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僕の光 ※ミカイル視点
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とっても綺麗な子だね。
まるで、神様からの贈り物のような子だね────
そんな、僕への称賛。僕を褒め称える言葉達。
それらは、僕にとって日常の一部分でしかなかった。
僕を好きにならない人間なんていない。僕を愛さない人間なんていない。
幼いながらもそれは自明の理だと分かっていて、それが当たり前なのだと、当然のことなんだと信じて疑わなかった。
けれど───それが覆ったのはあの日。
母様の親友の息子だと言って紹介されたのは、眼鏡をかけた地味そうな男の子。それが、ユハン・イーグラントだった。
初めは少しの違和感でしかなかった。でも明確に変だと気づいたのは、ケーキの事件の時。
僕は別にイチゴのタルトなんてどうでも良かったけど、あえてその時は同じものを選んだ。当時の僕は、譲ってくれることに悦を覚えていたから。彼もきっと、喜んでそれを渡してくれると思った。
でも実際はそうじゃなかった。ユハンは強い眼差しで、僕の言葉に反論をした。
まさか僕の頼みを聞いてくれない人がこの世界にいただなんて。僕には信じられない気持ちでいっぱいだった。
それから僕は悔しくて、ユハンにまた来てほしいと言った。次は絶対に抵抗なんてさせない。僕の方が上だと、そう思わせるために。
彼への気持ちなんて、初めはそんな、プライドからくる対抗心のようなものしか感じていなかった。
だけどそれから数ヵ月が経って、僕はとんでもない事実を知ることになった。
家の書斎でいつも通り読書をしようと思ったら、ふと目に留まり、導かれるようにして僕はその本を取った。
タイトルはなし。表紙は薄汚れてボロボロで、パラパラと中を捲ってみれば、黄ばんだ紙に手書きの文字が羅列されている。恐らく、誰かの手記のようだ。
僕は気になって、その中身を読んだ。
……聖女の手記だった。
彼女の、懺悔がそこには記されていた。
────
私は過ちを犯してしまいました。
皆が私を聖女だと崇め、敬うのは間違いなのです。
私には、普通の人にはない力があります。
何をせずとも強制的に好意を抱かせ、瞳をじっと見つめるだけで、自分の思い通りに操ることのできるその力の名は────魅了。
私は元々、人から好かれやすい性質の人間だと思っておりました。
ですが、王宮を陥落させ、その地下に眠る古書でそれを知ったとき、それらは全て紛い物だと気づいたのです。共に戦ってきた仲間も、魅了によって私の意思に同調し、戦わなければと思い込まされただけ。
まるで、悪魔のような力だと思いました。私が、彼らを殺してしまったも同然なのです。
王も、決して私の言葉によって改心したわけではありません。私の持つ、この魅了という力が王を惑わしただけに過ぎないのですから。
しかし、いくら暴政を敷く王といえども、人の意思を勝手にねじ曲げるのは決してあってはならないこと。
そして、共に戦ってきた仲間達のことだって。
私は聖女と持て囃されるような、そんな綺麗な人間ではなく、悪魔の力を持った魔女でした。
誰にも言えず、ここに懺悔を記すことを、どうかお許しください。
ヴェラ・アイフォスター
────
衝撃だった。言葉も出なかった。
聖女が僕の先祖だとか、力を使って王を惑わせただとか、そんなことはどうでもよくて。
魅了という力の効果に、僕は覚えがあった。
初めて僕を見た人間は、まるで魂が抜けたかのように顔を呆けさせた。加えて顔をじっと見つめると、いとも容易く相手は僕のお願いを聞いてくれた。
当たり前だけど僕はそれを、純粋な好意からくるものだと、そう信じて疑ってこなかった。
でも、思い返せばそれは少し変だったのかもしれない。まるで、自分の意志がなくなったかのように、相手は意見をコロッと変えるんだ。
それに気づいてしまえば、信じられないほどの恐怖が僕を襲っていた。
皆は、僕を好きなんじゃない。魅了によって、思い込まされているだけ。
途端に全てが信じられなくなった。
母からもらう愛情も、父から向けられる笑顔も。
使用人たちから掛けられる、僕を褒める言葉も。
その、何もかもが。
心が壊れそうになった。誰の言葉も聞きたくなくなった。
でも────そんな僕を救ってくれたのが、ユハンだった。
唯一、僕の言うことに従ってくれなくて、いつも僕を真っ直ぐ見つめてくる男の子。
どうして魅了が効いていないのかは分からなかった。だけど、その存在は僕を酷く安心させた。
ユハンだけが、本当の僕を見て、本物の感情をくれたんだ。執着心を抱くには、十分すぎる理由だった。
だから、ユハンが僕の家に来てくれなくなった時は、すごくすごく焦った。
僕以外の友だちができたと聞いたときは、はらわたが煮えくりそうなくらい、怒りで脳が支配された。
一緒に学園へ行けないと分かったときは、寂しくて寂しくて、僕からユハンを離そうとするこの世の全てを恨んだ。
気づけばユハンは僕にとって、なくてはならない、他に替えがきかない、大切で大事な友だちへと変化していた。
それでも先に学園へ行ったのは、ある計画のためだった。
本当は無理やりにでもユハンを連れてくることはできたけど、そうしなかったのは彼から僕以外の人間を遠ざけるため。
あえて一年早く行って、周囲の人間にユハンを嫌うよう仕向けた。
僕はこのときほど、魅了の力をあやかったことはない。これなら例え、ユハンが他の友だちを欲しがっても、変わらず僕とだけ仲良くしてくれると思った。
そして、僕が学園から帰ってきたときのこと。
今までユハンに対して感じていた友情に変化があった。
久しぶりに会ったユハンから離れたくなくて、一緒のベッドで横になったあの時。
彼から僕を思い出せるようイメージしたペンを作ったと聞いて、まさかそんな風に想ってくれてたなんて知らなくて。いつの間にか僕の脳を支配していたのは、ユハンへの溢れ出そうなくらい愛おしいという感情。そして、気づけば彼の唇に、僕は自分のものを押し当てていた。
あの時は衝動的すぎて、自分でも驚いていたけど、すぐに分かった。僕がユハンに抱いているのは恋愛感情なんだって。自覚したのはこの時だったけど、多分ずっと、僕は彼に対してこの感情を抱えてた。
でもすぐにそれは無謀な想いだと理解した。ユハンが僕に抱いているのはただの友情だ。だからそんな彼にこの気持ちをぶつけてしまって、気持ち悪がられるのが怖かった。嫌われるのが酷く恐ろしかった。
だから僕は……その気持ちを隠すことにした。そして、恋人になれないなら彼の一番に在り続けようと思った。時々暴走する独占欲が言うことを聞かなくて、ユハンに無理を言ってしまう時はあったけど、友情の範囲をギリギリ越えないよう頑張ったつもりだった。
けれど、僕の気持ちはどんどんと膨らんでいくばかりで、抑えはきかなかった。
まずはハインツ。
あいつは魅了に絶対かかっているはずなのに、何故か僕の予想に反して、ユハンと親しくなった男。
でも、それはまだ許せた。何故ならハインツの父親は、イーグラント卿に詐欺をした張本人だから。
僕の力を使って裏事情に詳しい人間に調べさせれば、すぐに分かった。
ディーゼル家は裏では汚い商売や、悪事に手を染めている。まさかその父親からあの子供が育つのは意外だったけど、ハインツがいくらユハンと仲良くなったところで、この事実をユハンに言えばいつでも二人を引き離すことはできた。だからまだ我慢できた。
そして……アルト・ランヴォルグ。
いつの間にかユハンと知り合いになっていた男。
僕が魅了という、国をも支配できる力を手にしていることは、一年の時アルトに一目見られただけでバレた。そして、その繋がりで担任のタルテにまで。
今は魔導具で魔力を補っているようだけど、バレる前は先生も魅了にかかっていて動きやすかったのに。アイツらは僕の行動を監視するようになって、国王との対話の場まで設けられるようになった。とても面倒だったけど、流石にそれを断ることはできなくて、ユハンと接触したのも僕が国王に呼ばれた時なんだろう。
魔法への好奇心が人一倍強いアルトには、ユハンの存在を絶対に隠したかった。僕の魅了にも強い関心を示していたアイツが、それが効かない人間なんてものに出会したら絶対に興味を持つ。ユハンに何をされるか分からないから、僕は遠ざけたかったんだ。
でも、アイツはユハンと親しくなって僕を脅すようになった。魔力量が恐らく僕と同等のアルトには魅了は効かない。それをいいことに、もし僕が変なことをすればユハンに力のことをバラす、と。
それだけは絶対に避けたかった。力を使ってユハンへ誰も近づかせないようにしていることなど、絶対に知られたくはなかった。
だから必死に耐えて。
耐えて、耐えて、耐えるために────
僕は、ハインツを利用した。
彼には抱えている悪事があるから、その罪を償わせるのにちょうどいい。
僕はハインツに強い魅了をかけた。ユハンを嫌うように、憎むように。
そして、それは予想以上に功を奏して、ハインツはユハンから離れた。もちろん傷ついたユハンを見るのは僕も胸が痛んだけど、これで僕を頼って、彼には僕しかいないって思って欲しかった。
それ、なのに────
どうして……、
どうしてどうしてどうして……!!!
ユハンが、アルトのことを好きだと言ったとき。
ずっとずっと、欲しくてたまらなかったその言葉を僕じゃない他人に告げたとき。
怒りなのか、悲しみなのか、憎しみなのか、あるいはそれ全部なのか。
僕の視界は真っ赤に染まっていた。何も考えられなかった。
我を忘れるって、こういうことなんだろう。
もう、何もかもどうでもよくて。
子供の頃の、純粋に我が儘ばかりかざしていた自分が表に出てきて。
ずっと我慢してきた、ユハンのことが好きで好きでしょうがない僕の気持ちが溢れて止まらなくて。
したかったことをした。触りたかったから触った。
だから……、
だから────
きらいになるなんて、いわないでほしかった。
涙で前も見えない。
ユハンはあの時、どんな顔をして、そう言ったんだろう。
憎々しげに?
怒りを込めて?
僕のこと、もう顔も見たくないくらい、嫌いになった?
それなら……、もういい。
もういいよ。
もう僕に、生きる意味なんてない。
だってユハンが隣にいてくれない未来に、生きる価値なんて、ないんだから────
まるで、神様からの贈り物のような子だね────
そんな、僕への称賛。僕を褒め称える言葉達。
それらは、僕にとって日常の一部分でしかなかった。
僕を好きにならない人間なんていない。僕を愛さない人間なんていない。
幼いながらもそれは自明の理だと分かっていて、それが当たり前なのだと、当然のことなんだと信じて疑わなかった。
けれど───それが覆ったのはあの日。
母様の親友の息子だと言って紹介されたのは、眼鏡をかけた地味そうな男の子。それが、ユハン・イーグラントだった。
初めは少しの違和感でしかなかった。でも明確に変だと気づいたのは、ケーキの事件の時。
僕は別にイチゴのタルトなんてどうでも良かったけど、あえてその時は同じものを選んだ。当時の僕は、譲ってくれることに悦を覚えていたから。彼もきっと、喜んでそれを渡してくれると思った。
でも実際はそうじゃなかった。ユハンは強い眼差しで、僕の言葉に反論をした。
まさか僕の頼みを聞いてくれない人がこの世界にいただなんて。僕には信じられない気持ちでいっぱいだった。
それから僕は悔しくて、ユハンにまた来てほしいと言った。次は絶対に抵抗なんてさせない。僕の方が上だと、そう思わせるために。
彼への気持ちなんて、初めはそんな、プライドからくる対抗心のようなものしか感じていなかった。
だけどそれから数ヵ月が経って、僕はとんでもない事実を知ることになった。
家の書斎でいつも通り読書をしようと思ったら、ふと目に留まり、導かれるようにして僕はその本を取った。
タイトルはなし。表紙は薄汚れてボロボロで、パラパラと中を捲ってみれば、黄ばんだ紙に手書きの文字が羅列されている。恐らく、誰かの手記のようだ。
僕は気になって、その中身を読んだ。
……聖女の手記だった。
彼女の、懺悔がそこには記されていた。
────
私は過ちを犯してしまいました。
皆が私を聖女だと崇め、敬うのは間違いなのです。
私には、普通の人にはない力があります。
何をせずとも強制的に好意を抱かせ、瞳をじっと見つめるだけで、自分の思い通りに操ることのできるその力の名は────魅了。
私は元々、人から好かれやすい性質の人間だと思っておりました。
ですが、王宮を陥落させ、その地下に眠る古書でそれを知ったとき、それらは全て紛い物だと気づいたのです。共に戦ってきた仲間も、魅了によって私の意思に同調し、戦わなければと思い込まされただけ。
まるで、悪魔のような力だと思いました。私が、彼らを殺してしまったも同然なのです。
王も、決して私の言葉によって改心したわけではありません。私の持つ、この魅了という力が王を惑わしただけに過ぎないのですから。
しかし、いくら暴政を敷く王といえども、人の意思を勝手にねじ曲げるのは決してあってはならないこと。
そして、共に戦ってきた仲間達のことだって。
私は聖女と持て囃されるような、そんな綺麗な人間ではなく、悪魔の力を持った魔女でした。
誰にも言えず、ここに懺悔を記すことを、どうかお許しください。
ヴェラ・アイフォスター
────
衝撃だった。言葉も出なかった。
聖女が僕の先祖だとか、力を使って王を惑わせただとか、そんなことはどうでもよくて。
魅了という力の効果に、僕は覚えがあった。
初めて僕を見た人間は、まるで魂が抜けたかのように顔を呆けさせた。加えて顔をじっと見つめると、いとも容易く相手は僕のお願いを聞いてくれた。
当たり前だけど僕はそれを、純粋な好意からくるものだと、そう信じて疑ってこなかった。
でも、思い返せばそれは少し変だったのかもしれない。まるで、自分の意志がなくなったかのように、相手は意見をコロッと変えるんだ。
それに気づいてしまえば、信じられないほどの恐怖が僕を襲っていた。
皆は、僕を好きなんじゃない。魅了によって、思い込まされているだけ。
途端に全てが信じられなくなった。
母からもらう愛情も、父から向けられる笑顔も。
使用人たちから掛けられる、僕を褒める言葉も。
その、何もかもが。
心が壊れそうになった。誰の言葉も聞きたくなくなった。
でも────そんな僕を救ってくれたのが、ユハンだった。
唯一、僕の言うことに従ってくれなくて、いつも僕を真っ直ぐ見つめてくる男の子。
どうして魅了が効いていないのかは分からなかった。だけど、その存在は僕を酷く安心させた。
ユハンだけが、本当の僕を見て、本物の感情をくれたんだ。執着心を抱くには、十分すぎる理由だった。
だから、ユハンが僕の家に来てくれなくなった時は、すごくすごく焦った。
僕以外の友だちができたと聞いたときは、はらわたが煮えくりそうなくらい、怒りで脳が支配された。
一緒に学園へ行けないと分かったときは、寂しくて寂しくて、僕からユハンを離そうとするこの世の全てを恨んだ。
気づけばユハンは僕にとって、なくてはならない、他に替えがきかない、大切で大事な友だちへと変化していた。
それでも先に学園へ行ったのは、ある計画のためだった。
本当は無理やりにでもユハンを連れてくることはできたけど、そうしなかったのは彼から僕以外の人間を遠ざけるため。
あえて一年早く行って、周囲の人間にユハンを嫌うよう仕向けた。
僕はこのときほど、魅了の力をあやかったことはない。これなら例え、ユハンが他の友だちを欲しがっても、変わらず僕とだけ仲良くしてくれると思った。
そして、僕が学園から帰ってきたときのこと。
今までユハンに対して感じていた友情に変化があった。
久しぶりに会ったユハンから離れたくなくて、一緒のベッドで横になったあの時。
彼から僕を思い出せるようイメージしたペンを作ったと聞いて、まさかそんな風に想ってくれてたなんて知らなくて。いつの間にか僕の脳を支配していたのは、ユハンへの溢れ出そうなくらい愛おしいという感情。そして、気づけば彼の唇に、僕は自分のものを押し当てていた。
あの時は衝動的すぎて、自分でも驚いていたけど、すぐに分かった。僕がユハンに抱いているのは恋愛感情なんだって。自覚したのはこの時だったけど、多分ずっと、僕は彼に対してこの感情を抱えてた。
でもすぐにそれは無謀な想いだと理解した。ユハンが僕に抱いているのはただの友情だ。だからそんな彼にこの気持ちをぶつけてしまって、気持ち悪がられるのが怖かった。嫌われるのが酷く恐ろしかった。
だから僕は……その気持ちを隠すことにした。そして、恋人になれないなら彼の一番に在り続けようと思った。時々暴走する独占欲が言うことを聞かなくて、ユハンに無理を言ってしまう時はあったけど、友情の範囲をギリギリ越えないよう頑張ったつもりだった。
けれど、僕の気持ちはどんどんと膨らんでいくばかりで、抑えはきかなかった。
まずはハインツ。
あいつは魅了に絶対かかっているはずなのに、何故か僕の予想に反して、ユハンと親しくなった男。
でも、それはまだ許せた。何故ならハインツの父親は、イーグラント卿に詐欺をした張本人だから。
僕の力を使って裏事情に詳しい人間に調べさせれば、すぐに分かった。
ディーゼル家は裏では汚い商売や、悪事に手を染めている。まさかその父親からあの子供が育つのは意外だったけど、ハインツがいくらユハンと仲良くなったところで、この事実をユハンに言えばいつでも二人を引き離すことはできた。だからまだ我慢できた。
そして……アルト・ランヴォルグ。
いつの間にかユハンと知り合いになっていた男。
僕が魅了という、国をも支配できる力を手にしていることは、一年の時アルトに一目見られただけでバレた。そして、その繋がりで担任のタルテにまで。
今は魔導具で魔力を補っているようだけど、バレる前は先生も魅了にかかっていて動きやすかったのに。アイツらは僕の行動を監視するようになって、国王との対話の場まで設けられるようになった。とても面倒だったけど、流石にそれを断ることはできなくて、ユハンと接触したのも僕が国王に呼ばれた時なんだろう。
魔法への好奇心が人一倍強いアルトには、ユハンの存在を絶対に隠したかった。僕の魅了にも強い関心を示していたアイツが、それが効かない人間なんてものに出会したら絶対に興味を持つ。ユハンに何をされるか分からないから、僕は遠ざけたかったんだ。
でも、アイツはユハンと親しくなって僕を脅すようになった。魔力量が恐らく僕と同等のアルトには魅了は効かない。それをいいことに、もし僕が変なことをすればユハンに力のことをバラす、と。
それだけは絶対に避けたかった。力を使ってユハンへ誰も近づかせないようにしていることなど、絶対に知られたくはなかった。
だから必死に耐えて。
耐えて、耐えて、耐えるために────
僕は、ハインツを利用した。
彼には抱えている悪事があるから、その罪を償わせるのにちょうどいい。
僕はハインツに強い魅了をかけた。ユハンを嫌うように、憎むように。
そして、それは予想以上に功を奏して、ハインツはユハンから離れた。もちろん傷ついたユハンを見るのは僕も胸が痛んだけど、これで僕を頼って、彼には僕しかいないって思って欲しかった。
それ、なのに────
どうして……、
どうしてどうしてどうして……!!!
ユハンが、アルトのことを好きだと言ったとき。
ずっとずっと、欲しくてたまらなかったその言葉を僕じゃない他人に告げたとき。
怒りなのか、悲しみなのか、憎しみなのか、あるいはそれ全部なのか。
僕の視界は真っ赤に染まっていた。何も考えられなかった。
我を忘れるって、こういうことなんだろう。
もう、何もかもどうでもよくて。
子供の頃の、純粋に我が儘ばかりかざしていた自分が表に出てきて。
ずっと我慢してきた、ユハンのことが好きで好きでしょうがない僕の気持ちが溢れて止まらなくて。
したかったことをした。触りたかったから触った。
だから……、
だから────
きらいになるなんて、いわないでほしかった。
涙で前も見えない。
ユハンはあの時、どんな顔をして、そう言ったんだろう。
憎々しげに?
怒りを込めて?
僕のこと、もう顔も見たくないくらい、嫌いになった?
それなら……、もういい。
もういいよ。
もう僕に、生きる意味なんてない。
だってユハンが隣にいてくれない未来に、生きる価値なんて、ないんだから────
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