【完結】執着系幼馴染みが、大好きな彼を手に入れるために叶えたい6つの願い事。

髙槻 壬黎

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顛末③

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 連れてこられたのは、僕とミカイルの暮らす部屋だった。だから先程いた場所からそう遠くもなく、到着するのも早かった。

「カギは持ってるよな?」
「はい。いつも持ち歩くようにしてるので」
「……オレ、ここで待ってるから。何かあったら叫べよ」

 ハインツに会う前と同じ言葉。
 でもその表情は、さっきよりもずっと心配そうだ。

「分かりました。……それじゃあ、いってきます」

 僕も一言告げて、鍵を開ける。深呼吸をしたって意味がない。だって今にも心臓が口から飛び出てきそうな程、鼓動は爆音で鳴り響いているのだから。

***

 ドアの先は昼間だというのに、随分と薄暗かった。
 室内を明るく照らそうとしているのは、閉じたカーテンの隙間から漏れ出る日の光だけ。換気もしていないのか、籠った空気がどんよりと重たい。
 ミカイルの姿はパッと見ただけでは見当たらなくて、その代わりに僕のベッドがこんもりと膨れ上がっているのを視界に捉えることができた。
 僕は足音も立てず、そっと近くまで寄っていく。

「…………ミカイル。ここにいるんだろ」

 そして、静かに僕が呼び掛ければ、布団は勢いよくめくれ上がった。

「ユ……ハ………?」

 こぼれ落ちそうな程見開いた瞳。その下にあるのは、ミカイルには似つかわしい濃い隈。
 いつもの輝きはどこへやら、憔悴しきっているミカイルの姿がそこにはあった。
 
「はは……随分やつれてるな。せっかくの綺麗な顔が台無しじゃないか」

 僕はそっと、ミカイルの髪を整えようと手を伸ばす。が、それは途中で掴まれて、目的地に辿り着くことはできなかった。
 腕を引き寄せられる。ベッドに躓いた僕はダイブするようにミカイルへ飛び込む。きつくきつく抱きしめてくる彼の体は僅かに震えていて、何かを確認するかのように、僕の心臓辺りへ耳を押し当てていた。

「生きてる……」
「……勝手に殺すなよ。僕は生きてる。……それとも、僕を殺すためにハインツへ魅了をかけたのか?」

 冗談混じりに放った言葉だった。
 しかし、それを聞いたミカイルはビクリと体を強ばらせ、顔を上げる。浮かぶ表情は悲壮感に溢れ、背中に回ったミカイルの手が、僕の服を握り締めて離さなかった。

「そんなわけないッ! あれは……、! っ、あれは……僕も誤算だったんだ……。まさかハインツがユハにあんなことするなんて、分かってたら絶対しなかったのに……!」
「じゃあどうしてハインツにあんなことしたんだ」
「っ!」

 息を飲んだミカイルが怯えたように僕を見ている。よほど言いづらいことらしい。
 でも僕も、聞くのが本当は怖かった。ハインツを操って、結果的に僕を殺そうとすることになったその理由が。
 僕は果たして、許すことができるだろうか。ハインツは結果的に無事だったから良かったけど、生半可な理由であれば、ミカイルと元の関係に戻れるかさえ怪しかった。

「ちゃんと……教えてくれ。じゃないと、殺されかけた僕も納得できないだろ」
「………す……だから」
「え?」
「……す、すき……だから」

 口を閉ざすのを諦めたミカイルは、震えるほど微かな声で伝えてきた。それもまるで、ずっと閉じ込めていた想いを告げるかのような、そんな痺れるほどの重たさを伴って。

「好き……ってなにを?」
「ユハンのことが……好き」
「…………僕?」
「……大好き。ずっと……好きだった。独り占めしたくて、僕以外を見てほしくなくて。友達のままじゃ本当は嫌で。僕を置いていこうとするユハを見ていたくなくて、ハインツを……利用した」

 ごめんなさい……と静かにミカイルは謝った。もう涙は枯れたかと思ったのに、その瞳からは一筋の雫が垂れている。

「……一応、聞くけど…。友達じゃ嫌って……」
「…………本当は、恋人になりたい。ユハと付き合って、キスもしたいし、それ以上のことだって……」

 涙を流したまま、目元を朱色に染めるミカイル。
 しかし、僕は完全に思考を停止していた。
 だって、普通恋愛というのは異性とするものだ。ミカイルは男で、僕も男。こんなのはあり得ない。あり得ないのに、今までのミカイルの行動を思い返すと辻褄が合ってしまう。

 ────幼い頃、ミカイル以外の友達ができたと言ったら、物凄く怒られたこと。
 二人でずっと一緒にいようと、約束したこと。
 長期休暇で帰ってきたミカイルから、キスをされたこと。
 ハインツやアルト先輩と親しくすることに、目くじらを立てていたこと。
 愛の花言葉が含まれたスイズレクナを、僕の誕生日でもらったこと。

 気づくきっかけはいくつもあった。
 でも、僕は見て見ぬふりをしていた。そうだと分かったら、これまでの関係が終わってしまいそうで。僕自身の何かが変わってしまいそうで、怖かったんだ。
 まさかそれが、ミカイルを苦しめて、今回の事件のきっかけになってしまうとは思いもせずに。
 僕はその気持ちから、深く考えることを諦めて、ただ逃げていただけだった。
 
「……気持ち悪いでしょ? ずっと一緒にいた友達からこんなこと言われて。でもお願い。僕のこと、嫌いにならないで……。僕もずっと辛かった、苦しかったんだよ。だからお願い。好きになってほしいなんて、言わないから……」
「……ぼ、僕は……嫌いになんて、ならない。それは、絶対に。……でも僕も…悪かった。ミカイルのその気持ちに気づこうとしないで傷つけた。向き合うのが怖かった。だから……ミカイルを追い詰めてしまったのは実質僕なんだ。僕のせいで、今回の事件は……」
「それは違う。ユハは悪くない。そもそも、僕がユハを好きにならなければこんなことは……」
「それも違うだろ! そんなのは本末転倒すぎる」
「でも……」

 お互いに黙り合う。

 でも僕には分かっていた。
 誰が悪いだとかはもうきっと関係ない。今回の件はミカイルが発端ではあったけど、そうさせてしまったのは僕にも原因があるし、アルト先輩が謝ってくれたことも無関係ではなかったんだ。いろんなきっかけが重なって、結果こうなった。

 同性を好きになるって、どんな気分だったんだろう。誰にも相談できないのに、気持ちだけがあるって、すごく辛いことなんじゃないか?
 僕は今までのうのうと生きてきたけど、その間ずっとミカイルが苦しんでいたと思うと、心臓がぎゅっと締め付けられるような感じがした。
 応えられるか分からない。同じ想いを持てるか分からない。
 でも、このまま何もしないでミカイルの傍にいるのも絶対違う。僕は二度とこんな事件を起こさないためにも、逃げてばかりじゃいられなかった。
 
「……ミカイル」
「…………なに?」
「僕は……恋愛経験がないから、いまいちその、好きっていう感情も分からない。でも、僕ももう逃げないって決めた。……だから提案なんだけどさ、これから二人で一緒に、どうするか考えていかないか」
「っど、どういうこと……? 僕と、付き合ってくれるってこと……?」
「そこまでは言ってない……!! ただ……ただ、ミカイルのその気持ちを蔑ろにはしたくない。受け入れられるかは分からないけど、その……前向きに、考えたいと思ってる」

 勇気を出して伝えた。
 思えば僕はミカイルからキスをされた時も、体を触られた時も、不快ではなかったのだ。経験のなさからくる恐怖はあっても、決して気持ち悪いだとか、嫌だとかは思わなかった。
 はたして、その嫌悪感の無さが好意からくるものなのかは分からない。
 だけどもしかしたら、それがミカイルと同じ気持ちに変わる時だってあるかもしれない。未来はいつだって、誰にも分からないものだから。
 だから……僕は真剣に向き合っていきたいと、そう思ったのだった。
 
「あ……ど、どうしよう……」
「え……?」

 そう呟き、困ったように眉を下げたミカイルは、まるで何かを我慢しているかのようだ。頬は今だかつてない程赤く染め上げており、手は僕の服を強く握り締めている。

「……? ど、どうし────」

 あまりにも様子がおかしかったから、僕は声をかけようとした。が、その言葉が最後まで紡がれることはなくて。
 ミカイルは僕の顔を両手で包み込むと、勢いよく彼のもとへと引き寄せられた。

「っん……ぅ!」
「ん……っは、…ユハ……んっ、好き、好き……」

 柔らかくて、熱い。ひたすら注がれるそれは、止まることを知らなかった。 
 熱で浮かれた瞳が、僕を捕らえて離さない。 

「まっ……んっ、まて……っ!」

 必死に上げた声もミカイルには届いていないようで、為すすべなく僕はベッドへ押し倒された。その頭上を、依然として意思の通じないミカイルが覆い被さってくる。

「ユハ……ふっ、ん……大好き……僕を、好きになって……」
「ぁ、どこ…さわ、ってぇ……!」

 気づけば服の中にミカイルの手が入り込んでいた。一度触れられたことのある場所が、あの時の感覚を覚えているせいで殊更に反応してしまう。
 でもやっぱり嫌な感じはなくて、僕は強く抵抗することもできなかった。
 
「ん゙…ッッ!! ぁ……はッ、」
「ユハ……かわいい。大好き。もっと、もっと……」

 僕が快感に飲み込まれそうになって、ミカイルの手がつうーっと下へ降りていったその時────

「は、な、れ、ろーーー!!!!」

 ドンッ!と大きな音がして、ミカイルが壁に叩きつけられているのが見えた。
 流されかけていた僕もハッとして起きあがる。
 ベッドの脇には肩で息をしたアルト先輩がいて、ミカイルから救いだされるかのように僕は彼の元へ抱き寄せられていた。

「ユハッ、もう二度とあのケダモノに近づくな……!!」 
「えっ……ええ?」
「………おい…はなれろよ」

 どす黒い声がミカイルの方から聞こえる。ゆらりと起き上がったその顔は目が据わっていて、正気でないことだけは窺い知れた。

「もうお前には返さねえ!!」
「クソッ、離せッ!」

 ああもう何がなんだか分からない。二人に挟まれ引っ張られている僕は何なんだ。

 でも、不思議と笑みがこぼれた。
 こういう日常が、なんだかかけがえのない物に思えて。
 
 学園に来て嬉しいことも楽しいことも、時には辛いことだってたくさんあった。
 けれど、その一つ一つの積み重ねで、今がある。 
 全部、全部。大切な思い出だ。

 急に笑い出した僕を、ミカイルとアルト先輩が驚いて見ている。さっきまで喧嘩をしていたのに、その表情すら面白い。
 僕は二人から心配されて止められるまで、ひたすら緩む口角が止められなくて、ずっと笑い声を上げていたのだった。
 
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