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エラル・デュオニス公爵夫人編
五話
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──1-B講堂。
半円状に広がる段差のある席列。
講壇を中心に視界が開けており、どこに座っても教員の動きが見える造りだ。
窓から差し込む陽光が黒曜石の床に反射し、複雑な紋様を描いた魔術補助陣を淡く照らしている。
生徒達が交わす小声のざわめきは天井高く吸い込まれ、期待と不安が入り混じった空気を震わせていた。
「……自由席、なのね」
席札はなく、皆好きな場所へ腰を下ろしている。友人同士でわいわいと集まる者。逆に、孤高を貫くかのように端を選ぶ者。
それぞれの性格が如実に席取りへ反映されていた。
(どこへ座るのが最適かしら……)
慎重に講堂を見回した、そのとき。
「お、レーズワース嬢~!」
赤髪の青年が手をひらひらさせている。
ローグ・デュオニス公爵──中央都市第一地区に屋敷を構える名門中の名門、その直系。
「席が決まってないなら……俺の隣とか空いてるっすけど、どうすか~!」
彼は気安さを装った笑みを浮かべ、背もたれにだらりと体を預けていた。
(……懲りない人)
だが、公の場で気さくに声を掛けてくれる彼の態度は、ほんの少しだけ救いでもある。
私は控えめに会釈し、あえて数列後方へと歩き出す。
「……失礼します」
その背に、軽い声が追いかけてきた。
「ま、そうっすよね」
追うことはしない。
肩をすくめ、苦笑だけを残す。
その距離感に、彼なりの節度を感じて──私はそっと息をついた。
(そういえば、公爵夫人は……? 確か、社交界のパーティで数度顔を合わせた程度だけれど)
あの時の彼女は──まぁまぁ個性的だったが、根の部分はしっかりしている方だと思う。
彼女のような人物なら、デュオニス公爵の奔放さにも程よく歯止めをかけられるのかもしれない。
周囲を探すように視線を巡らせる──しかし、一向に見当たらない。
代わりに、見覚えのある黒茶の髪がふわりと揺れた。
──アリドアだ。
向こうもこちらに気づき、ぱっと表情を輝かせて駆け寄ってくる。
「やっと見つけましたぁ~! もう、どうして先に行っちゃうんですか!」
「どうしてって……約束をしていた訳ではないもの」
「むぅ~、冷たいです……」
一瞬の拗ねたような表情も、すぐに笑顔へと変わる。そして、アリドアは嬉しそうに私の手を引き、空いている席へと誘導してきた。仕方なく、彼女の隣へと腰掛ける。
「……はぁ」
座り直しながら、私は再び講堂を見渡した。デュオニス公爵の婚約者らしき姿は、まだ見つからない。
そんな中、強い視線を感じる。
前方──数段下の席に見える……ローゼリア・ヴェルツィヘン。
整った横顔のまま、こちらを冷ややかに……いや、どこか焦れたように見つめている。よく見てみると、どうやらその視線はアリドアに向かっているようだ。
(……彼女達は面識があるのかしら)
思考が口元で苦く笑う。
ただならぬ熱量だが、いまは深入りしないでおこう。
「む? フォーリアさん……どなたか探していらっしゃるんですか?」
隣でアリドアが首を傾げる。
「ええ、デュオニス公爵夫人を……」
「ああ~、エラルちゃんですね!」
アリドアはぽんっと手を叩いた。
「エラルちゃんは1-Aですよ! いやぁ~、まさかデュオニス公爵のご結婚相手が私と同じ平民だったなんて、びっくりしちゃいましたよぉ」
「……そう、1-Aに」
自然と眉が上がる。
彼女が元平民──それは知っていた。通常、平民が貴族階級を与えられる事はまず無い。しかし、結婚相手が中央都市クリスタに……それも、第一地区に住んでいるともなれば話は別であった。
(けれど、1-Aとは……驚いたわね)
1-Aが特別上位というわけではない。どのクラスも授業内容に差はなく、序列による扱いも存在しない。だが、入学直後から注目の集まりやすい区分である理由があった。
あのクラスには──セントラル王国の王位継承権を持つ王子、それも第一王子と第二王子の二人共が所属しているという噂があるのだ。
考え込んでいる私をよそに、アリドアは勢いよく続ける。
「しかもですね~! エラルちゃん、めっちゃアゲアゲな子なんですよっ! 気さくで、面白くて、『よっろしく~!』みたいな感じで~! 初対面でも距離感ゼロっていうか~!」
「……変わっていないようね」
「はい~! ローグ殿下……じゃなくて公爵家の坊ちゃま?
あっちが軽い感じだから、バランスは良いと思うんですけど~」
(……デュオニス公爵を“軽い感じ”って)
危うく吹き出しそうになり、口元を手で押さえる。
「って、あれ? フォーリアさんもエラルちゃんとお友達だったんですねっ!」
「ええ……まぁ。お友達というよりは、知り合いの方が近いと思うけれど」
アリドアの朗らかな声に頬の筋肉が緩む。彼女の無邪気さを見ると──巻き込みたくないという思いが湧き上がってくる。
(同室の者と言えど……アリドアが目をつけられない程度には距離を取らなければならないわね)
そう考えながら私は、彼女からそっと視線を逸らした。
半円状に広がる段差のある席列。
講壇を中心に視界が開けており、どこに座っても教員の動きが見える造りだ。
窓から差し込む陽光が黒曜石の床に反射し、複雑な紋様を描いた魔術補助陣を淡く照らしている。
生徒達が交わす小声のざわめきは天井高く吸い込まれ、期待と不安が入り混じった空気を震わせていた。
「……自由席、なのね」
席札はなく、皆好きな場所へ腰を下ろしている。友人同士でわいわいと集まる者。逆に、孤高を貫くかのように端を選ぶ者。
それぞれの性格が如実に席取りへ反映されていた。
(どこへ座るのが最適かしら……)
慎重に講堂を見回した、そのとき。
「お、レーズワース嬢~!」
赤髪の青年が手をひらひらさせている。
ローグ・デュオニス公爵──中央都市第一地区に屋敷を構える名門中の名門、その直系。
「席が決まってないなら……俺の隣とか空いてるっすけど、どうすか~!」
彼は気安さを装った笑みを浮かべ、背もたれにだらりと体を預けていた。
(……懲りない人)
だが、公の場で気さくに声を掛けてくれる彼の態度は、ほんの少しだけ救いでもある。
私は控えめに会釈し、あえて数列後方へと歩き出す。
「……失礼します」
その背に、軽い声が追いかけてきた。
「ま、そうっすよね」
追うことはしない。
肩をすくめ、苦笑だけを残す。
その距離感に、彼なりの節度を感じて──私はそっと息をついた。
(そういえば、公爵夫人は……? 確か、社交界のパーティで数度顔を合わせた程度だけれど)
あの時の彼女は──まぁまぁ個性的だったが、根の部分はしっかりしている方だと思う。
彼女のような人物なら、デュオニス公爵の奔放さにも程よく歯止めをかけられるのかもしれない。
周囲を探すように視線を巡らせる──しかし、一向に見当たらない。
代わりに、見覚えのある黒茶の髪がふわりと揺れた。
──アリドアだ。
向こうもこちらに気づき、ぱっと表情を輝かせて駆け寄ってくる。
「やっと見つけましたぁ~! もう、どうして先に行っちゃうんですか!」
「どうしてって……約束をしていた訳ではないもの」
「むぅ~、冷たいです……」
一瞬の拗ねたような表情も、すぐに笑顔へと変わる。そして、アリドアは嬉しそうに私の手を引き、空いている席へと誘導してきた。仕方なく、彼女の隣へと腰掛ける。
「……はぁ」
座り直しながら、私は再び講堂を見渡した。デュオニス公爵の婚約者らしき姿は、まだ見つからない。
そんな中、強い視線を感じる。
前方──数段下の席に見える……ローゼリア・ヴェルツィヘン。
整った横顔のまま、こちらを冷ややかに……いや、どこか焦れたように見つめている。よく見てみると、どうやらその視線はアリドアに向かっているようだ。
(……彼女達は面識があるのかしら)
思考が口元で苦く笑う。
ただならぬ熱量だが、いまは深入りしないでおこう。
「む? フォーリアさん……どなたか探していらっしゃるんですか?」
隣でアリドアが首を傾げる。
「ええ、デュオニス公爵夫人を……」
「ああ~、エラルちゃんですね!」
アリドアはぽんっと手を叩いた。
「エラルちゃんは1-Aですよ! いやぁ~、まさかデュオニス公爵のご結婚相手が私と同じ平民だったなんて、びっくりしちゃいましたよぉ」
「……そう、1-Aに」
自然と眉が上がる。
彼女が元平民──それは知っていた。通常、平民が貴族階級を与えられる事はまず無い。しかし、結婚相手が中央都市クリスタに……それも、第一地区に住んでいるともなれば話は別であった。
(けれど、1-Aとは……驚いたわね)
1-Aが特別上位というわけではない。どのクラスも授業内容に差はなく、序列による扱いも存在しない。だが、入学直後から注目の集まりやすい区分である理由があった。
あのクラスには──セントラル王国の王位継承権を持つ王子、それも第一王子と第二王子の二人共が所属しているという噂があるのだ。
考え込んでいる私をよそに、アリドアは勢いよく続ける。
「しかもですね~! エラルちゃん、めっちゃアゲアゲな子なんですよっ! 気さくで、面白くて、『よっろしく~!』みたいな感じで~! 初対面でも距離感ゼロっていうか~!」
「……変わっていないようね」
「はい~! ローグ殿下……じゃなくて公爵家の坊ちゃま?
あっちが軽い感じだから、バランスは良いと思うんですけど~」
(……デュオニス公爵を“軽い感じ”って)
危うく吹き出しそうになり、口元を手で押さえる。
「って、あれ? フォーリアさんもエラルちゃんとお友達だったんですねっ!」
「ええ……まぁ。お友達というよりは、知り合いの方が近いと思うけれど」
アリドアの朗らかな声に頬の筋肉が緩む。彼女の無邪気さを見ると──巻き込みたくないという思いが湧き上がってくる。
(同室の者と言えど……アリドアが目をつけられない程度には距離を取らなければならないわね)
そう考えながら私は、彼女からそっと視線を逸らした。
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