この身を滅ぼすほど、狂った執着を君に。─隻眼の幼馴染が、突然別人に成り代わったみたいに、おれを溺愛し始めた─

髙槻 壬黎

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第一章 違和感の連続

打ち明けた想い

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 納品はレイラ以外の受付嬢にお願いした。ギルドに入ったらいつも一番に声を掛けてくれるはずの彼女が、気まずそうに顔を逸らしたから、話しかけることもできなかったのだ。
 フレデリクとしてはライバルが一人減り喜ぶべきところかもしれないが、なんだかんだ良くしてくれたレイラに対して、寂しく思う気持ちも強かった。
 こうして人との繋がりは切れていくのだろうか――なんて、やるせない思いが募る。できるだけ縁を大切にしていきたいフレデリクからすると、こういった結果で関係が終わってしまうのは、非常に残念なことだった。


 隣に並ぶテオドアと二人、肩を揃えて帰り道を歩く。
 夜の訪れが近いこの時間は、母親達が夕食作りに励んでいるのだろう。美味しそうな匂いがそこら中から漂ってきて、家族の温かみを思い出したフレデリクの唇がふっと緩む。
 すれ違うのは一仕事終えて家族の元へと急ぐ父親や、酒場に向かおうと連れ立つ集団ばかり。昼間とはまた一味違う喧騒に町は包まれていた。

「それにしても――」

 何気ない会話を装いつつ、フレデリクは口を開く。

「今日は大変な一日だったね。せっかく採集依頼を受けたのに、結局魔物と戦うはめになるなんてさ」
「……そうだな」

 テオドアはチラリと隣を見た後、そう返した。

「でも、さっきは助けてくれてありがとう。テオがいなかったら、今頃どうなってたか想像もつかないよ」
「俺は胆が冷えた。もう二度と戦場で気を抜いたりするなよ」
「あ、うん。それは本当にごめん……」

 肩を落として自省するフレデリクの脳内に、テオドアの物言いが少しだけ引っ掛かる。

(戦場、って……)

 まるで戦火の渦中にいたみたいな言い方だ。今日は広い森の中でも、比較的魔物が出にくい場所に行っていたはずなのに。そこまで重い言葉を使われるとは思いもしてなかった。
 しかし、それにかまけて油断していたのはどうしようもない事実。フレデリクは下手に言い訳するつもりもなく、素直に反省した。

「テオには助けられてばっかりだなあ。おれももっと頑張らないと」
「……そんなことねえだろ。今日の俺は、お前のおかげで倒せたんだから」
「あ……、そう? め、珍しいね。テオがそういうこと言うの……」

 テオドアから真っ直ぐ感謝を伝えられ、フレデリクは思わず照れる。赤くなった顔を咄嗟に前へ戻せば、燻っていた疑問が自然と口をついて出た。

「でも、テオの方こそ、今日は少し戦いづらそうじゃなかった? 仕留めるときなんか、いつもより手こずってるように見えたけど……」
「……………」

 テオドアは無言で立ち止まった。軽く俯いた横顔は髪の毛に遮られて、表情は分からない。

「テオ……?」

 一緒に足を止めたフレデリクも、不安そうに彼を見上げる。
 
「……フレッド」

 小さく名前を呟き、ゆっくりと面を上げたテオドアは、静かな水面のように凪いだ瞳を携えて、真剣な顔つきをしていた。
 フレデリクの喉が、思わずゴクリと音を立てる。

「俺、実は――」

 テオドアは何かを語りだそうとした。
 しかし次の瞬間、

「ああっ!」

 前方から誰かの叫び声と、ドサドサッと物が落ちる音。
 フレデリクは反射的に、そちらを振り向いた。 

「チッ、危ねえなあ! 気を付けろよ!」
「す、すまんすまん……」

 どうやら店じまい中のお爺さんと、通行人の男がぶつかったようだった。辺りには籠から落ちた売り物らしき果物が散乱していて、男は苛立ちをぶつけるようにそれらを蹴り放つと、そのまま立ち去っていった。
 残されたお爺さんが果物を回収するため、曲がった腰に手を当てて屈む。しかし、随分ゆったりとした動きだ。これでは全てを拾いきるのに、かなりの時間が掛かってしまうだろう。
 フレデリクは急いで駆け寄っていくと、お爺さんと共に果物を拾い始めた。
 
「おれも手伝います」
「ああ……悪いねえ」
「いえいえ。このくらい、どうってことないですよ」

 幸い、果物はあまり遠くに転がってはいなかったので、フレデリクが手伝えばすぐに終わった。
 お爺さんは別の籠に入った果物をいくつか持ってくると、フレデリクに差し出す。

「これ、良かったら持っていきなさい」
「えっ、そんなっ、いいですいいです! 見返りが欲しくてやった訳じゃないので! それは是非お店で売ってください!」

 フレデリクは両手を顔の前でブンブンと振って断る。
 彼の人助けは、半ば習性みたいなものだ。両親を救えなかった自分が誰かの助けになることで、己の存在意義を確立させていると言ってもいい。だからお礼を貰うほど、自分が立派な行いをしたとも思っていなかった。

「遠慮せんでもいいのに……」
「お気持ちだけで十分です。……おれ、もう行きますね」
「ああ、ありがとうねえ」

 ニコニコと朗らかに笑うお爺さんに一礼をして、フレデリクは元いた場所へ戻る。話の途中で駆け出してしまったから、テオドアの気を悪くさせてしまったかもしれない。怒ってはいないだろうが、気分の良いものでないことは確かだった。

「テオごめん! 急にいなくなっちゃって……!」

 テオドアは先程と同じ場所で佇んでいた。
 慌てて戻ってきたフレデリクを、苦しそうな、それでいてどこか恨めしそうな表情で、じっと見つめている。

「……? ど、どうかした?」

 フレデリクは今だかつて見たことがないテオドアの顔つきに、何故かうすら寒さを覚えて腕をさすった。馬鹿らしくも、まるで別人のようだと思ったのだ。そのような顔をされる理由に、全く心当たりがなかった。
 しかし、テオドアは小さく唇を開くと、溢れ出そうな想いを耐えるように言葉を吐き出す。

「俺は、……の、そういう、ところが……」
「……え? 今なんて、」

 残念ながら周囲のざわめきにかき消されて、大事な部分を聞き取ることはできなかった。
 けれどそんなことは関係ないと言わんばかりに、目を張ったフレデリクの手を、テオドアが掴んで引き寄せる。
 真向かいの建物の隙間から、最後の灯火を放つ夕日が差し込んでいた。逆行でテオドアの表情は隠され、震えた手のひらだけが彼の緊張を伝えてくる。

(あれ? これ……)

 フレデリクが思わず首をかしげた瞬間。

「────好きだ。フレデリクのことが、どうしようもなく好きなんだ……」

 そう言って、テオドアに強く抱き締められた。
 心の底から焦がれているような声だった。冗談だと、自分の想いを抜きにしてもそう思えなかった。
 周りの喧騒も目に入らない。フレデリクの心臓が物凄い勢いで拍動し始め、頬を赤く染めていく。

「俺が帰ってきてから、様子が変だって思っただろ? ……実は気持ちを自覚して、今までみたいな平静な態度じゃいられなかったんだ。フレッドからしばらく離れたのも、気持ちを落ち着かせるためだったけど、そんなの全く意味なかったよな。……心配かけてごめん。でも、本気でフレッドのことが好きなんだ」

 やけに饒舌な語り口に、取って付けたような理由たち。冷静な状態であれば違和感を感じたかもしれないが、今のフレデリクにそんな思考をする余裕はない。ぐちゃぐちゃになりそうな頭の中、彼はテオドアの告白を受けとめるだけで精一杯だった。

「フレッドは、俺のことどう思ってる?」
「ぁ……」
「ゆっくりでいいから、教えてくれ」

 背中を優しく撫でられた。規則正しいその動きは、徐々にフレデリクの荒ぶった呼吸を落ち着かせた。
 熱すぎる腕に包み込まれたまま、フレデリクもテオドアの背中に手を回す。

「ほ、ほんとうに?」
「ああ」
「おお、おれの夢じゃ、ないよね……?」
「現実だ。夢になんか、させねえよ」

 テオドアがそう言うと、骨が軋むほどに抱擁を強められた。
 痛い。でも、心地のいい痛みだ。せり上がってくる想いに、フレデリクは我慢なんてできなかった。
 
「っお、おれも、好き。ずっと……ずっと好きだった……!!」

 弾けた想いと共に、テオドアをきつく抱き締め返す。これまで溜め込んできた"好き"を伝えるみたいに、強く強く、必死にすがりつきながら。

「俺と、付き合ってくれるか?」
「本当に……おれでいいの?」
「フレッドがいい。フレッドじゃないと、駄目なんだ」

 耳元で囁かれて、涙がぶわりと零れ落ちる。

「っ、うん。俺も、テオと付き合いたい」

 フレデリクの流した雫がテオドアの肩を濡らす。
 叶わない恋だと思っていた。何度も諦めようとした想いだった。だからこそ、同じ気持ちを返してくれたことが、こんなにも嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。
 フレデリクは大好きな人の胸に抱かれ、幸福に身を浸す。まさかテオドアが、昏い悦びに瞳を蕩けさせ、歪な笑みを浮かべていることには気づきもせずに。


「――ああ……やっと、手に入った」

 そう呟いたテオドアは、一体誰だったのだろう。
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