この身を滅ぼすほど、狂った執着を君に。─隻眼の幼馴染が、突然別人に成り代わったみたいに、おれを溺愛し始めた─

髙槻 壬黎

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第一章 違和感の連続

アクシデント

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 どうして急に、テオドアのレイラに対する態度が、冷たいものへと変わったのだろう。
 討伐依頼を受けなかったことも、本当にただの気分によるものだったのだろうか――。

 気になること、話したいことはフレデリクの中にたくさんあった。だけど今朝、テオドアには何もないと素っ気なく返されたばかりだった。
 これ以上深掘りすれば、絶対に面倒くさいと思われる。一回答えたのに、二回も同じこと言わせんなよって、かったるそうに顔をしかめられるのが目に浮かぶ。
 フレデリクはとてもじゃないが、こんな疑問を口に出せはしなかった。彼はただ、何も喋らないテオドアの横で、黙々と薬草集めに勤しむことしかできなかった。

 
 頂点にあった太陽は傾き始め、肌に触れるそよ風は、ひんやりと冷気を帯び始めていた。
 日が沈めば、魔物の出現率はぐんと上がる。いくら手練れの剣士であろうとも、夜の森の中で、大量に発生した魔物を相手取るのは難しい。
 だからフレデリクは顔を上げ、そろそろ戻ろうかと声をかけようとした。その時だった。

「フレッド!!」
「えっ?」

 焦る声と共に腕を引かれる。テオドアの胸の中に、強く顔を押し込められる。

「なっ、なにっ!?」

 突然の接触に動揺するのもつかの間。そのすぐ横を、魔獣の黒い影が過っていくところが視界の端に映った。
 がっぽりと大口を開けて、飛びかかるその様は、恐怖以外の何者でもない。あと少し引っ張るのが遅ければ、フレデリクは格好の餌食となって、呆気なく命を散らしていたことだろう。
 今回は採集のみとはいえ、少し考え事に夢中になりすぎていた。

「怪我はねえか!?」

 必死の形相をしたテオドアが、フレデリクの両肩を掴んで顔を覗き込んでくる。

「ごっ、ごめん! ありがとう!!」

 フレデリクはコクコクと頭を振って答えた。自分への不甲斐なさと、テオドアに対する申し訳なさで己を叱咤したい気分だった。
 だが依然として、危険な状況であることに変わりはない。
 テオドアはフレデリクの無事な姿に一瞬だけ表情を緩めると、すぐに切り替え、目先の魔獣を睨みつける。

「フレッド。今から俺が合図を出すから、お前は安全なところまで逃げろ」
「えっ……? 一人で戦う気なの!?」

 いくら頼りないところを見せてしまったとはいえ、この場で逃がそうとするテオドアの気がしれない。
 これまでずっと、二人でやってきたのだ。逃げろと言われても、テオドアを一人残して行けるわけがなかった。

「おれも戦う。もうあんなヘマはしないから」

 フレデリクは腰に携えた鞘から長剣を引き抜くと、テオドアの左隣に並んで構えた。
 相対する敵は、全長二メートル程の鋭い牙を持つ魔獣だ。動きはすばしっこく、あれに噛まれたら一溜まりもないが、フレデリクもこのタイプの魔獣とは何度も戦ってきた経験がある。

「……あんまり前に出すぎるなよ」

 一歩も引く気配のないフレデリクを見て、テオドアが呟く。

「それ、テオが言う? いつも前に出て突っ込んでいくのはそっちじゃないか」
「……一応、伝えただけだ。――そろそろくるぞ」

 テオドアがそう告げた瞬間、魔獣が勢いよく二人の間に飛び込んできた。フレデリクは端に退いて攻撃を反らし、テオドアは腰を落としながら双剣を魔獣の腹に勢いよく突き立てる。
 緑の血飛沫が弧を描いた。痛みに喘ぐ咆哮が周囲の葉を揺らした。
 魔獣は咄嗟に飛び退き、先程よりも殺気立ったうなり声を上げて赤い眼を細める。

(テオがこのまま仕留めてくれるだろうから、おれはその間左側をサポートして……)

 とにかく前へ詰めまくり、確実に急所を狙うのがテオドアの戦闘スタイルである。
 フレデリクはそんな彼を守るため、眼帯で視界が狭くなっている左側を陣取るよう意識するのが常だった。

 テオが詰めたら、おれもすぐに動こう――そう考え、長剣を握りしめるフレデリクであったが、意外にも場は膠着状態にあった。珍しくテオドアが攻めあぐねているようで、その眉間にはシワが寄せられていたのだ。

(どうしたんだろう、テオ。いつもだったらもっとガンガンいくのに……)

 テオドアの双剣は近距離で戦えるよう、刃渡りがフレデリクの長剣より短くなっているので、近づかなければ攻撃も当たらない。このままでは最悪、魔獣から飛びかかられる時を待つしかないだろう。
 しかし、できればこちらが作り出した有利な状況で戦いたいというのが本音である。

「テオっ、おれが注意を引くから、お前はその間に倒してくれ!」

 フレデリクは意を決して叫んだ。その声にハッと目を瞬かせたテオドアは、悔しそうに歯を食いしばったが、今はそれどころではないと気づいて、すぐに頷く。

「分かった。俺が絶対に仕留めるから、無理はするなよ」
「うん……!」

 勢いよく駆け出したフレデリクが、魔獣の背に向かって剣を思いきり振り下ろす。
 魔獣は咄嗟に避けたが、その先の攻撃までは捌ききれない。一気に間合いを詰めたテオドアによって、二本の刃が容赦なく放たれた。

「ギァァア゙ア゙ア゙!!!」

 耳障りな雄叫びが辺り一面に響き渡る。
 しかし急所は外れていたようだ。最後の力を振り絞った魔獣が大きく口を開き、テオドアに襲いかかる。

「テオ……ッ!!」
「っ!」

 ガキンッ――という硬い音と共に、テオドアは交差させた双剣で牙を受け止めた。

「こいつ! テオから離れろ!!」

 フレデリクは居ても立ってもいられず、背中を下から切りつける。怯んだ魔獣が足をもたつかせたと同時に――目元を掻っ捌くテオドアの一撃。緑色の鮮血が飛び散って、地面を濡らす。
 
「やったか!?」

 肩で息をしながら叫ぶフレデリクの前で、核を失ったように魔獣はドサリと体を横たえた。テオドアが魔獣の頭を軽く蹴り上げても、動く意思はもうなさそうだった。

「もう大丈夫だ」
「よかった……」

 フレデリクはホッと一息つく。
 けれどここまで手こずったのは、養成学校を卒業して以来初めてのことかもしれない。
 テオドアが戦いづらそうにしていたのは、ただそう見えただけでフレデリクの勘違いだろうか。手に馴染んだはずの双剣が、なんだか上手く制御できていないように思えたのだ。

(もしかして、討伐依頼を断ったのはそれのせい?)

 疑問がフレデリクの口から溢れるよりも早く、テオドアが薬草入りの袋を地面から回収して言い放つ。

「戻るぞ。そろそろ日が完全に暮れる」

 見れば、空はすっかり夕焼け色に染まっている。

「あ……そうだね。早く帰らないと」

 フレデリクも一度考えるのを止め、頷いた。
 幸いにも今いる場所から、町まではそう遠く離れてはいない。この堪えきれない疑問をぶつけるのは、納品を終え、落ち着いてからでも遅くなかった。
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