【完結】執着系幼馴染みが、大好きな彼を手に入れるために叶えたい6つの願い事。

髙槻 壬黎

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花言葉

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 今日は早く帰らなければいけないため、僕はあれからすぐに、タルテ先生とアルト先輩へ別れを告げると部屋から出た。先輩はまだ早いと駄々をこねて僕を引き留めようとしていたが、先生に怒られると泣く泣く見送ってくれた。
 なんだか会うたびに、別れるのを惜しんでくれるようになっている気がする。
 でも、そう思ってくれるほど先輩に好かれているのはすごく嬉しくて、そんなやり取りも僕は嫌いじゃなかった。


***


 行った事実だけでも残そうと、校舎を出て植物館へ向かう。外は既に日が沈みかけており、思いの外僕はタルテ先生の部屋に長居してしまったようだ。
 ミカイルは、まだ帰ってきていないだろうか。ただそれだけが心配で、自然と足取りも早くなる。
 特に今日の別れ際の彼は、かなり不機嫌になっていた。だから、更に嘘をついていたこともバレれば目も当てられない事態になるのは想像に容易い。

 植物館に着いたら一周だけしてすぐに帰ろう。例えミカイルが先に帰っていたとしても、そこにあった花の名前でも話に上げれば、僕が他の場所に行っていたと思うことはないに違いない。
 我ながら姑息な考えではあるが、しかし、そうこうしている内にも植物館は既に目の前だ。
 ドーム場のような形をしているその建物は、天井が全てガラス張りになっているおかげで、夕日に照らされてキラキラと反射しているのが綺麗だった。
 なんだかんだ初めて訪れるため、楽しみで胸が踊る。

 少しだけ緊張しながら足を踏み入れると辺りに人影は見当たらず、中は多くの木や花が植生されているだけだった。
 とりあえず道なりに進めばいいかと歩きながら、何か話題になりそうなものを探す。時間さえあればもっとゆっくり見たいと思うほど、色とりどりの植物達がそこにはたくさんあった。


***


 大体半周くらい歩いたところで、どこか見覚えのある花が目に留まった。
 ミカイルの瞳の色によく似た綺麗な花だ。一体どこで見たんだったかと近くに立て掛けてある説明文を読めば、そこにはスイズレクナという名前が書いてあり、僕はフラッシュバックするかのように昔の出来事が脳裏に甦ってきていた。

 これはミカイルだけが学園に行っている間、僕の誕生日の時にプレゼントとしてもらったあの栞の花だ。母さんに聞いた花の名前も確かこんな感じだった気がするから、間違いない。
 それに加え、あの時の母さんは何故か意味深に微笑んでおり、その理由をミカイルへの手紙で聞くつもりがそんなことはすっかり忘れて、僕は一度も花に関して書いた記憶がなかった。
 一体あれは何の微笑みだったのだろうか。続けて説明文を読めば、気になる一文が目に飛び込んでくる。

「花言葉……、この花には以下の意味が含まれています……。あなたとずっと一緒にいたい、あなたを独り占めしたい、あなたを愛して────」

 誰もいないのをいいことに口に出して読み上げる。すると急に後ろから、誰かの僕を呼ぶ声が聞こえてきた。

「ユハ、まだここにいたんだね。帰っても部屋にいないから、すごく心配した……」
「えっ!?」

 驚き振り返れば、急いで走ってきたのか、少し髪を乱したミカイルがそこには立っていた。心配したという割には、僕を疑うような目つきでこちらを見ている。
 まさか僕はここで会うとは思わず、後ろめたさで冷や汗が止まらなかった。

「ずっとここにいたの?」
「あ、ああ……。その、思ったより見るのが楽しくて……」
「他に人はいた?」
「いやっ、人はいなかった! ずっと僕一人だ……!」
「へぇ……。それじゃあ随分と長い間、ここで一人だったんだね。ユハがそんなに植物好きだとは知らなかったな」

 うっすらと微笑んだミカイルに、何故か寒気が止まらない。
 そのまま彼はこちらに近づくと、先程まで僕が見ていた花へ、ちらりと目をやった。

「何をそんなに見ていたの?」
「あ……そういえばこれ! ミカが僕の誕生日にくれた花だろ?」

 話題を逸らすのに丁度いいと思い、さっと体をどかして花を紹介すれば、ミカイルは驚いたように目を見開いた。

「スイズレクナ……、」
「もしかして忘れたなんて言わないよな。どうしてこれをくれたのかずっと聞きたかったんだ。この花言葉も意味を知ってて送ったのか?」
「っ! それは……っ!」

 僕の言葉を聞いた途端、息を飲んだミカイルの頬にじわじわと朱がさしていく。それはやがて彼の耳たぶにまで広がると、僕はいつぞやのキス事件のことを思い出してしまった。
 あの日以降、ミカイルは度々理由も分からず顔を赤らめることがあったが、花の栞をもらったのはその時よりも前だったか。
 今回は一体どうしたのだと思いミカイルを眺める。口元に手の甲を押し当て、目を逸らした彼は、動揺していながらも説明を始めた。

「ぁ、あの時は、無意識でっ……!……べ、別に、この花言葉にかいてあるような、変な意味はないから安心して……! ただ、友達として……ずっと、一緒にいられたらと思っただけなんだ……」
「……ん? 変な意味って、何のことだ?」
「え、だ、だからその……、そこの花言葉のところに書いてあるでしょ。ぁ、愛してるとか何とか……」
「ああ、最後の一文か。確かにそういう意味があるって知ったら、告白してるみたいだよな。でも、流石に男でこの言葉を鵜呑みにする奴はいないだろ。もし僕が女だったら、勘違いしてたかもしれないけど」
「あ……うん。そう、だよね…。それなら良かった…」

 発した言葉とは裏腹、伏し目がちにミカイルは顔を曇らせる。どう見ても良いとは思ってなさそうな表情だ。
 もしやまずいことでも言ったのかと、若干の気まずさが僕を襲った。

「……ごめん、何か変なことでも言ったか?」
「ううん、ユハは悪くないよ。……僕がおかしいだけ」
「はあ? 何言ってるんだ。ミカはどこもおかしくなんてないだろ」
「───っ、じゃあ、」

 ミカイルの強い眼差しが僕を突き刺す。

「本当は……僕がユハを愛してるからこの花を贈ったんだ、……って言ったらどうする?」
「えっ……?」

 思いもよらない言葉だった。何と返せばいいか分からず、はくはくと息だけが漏れ出る。
 だって、男が男を好きになるなど、聞いたことも考えたこともない。僕は未だ恋愛というものを経験したことはないものの、それでもそれが普通じゃないというのだけは分かる。
 だから何かの冗談だと、からかうために言っただけなのだと思いたくて、僕は無意識に思考を放棄してしまった。

 そんな願いが通じたのか、顔を上げたミカイルは僕の困惑した姿を視界に入れると、仕方なさそうに眉を下げて微笑んだ。

「ふふ、冗談だよ」
「な、何だ、急にそんなこと言うなよ……! 驚きすぎて何も言えなかったじゃないか……」

 跳ね上がった心臓が、未だにドクドクと嫌な音を立てて鼓動を打つ。冗談にしてはやけに真面目な顔つきだったのが気になったが、そんなのはありえない。あってはならなかった。


 ───ふと、周囲の温度が急激に下がったような感覚に陥り、僕は天井を見上げる。気づけば夕焼けに染まっていた空は見る影もなく、星の瞬く夜空がそこには広がっていた。

「もう夜だ……」

 館内は照明で明るく照らされているため、全く気がつかなかった。植物館が何時まで開いているのかは知らないが、もうここから出た方が賢明だろう。
 ミカイルも同様に気づいたようで、帰ろうかと呟く。
 しかし、彼はどこか暗さの抜けない顔つきのまま、僕達は一緒に出口へと向かった。




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