5 / 6
エラル・デュオニス公爵夫人編
五話
しおりを挟む
──1-B講堂。
半円状に広がる段差のある席列。
講壇を中心に視界が開けており、どこに座っても教員の動きが見える造りだ。
窓から差し込む陽光が黒曜石の床に反射し、複雑な紋様を描いた魔術補助陣を淡く照らしている。
生徒達が交わす小声のざわめきは天井高く吸い込まれ、期待と不安が入り混じった空気を震わせていた。
「……自由席、なのね」
席札はなく、皆好きな場所へ腰を下ろしている。友人同士でわいわいと集まる者。逆に、孤高を貫くかのように端を選ぶ者。
それぞれの性格が如実に席取りへ反映されていた。
(どこへ座るのが最適かしら……)
慎重に講堂を見回した、そのとき。
「お、レーズワース嬢~!」
赤髪の青年が手をひらひらさせている。
ローグ・デュオニス公爵──中央都市第一地区に屋敷を構える名門中の名門、その直系。
「席が決まってないなら……俺の隣とか空いてるっすけど、どうすか~!」
彼は気安さを装った笑みを浮かべ、背もたれにだらりと体を預けていた。
(……懲りない人)
だが、公の場で気さくに声を掛けてくれる彼の態度は、ほんの少しだけ救いでもある。
私は控えめに会釈し、あえて数列後方へと歩き出す。
「……失礼します」
その背に、軽い声が追いかけてきた。
「ま、そうっすよね」
追うことはしない。
肩をすくめ、苦笑だけを残す。
その距離感に、彼なりの節度を感じて──私はそっと息をついた。
(そういえば、公爵夫人は……? 確か、社交界のパーティで数度顔を合わせた程度だけれど)
あの時の彼女は──まぁまぁ個性的だったが、根の部分はしっかりしている方だと思う。
彼女のような人物なら、デュオニス公爵の奔放さにも程よく歯止めをかけられるのかもしれない。
周囲を探すように視線を巡らせる──しかし、一向に見当たらない。
代わりに、見覚えのある黒茶の髪がふわりと揺れた。
──アリドアだ。
向こうもこちらに気づき、ぱっと表情を輝かせて駆け寄ってくる。
「やっと見つけましたぁ~! もう、どうして先に行っちゃうんですか!」
「どうしてって……約束をしていた訳ではないもの」
「むぅ~、冷たいです……」
一瞬の拗ねたような表情も、すぐに笑顔へと変わる。そして、アリドアは嬉しそうに私の手を引き、空いている席へと誘導してきた。仕方なく、彼女の隣へと腰掛ける。
「……はぁ」
座り直しながら、私は再び講堂を見渡した。デュオニス公爵の婚約者らしき姿は、まだ見つからない。
そんな中、強い視線を感じる。
前方──数段下の席に見える……ローゼリア・ヴェルツィヘン。
整った横顔のまま、こちらを冷ややかに……いや、どこか焦れたように見つめている。よく見てみると、どうやらその視線はアリドアに向かっているようだ。
(……彼女達は面識があるのかしら)
思考が口元で苦く笑う。
ただならぬ熱量だが、いまは深入りしないでおこう。
「む? フォーリアさん……どなたか探していらっしゃるんですか?」
隣でアリドアが首を傾げる。
「ええ、デュオニス公爵夫人を……」
「ああ~、エラルちゃんですね!」
アリドアはぽんっと手を叩いた。
「エラルちゃんは1-Aですよ! いやぁ~、まさかデュオニス公爵のご結婚相手が私と同じ平民だったなんて、びっくりしちゃいましたよぉ」
「……そう、1-Aに」
自然と眉が上がる。
彼女が元平民──それは知っていた。通常、平民が貴族階級を与えられる事はまず無い。しかし、結婚相手が中央都市クリスタに……それも、第一地区に住んでいるともなれば話は別であった。
(けれど、1-Aとは……驚いたわね)
1-Aが特別上位というわけではない。どのクラスも授業内容に差はなく、序列による扱いも存在しない。だが、入学直後から注目の集まりやすい区分である理由があった。
あのクラスには──セントラル王国の王位継承権を持つ王子、それも第一王子と第二王子の二人共が所属しているという噂があるのだ。
考え込んでいる私をよそに、アリドアは勢いよく続ける。
「しかもですね~! エラルちゃん、めっちゃアゲアゲな子なんですよっ! 気さくで、面白くて、『よっろしく~!』みたいな感じで~! 初対面でも距離感ゼロっていうか~!」
「……変わっていないようね」
「はい~! ローグ殿下……じゃなくて公爵家の坊ちゃま?
あっちが軽い感じだから、バランスは良いと思うんですけど~」
(……デュオニス公爵を“軽い感じ”って)
危うく吹き出しそうになり、口元を手で押さえる。
「って、あれ? フォーリアさんもエラルちゃんとお友達だったんですねっ!」
「ええ……まぁ。お友達というよりは、知り合いの方が近いと思うけれど」
アリドアの朗らかな声に頬の筋肉が緩む。彼女の無邪気さを見ると──巻き込みたくないという思いが湧き上がってくる。
(同室の者と言えど……アリドアが目をつけられない程度には距離を取らなければならないわね)
そう考えながら私は、彼女からそっと視線を逸らした。
半円状に広がる段差のある席列。
講壇を中心に視界が開けており、どこに座っても教員の動きが見える造りだ。
窓から差し込む陽光が黒曜石の床に反射し、複雑な紋様を描いた魔術補助陣を淡く照らしている。
生徒達が交わす小声のざわめきは天井高く吸い込まれ、期待と不安が入り混じった空気を震わせていた。
「……自由席、なのね」
席札はなく、皆好きな場所へ腰を下ろしている。友人同士でわいわいと集まる者。逆に、孤高を貫くかのように端を選ぶ者。
それぞれの性格が如実に席取りへ反映されていた。
(どこへ座るのが最適かしら……)
慎重に講堂を見回した、そのとき。
「お、レーズワース嬢~!」
赤髪の青年が手をひらひらさせている。
ローグ・デュオニス公爵──中央都市第一地区に屋敷を構える名門中の名門、その直系。
「席が決まってないなら……俺の隣とか空いてるっすけど、どうすか~!」
彼は気安さを装った笑みを浮かべ、背もたれにだらりと体を預けていた。
(……懲りない人)
だが、公の場で気さくに声を掛けてくれる彼の態度は、ほんの少しだけ救いでもある。
私は控えめに会釈し、あえて数列後方へと歩き出す。
「……失礼します」
その背に、軽い声が追いかけてきた。
「ま、そうっすよね」
追うことはしない。
肩をすくめ、苦笑だけを残す。
その距離感に、彼なりの節度を感じて──私はそっと息をついた。
(そういえば、公爵夫人は……? 確か、社交界のパーティで数度顔を合わせた程度だけれど)
あの時の彼女は──まぁまぁ個性的だったが、根の部分はしっかりしている方だと思う。
彼女のような人物なら、デュオニス公爵の奔放さにも程よく歯止めをかけられるのかもしれない。
周囲を探すように視線を巡らせる──しかし、一向に見当たらない。
代わりに、見覚えのある黒茶の髪がふわりと揺れた。
──アリドアだ。
向こうもこちらに気づき、ぱっと表情を輝かせて駆け寄ってくる。
「やっと見つけましたぁ~! もう、どうして先に行っちゃうんですか!」
「どうしてって……約束をしていた訳ではないもの」
「むぅ~、冷たいです……」
一瞬の拗ねたような表情も、すぐに笑顔へと変わる。そして、アリドアは嬉しそうに私の手を引き、空いている席へと誘導してきた。仕方なく、彼女の隣へと腰掛ける。
「……はぁ」
座り直しながら、私は再び講堂を見渡した。デュオニス公爵の婚約者らしき姿は、まだ見つからない。
そんな中、強い視線を感じる。
前方──数段下の席に見える……ローゼリア・ヴェルツィヘン。
整った横顔のまま、こちらを冷ややかに……いや、どこか焦れたように見つめている。よく見てみると、どうやらその視線はアリドアに向かっているようだ。
(……彼女達は面識があるのかしら)
思考が口元で苦く笑う。
ただならぬ熱量だが、いまは深入りしないでおこう。
「む? フォーリアさん……どなたか探していらっしゃるんですか?」
隣でアリドアが首を傾げる。
「ええ、デュオニス公爵夫人を……」
「ああ~、エラルちゃんですね!」
アリドアはぽんっと手を叩いた。
「エラルちゃんは1-Aですよ! いやぁ~、まさかデュオニス公爵のご結婚相手が私と同じ平民だったなんて、びっくりしちゃいましたよぉ」
「……そう、1-Aに」
自然と眉が上がる。
彼女が元平民──それは知っていた。通常、平民が貴族階級を与えられる事はまず無い。しかし、結婚相手が中央都市クリスタに……それも、第一地区に住んでいるともなれば話は別であった。
(けれど、1-Aとは……驚いたわね)
1-Aが特別上位というわけではない。どのクラスも授業内容に差はなく、序列による扱いも存在しない。だが、入学直後から注目の集まりやすい区分である理由があった。
あのクラスには──セントラル王国の王位継承権を持つ王子、それも第一王子と第二王子の二人共が所属しているという噂があるのだ。
考え込んでいる私をよそに、アリドアは勢いよく続ける。
「しかもですね~! エラルちゃん、めっちゃアゲアゲな子なんですよっ! 気さくで、面白くて、『よっろしく~!』みたいな感じで~! 初対面でも距離感ゼロっていうか~!」
「……変わっていないようね」
「はい~! ローグ殿下……じゃなくて公爵家の坊ちゃま?
あっちが軽い感じだから、バランスは良いと思うんですけど~」
(……デュオニス公爵を“軽い感じ”って)
危うく吹き出しそうになり、口元を手で押さえる。
「って、あれ? フォーリアさんもエラルちゃんとお友達だったんですねっ!」
「ええ……まぁ。お友達というよりは、知り合いの方が近いと思うけれど」
アリドアの朗らかな声に頬の筋肉が緩む。彼女の無邪気さを見ると──巻き込みたくないという思いが湧き上がってくる。
(同室の者と言えど……アリドアが目をつけられない程度には距離を取らなければならないわね)
そう考えながら私は、彼女からそっと視線を逸らした。
1
あなたにおすすめの小説
元婚約者に捨てられて皇太子に拾われたけど、今さら後悔しても遅いですよ?
exdonuts
恋愛
婚約破棄された日に崖から落ちた。目覚めたら見知らぬ国の皇太子に拾われ、私は皇太子妃候補に。元婚約者は私の死を喜び、新妻と祝杯を挙げていた。だが一年後、国賓として訪れた私は皇太子の腕に抱かれていた。彼の溺愛は国を揺るがすほどで、元婚約者の後悔の叫びなど届かない。ざまぁ、あなたが捨てたこの女が、今世界で一番愛されているのよ。
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに対して、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載しております。
愛人の生活費も、お願いします 〜ATM様、本日もよろしくてよ〜【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
政略結婚で結ばれた王子ザコットと、氷のように美しい公爵令嬢ビアンカ。だが、ザコットにはすでに愛する男爵令嬢エイミーがいた。
結婚初夜、彼はビアンカに冷酷な宣言を突きつける。
「お前を愛することはない。俺には愛する人がいる。このエイミーだ」
だが、ビアンカは静かに微笑み、こう返す。
「では、私の愛人の生活費も、お願いします」
──始まったのは、王子と王子妃の熾烈な政略バトル。
愛人を連れて食卓に現れるビアンカ。次々と辞表を出す重臣たち、そしてエイミーの暴走と破滅……。
果たして、王子ザコットの運命やいかに!?
氷の王子妃と炎の愛人が織りなす、痛快逆転宮廷劇!
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 コメディーです。
婚約破棄をご一緒に!
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティで、男爵令嬢を伴った王子が公爵令嬢に婚約破棄を宣言した。理由は、公爵令嬢が男爵令嬢をいじめたから。公爵令嬢は言い返す。
「他の人の事もいじめましたわ」
「へ?」
婚約者は嘘つき!私から捨ててあげますわ
あんり
恋愛
「マーティン様、今、わたくしと婚約破棄をなさりたいと、そうおっしゃいましたの?」
愛されていると信じていた婚約者から、突然の別れを告げられた侯爵令嬢のエリッサ。
理由も分からないまま社交界の噂に晒され、それでも彼女は涙を見せず、誇り高く微笑んでみせる。
―――けれど本当は、あの別れの裏に“何か”がある気がしてならなかった。
そんな中、従兄である第二王子アダムが手を差し伸べる。
新たな婚約、近づく距離、揺れる心。
だがエリッサは知らない。
かつての婚約者が、自ら悪者になってまで隠した「真実」を。
捨てられた令嬢?いいえ違いますわ。
わたくしが、未来を選び直すの。
勘違いとすれ違いから始まる、切なくて優しい恋の物語。
どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします
皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。
完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる