事?」
「違うよ、クラスメイトの王子様。誰が、彼に王子ってあだ名を付けたのか、探してるの」
「あだ名?」
「そう、あだ名。彼自身が自力で思い出したとは、思えなくってね」
「……意味が分からないのだけれど? 秀吉、王子って誰の事よ?」
「信長です! 知りません!」
 立ち上がった信長はサッと敬礼姿勢をとった。花子は困惑したように眉を顰める。やっと意識を取り戻した新九郎はキョロキョロとあたりを見渡した。
「分かんないか、じゃあ、いいや」
 興味を無くしたのか、玲華は明後日の方向に視線を逸らした。バッと両腕を広げた花子が、そのほっそりとしたふくらはぎにしがみ付く。
「よくない! アナタには聞かなければいけない事が沢山あるの! 場合によっては、ウチの部に入部して貰うから、覚悟なさい?」
「えー、嫌なんですけど。秀吉くん、助けて」
「の、信長です!」
 小柄な信長の跳躍。花子に飛び掛かった信長はその腕を必死に引っ張る。寝転がったまま軽く横に振られた花子の拳が信長の顎を貫いた。
 花子の腕から逃れた玲華は、たったと旧校舎の入り口の前に走った。その後を追う花子の足に信長がふらふらと飛びかかる。まだ意識のハッキリしない新九郎は、体操座りしたままテニスコートの柵で鳴く小鳥を眺めた。
「秀吉ー! アンタ、主君を裏切る気なの?」
「信長です! 隊長、いえ……殿! 乱暴はダメです!」
「うるっさいはね! これは戦よ!」
「ダメです! やめてください!」
 揉み合う二人。石段に腰掛けて、校庭から旧校舎に繋がる道をジッと眺めていた玲華は、アイフォンで時間を確認した。
「おかしいな」
 立ち上がった玲華はヤナギの木を見つめた。信長を絞め落とした花子が玲華の背中に抱き付く。バランスを崩す二人。
「ふっふっふ、もう逃さないわよ?」
 フローラルノートの黒髪。漂ってきた甘い香りに思わずうっとりと腕の力を抜きそうになった花子は自分の頬を叩く。その隙に腕から逃れた玲華は、花子を振り返った。
「ねぇ、お殿様?」
「部長とお呼び」
「幽霊に会いたいの?」
「会いたいわ! やっぱり、アンタ何か知ってるのね?」
「うん」
「早く会わせなさい!」
「今夜、学校に来てくれるかな」
「はい?」
「どうも、おかしいんだよね」
「何がよ?」
「もしかしたら、迷っちゃったのかもしれない。早く助けに行かないと」
「……意味がわかんないけど、そうね、幽霊といえば夜よね? 分かったわ、今夜、落ち合いましょう!」
「じゃあ、午前0時にヤナギの前に来てね」
「分かったわ、姫宮さん! いえ、副部長!」
 玲華の右手を花子は強く握る。八時のチャイムが校庭に響くと、玲華はヤナギに視線を向けた。アイフォンの通話ボタンを押した彼女は誰かの声を待った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...