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エラル・デュオニス公爵夫人編
四話
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この学園は全寮制だ。そのため、生徒一人ひとりに個室か二人部屋が与えられる。
私の部屋には二つのベッドが並んでおり、向かいのベッドでは同室の少女が静かな寝息を立てていた。
彼女の名前はアリドア・フィンレイ。
黒茶の髪を肩の辺りで切りそろえた、どこか幼さを残す顔立ち。
昨日、軽く言葉を交わした限りでは──のんびりとしていて、時おり抜けている……という印象だ。だが、この学園に入学できたという事実が、その才能の高さを物語っているのは間違いなかった。
「アリドアさん……そろそろ起きる時間ですよ」
布団をつつくと、彼女は丸めた毛布の中から顔だけをひょこりと出し、眠たげな瞳を瞬かせた。
「おはよう……ございます。今日から授業……ですよね」
「ええ。支度はお早めに」
「うぅ、もう少し寝ていたいです……」
そんな小さな愚痴を背に、私は洗面台へ向かい身支度を整える。制服の布地は上質だが、過度な装飾はない。王侯貴族も、異国の魔導士見習いも、みな同じ一枚の服を纏う。
ここでは身分を盾にできない──それが、この学園の流儀。
鏡に映る自分の表情を確認し、息を整え、寮を出た。
*******
校舎内は石造りの重厚さこそあるものの、奇抜な魔法道具が並んでいるわけでもない。
高い天井、整然とした廊下、観葉植物の緑がところどころに彩りを添えながらも、洗練された空気を保っている。
中央広場に足を踏み入れれば、生徒達のざわめきが耳に心地よい波となる。
他国の魔導士志望者、地方出身の庶民、それにセントラル国内の名門出の若者たち。
あらゆる肌の色と瞳を持つものが入り混じっている。しかし、飛び交う言葉は共通言語であるクリスタリア語のみに統一されている。この学園で学び、人脈を築くため……この言語の習得は必須条件なのだ。
ここではきっと、誰もが未来を掴むために必死なのだろう。
ふと──すれ違った生徒がちらりとこちらを見た。
そして、すぐに視線を逸らす。
(……やはり噂は広まっているのね)
だが、その目には侮蔑がない。そこにあるのは、ただの興味と、状況が掴めず戸惑うような距離感だけ。
(……そうか。国外の生徒が多いから──)
ここは国境を越えた学びの場。貴族社会のゴシップなど、伝わったとしても形を変える。詳細までは届かない。
近くを歩く数人の生徒の声が耳に入る。
「ねぇ、あれって……婚約破棄されたって噂の……」
「確か……レーズワース嬢? 違ったっけ?」
国内の貴族でさえ名前を知っている者がいるだけ……というのは、想定していた状況よりも大分マシだ。
それに、声音には冷たい嘲りなど一切無い。彼ら自身が、断片的な噂しか与えられていないのだろう。
(情報……統制? 彼らは何を隠したいの?)
あの場にいた貴族に、真実を知られたくない者がいる。だから噂はふんわりとしたまま、曖昧に広まっている……?
──何にせよ。
(ここではまだ──普通に息ができる)
私は胸の奥に小さな熱を灯しながら、講堂の両開き扉の左側へと手を伸ばした。
すると、反対側──右の扉が同じタイミングで押し開かれる。
先に歩みを進めたのは、薄紅色の長髪を靡かせ、背筋を伸ばした少女。制服の着こなしはきっちりしており、整った横顔には一切の隙がない。
(……ヴェルツィヘン公爵令嬢)
冷たい光を宿した瞳が、こちらをかすかに掠めた。
フォーリアを見た一瞬だけ、彼女の足取りが止まる。
彼女の口が、わずかに動いた。
──だが、声は出ない。
すぐに何事もなかったように踵を返し、そのまま講堂の中へと歩み去っていく。
私は何か言いたげな彼女の姿を不思議に思いながら、静かに扉を押した。
私の部屋には二つのベッドが並んでおり、向かいのベッドでは同室の少女が静かな寝息を立てていた。
彼女の名前はアリドア・フィンレイ。
黒茶の髪を肩の辺りで切りそろえた、どこか幼さを残す顔立ち。
昨日、軽く言葉を交わした限りでは──のんびりとしていて、時おり抜けている……という印象だ。だが、この学園に入学できたという事実が、その才能の高さを物語っているのは間違いなかった。
「アリドアさん……そろそろ起きる時間ですよ」
布団をつつくと、彼女は丸めた毛布の中から顔だけをひょこりと出し、眠たげな瞳を瞬かせた。
「おはよう……ございます。今日から授業……ですよね」
「ええ。支度はお早めに」
「うぅ、もう少し寝ていたいです……」
そんな小さな愚痴を背に、私は洗面台へ向かい身支度を整える。制服の布地は上質だが、過度な装飾はない。王侯貴族も、異国の魔導士見習いも、みな同じ一枚の服を纏う。
ここでは身分を盾にできない──それが、この学園の流儀。
鏡に映る自分の表情を確認し、息を整え、寮を出た。
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校舎内は石造りの重厚さこそあるものの、奇抜な魔法道具が並んでいるわけでもない。
高い天井、整然とした廊下、観葉植物の緑がところどころに彩りを添えながらも、洗練された空気を保っている。
中央広場に足を踏み入れれば、生徒達のざわめきが耳に心地よい波となる。
他国の魔導士志望者、地方出身の庶民、それにセントラル国内の名門出の若者たち。
あらゆる肌の色と瞳を持つものが入り混じっている。しかし、飛び交う言葉は共通言語であるクリスタリア語のみに統一されている。この学園で学び、人脈を築くため……この言語の習得は必須条件なのだ。
ここではきっと、誰もが未来を掴むために必死なのだろう。
ふと──すれ違った生徒がちらりとこちらを見た。
そして、すぐに視線を逸らす。
(……やはり噂は広まっているのね)
だが、その目には侮蔑がない。そこにあるのは、ただの興味と、状況が掴めず戸惑うような距離感だけ。
(……そうか。国外の生徒が多いから──)
ここは国境を越えた学びの場。貴族社会のゴシップなど、伝わったとしても形を変える。詳細までは届かない。
近くを歩く数人の生徒の声が耳に入る。
「ねぇ、あれって……婚約破棄されたって噂の……」
「確か……レーズワース嬢? 違ったっけ?」
国内の貴族でさえ名前を知っている者がいるだけ……というのは、想定していた状況よりも大分マシだ。
それに、声音には冷たい嘲りなど一切無い。彼ら自身が、断片的な噂しか与えられていないのだろう。
(情報……統制? 彼らは何を隠したいの?)
あの場にいた貴族に、真実を知られたくない者がいる。だから噂はふんわりとしたまま、曖昧に広まっている……?
──何にせよ。
(ここではまだ──普通に息ができる)
私は胸の奥に小さな熱を灯しながら、講堂の両開き扉の左側へと手を伸ばした。
すると、反対側──右の扉が同じタイミングで押し開かれる。
先に歩みを進めたのは、薄紅色の長髪を靡かせ、背筋を伸ばした少女。制服の着こなしはきっちりしており、整った横顔には一切の隙がない。
(……ヴェルツィヘン公爵令嬢)
冷たい光を宿した瞳が、こちらをかすかに掠めた。
フォーリアを見た一瞬だけ、彼女の足取りが止まる。
彼女の口が、わずかに動いた。
──だが、声は出ない。
すぐに何事もなかったように踵を返し、そのまま講堂の中へと歩み去っていく。
私は何か言いたげな彼女の姿を不思議に思いながら、静かに扉を押した。
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