【完結】執着系幼馴染みが、大好きな彼を手に入れるために叶えたい6つの願い事。

髙槻 壬黎

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疑念

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 恐る恐る鍵を入れて扉を開ければ、部屋の中は真っ暗で誰もいなかった。どうやらまだミカイルは帰ってきていないようで、僕はほっと一息つく。

 とりあえず急いで夕食は作らないと。

 僕は制服を着替えるのも忘れてキッチンに向かった。



 料理を作っている間、今日あった出来事がずっと頭の中でぐるぐると渦巻いていた。ミカイルに聞きたいことを整理して、その中でもジークとタルテ先生の名前は出さないようにしなければならない。
 なるべく平常心を保てるように心を落ち着かせていると、ふと、彼は全て本当のことを話してくれるだろうかと不安になった。言いたくないことを無理やり聞き出すつもりはないが、ジークの話のことについては、絶対に確認をしないといけない。
 もしあいつの言ったことが本当であれば、僕達のこれまでの関係に亀裂が走るのは明白だった。ミカイルはそんなことをしない、とは思いつつもどこか疑ってしまう自分もいるのが許せない。

 どうか、僕の気のせいでありますように、と誰に願うわけでもなく心の中で呟く。
 そんな僕の胸中を察するかのように、部屋の外からは大粒の雨の音が聞こえ始めていた。


***


 後は机に並べるだけ───といったところで玄関の扉が開く音がした。
 僕は手を止めて、雨で濡れているかもしれないミカイルのために、タオルを持って彼の元へと向かう。朝は快晴だったから、きっと傘を持っていないことだろう。
 そう思ったのに、ミカイルは水一つかかっておらず、手には黒色の傘が握られていた。彼は僕に気がつくと嬉しそうに微笑む。

「ただいま、ユハ」
「おかえり、ミカ……。傘、持ってたんだな」
「ああ……うん。ちょっと人に借りてね。それより、今日は何をして過ごしてたの?」

 ミカイルは深く突っ込まれたくないのか、傘を丸めながらさりげなく話題を反した。
 僕はついでに今日の用事について聞くつもりだったのに、逆に言いづらい話に変えられたことで言葉に詰まってしまう。

「えっと……、普通に、今日の復習をしてた」
「……そっか。分からないところはなかった?」
「今日は、大丈夫だ。また聞きたいところが出てきたら教えてくれ」
「もちろんだよ」

 ミカイルはずっと微笑んだまま、こちらを見つめている。僕は何だか全てを見透かされているような気がしてしまい、逃げるように夕飯にしようと言った後、部屋の中へ戻った。


 
 ドキドキと、自分の心臓の音が耳の中に鳴り響いてうるさい。なるべくいつも通りを装って、ミカイルと当たり障りのない会話をしながら食事をする。
 僕はいつ切り出そうか迷っていると、話題はまた今日の放課後に関するものになっていた。

「今日は初めてユハと帰れなかったんだけど、何か変なことはなかった?」
「何だよ、変なことって……。別に、いつも通りだった」
「じゃあ、どうして今日は制服のままなの? いつも帰ってきたらすぐに着替えるよね?」
「……っえ!?」

 慌てて自分の服装を確認すれば、確かに制服のままだ。僕としたことが、どうやら他のことに気を取られ過ぎて着替えるのを忘れていたらしい。
 今さら気づいてももう遅いが、ミカイルに指摘されてしまった以上、何とか誤魔化すしか道はなかった。

「っじ、実は勉強する前に、そのまま寝てしまったんだ。多分、疲れてたんだろ……」
「へぇ、珍しいね。ユハがうたた寝をするなんて」
「……僕だって、そういう日はある……。っそんなことより、ミカの用事って一体何だったんだよ? そっちの方がよっぽど珍しいだろ」
「………僕のこと、気にしてくれてたの?」
「あ、ああ。そりゃあいつも一緒にいるんだから、多少のことは気になるさ」
「そっか。……今日は少し、先生に頼まれ事をされてたんだ。ユハが気にするようなことでもないよ。でも、僕のことを考えてくれてたのは嬉しいな」

 先生、という言葉に驚いて、その後に続いたミカイルの話が全く耳に入っていなかった。

「え、先生って、タルテ先生のことか?」
「……うん。そうだよ」
「何を、頼まれてたんだ?」
「本の整理だよ。先生の部屋、すごく汚いから手伝ってほしいって言われてね」

 ミカイルの明確な嘘に変な動悸が止まらなかった。口に運んだ料理が、途端に味気のないものに変わる。
 今日、先生と一緒にいたのは確かにこの僕だった。だからこの用事はあり得ないもので、ミカイルが先生といるはずもなかった。
 しかし、僕はそれを馬鹿正直に話すこともできない。そんなことを言ってしまえば、僕が先生と一緒にいたことがバレてしまうからだ。いくら嘘に気づいたとはいえ、それを証明することは残念ながら不可能だった。
 急に黙ってしまった僕に、ミカイルが心配そうに眉を下げてこちらをうかがってくる。

「ユハ……? どうかした?」
「いや……、先生の部屋、確かに汚そうだなと思って。こんなに遅くなるほど、散らかってたのか?」
「うん。ユハが見たら驚くよ。僕一人でよかった」

 よくもいけしゃあしゃあと、こんなにありもしないことが言えるものだ。そんな嘘をつくくらいなら、正直に言えないと伝えてほしかった。

 ミカイルへの疑念の雫が、ポツンと一滴、胸中に垂れる。
 しかし、僕はそれに気づかない振りをして、とっとと本題を切り出すことにした。

「そういえば今日さ、教室の前でジークと綺麗な女子生徒の三人で何か話してたよな?」
「あ……見てたの?」
「だってお前達、かなり目立ってたぞ」
「確かに、やけに廊下に人は多かったかも。でも、それがどうかした?」
「いや、別にそれについて聞きたい訳じゃないんだけど……、丁度その時にハインツに聞いたことがあってさ。ミカって、時々僕の話をしてたらしいな?」
「そうだね。せっかくなら皆にもユハのことを知ってほしくて、いろいろ話したと思う」
「それってどういう話だったんだ?」
「うーん、あんまり覚えてはないんだけど……。小さい頃の話はよくしてたかな?」

 ミカイルは思い出すように宙を見上げて言った。これはハインツに聞いた通りだったから、特に違和感もない。
 しかし、僕が聞きたいのはこの話ではなかった。ハインツには悪いが、彼が言ったことにして聞き出すことにする。

「……他にも僕がミカに迷惑をかけてたり、付きまとってる、とかいう話をお前がしてたって……ハインツから聞いたんだけど、これは本当か?」

 思わずスプーンを握る手に力が入る。目の前のミカイルが咄嗟に誤魔化すことのないよう、彼の言動に注意を払った。
 しかし、話を聞いたミカイルは動揺一つ見せないどころか、さもあり得ないと言わんばかりの表情で目を見張り、静かな怒りを表した。

「何それ……僕がユハにそんなこと思うわけない。ハインツが本当にそう言ってたの?」
「……じゃあ、僕がミカに無理を言ってこの学園に来たとか、それも言った覚えはないか?」
「そんなの、ユハが一番ないことだって知ってるよね。……まさか、僕を疑ってる?」
「いや、一応確認したくて聞いただけだ。やっぱり、そんなことはないよな。」
「当たり前でしょ。僕がユハのことを悪く言うなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。もしハインツが本当にそんな嘘を言ってるなら、正直彼を軽蔑するね。僕のことがそんなに嫌いだったのかな?」
「え!? ちょ、ちょっと待て! きっと僕の聞き間違えかハインツの勘違いだと思う! だから、彼のことをそんな風に思うのはやめてくれ……!」

 後先のことを考えず口走ってしまったものだから、ハインツにとんでもない罪が被せられそうになり、慌てて彼を庇う。そもそも悪いのは全部ジークなのだから、こうなってしまった以上、全て本当のことを言ってしまいたかった。
 けれど、その話をしたところで、僕がまたジークに喧嘩をふっかけられたことも必然的に話さないといけなくなる。以前僕が殴られそうになった時もミカイルの様子はどことなくおかしかったから、もう一度彼に心配をかけることだけはしたくなかった。

「……変なことを言って悪かった。さっきの僕の話はあまり気にしないでくれ」
「……分かった。でも、例えハインツに嫌われていたとしても僕は一向に構わないけどね。それがユハじゃなければ、僕は誰にどう思われようとどうでもいいから」 
「……僕はなるべく人には好かれたいけどな」

 そう?と言って、ミカイルはいつもの柔和な笑みを浮かべる。
 そのまま僕達はまた穏やかな雰囲気に戻って、食事を再開させた。熱々だったスープは既にぬるくなってしまっていたが、僕は未だ耳に響いてくる鼓動音のせいか、緊張が止まることはなく、ただ黙々と口に入れるだけであった。


 
 ────結局、ジークのあの話は何だったのだろうか。
 ミカイルが嘘を言っているようには見えなかったけど、僕を陥れるためだけのでまかせにしては、ジークの表情は随分と真剣だった。
 それに、クラスの全員が知っているとは、そんなに破綻しやすい嘘をつく意味も分からない。ハインツへ話を聞いてもいいが、もしジークと同じことを言われるかもしれないと思うと怖かった。

 ミカイルのことだって、本当は信じたい。けど、信じきることもできない。何故なら彼は既に今日、明確な嘘を吐いてしまっているからだ。
 しかも、表情の一つも変えない程だから、本当に僕の悪口を言っていたのだとしても、僕には彼が本当のことを言っているのかどうか分からなかった。

 今までのミカイルとの関係値が一気に崩れてしまう予感がして、恐ろしい。僕は今まで一度だって、ミカイルに嫌われていると思ったことはないのに、どうしても彼に疑いの目を向けてしまうことが止められない。

 僕の胸に滴れ落ちた疑念の雫が、留まることをしらないシミのように広がっていく。それはやがて僕の心に沈着すると、こびりついて取れない固まりとなって、自分でも気づかない程、心の奥底に溜まり始めるのだった────





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