【完結】執着系幼馴染みが、大好きな彼を手に入れるために叶えたい6つの願い事。

髙槻 壬黎

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顛末②

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 翌日。
 僕の目が覚めるのを待っていたかのように、ハインツも起きたという知らせをアルト先輩から受けた。
 どうやら体調等に異常はなく、すこぶる元気らしい。それに僕は安堵するも、一つだけ問題があると先輩が言いにくそうに告げた。

「何ですか? 問題……って」 
「それがさあ、ここ数日……いや、一ヶ月くらいの記憶が丸々ないみてえなんだよな」
「えっ……、そ、それって祝祭周辺の記憶がないってことですか!?」
「そうそう。多分天使クンに魅了かけられたくらいからの記憶がスポーンッて抜けたんじゃねえかな。それか自分の仕出かしたことに恐怖を感じて、忘れるために記憶から消したか。まあでも覚えてねえ方が良いこともあるし、オレは良かったと思うね」
「確かに……ハインツのことだから、絶対に自分を責めると思います。でも、すごく祝祭を楽しみにしてたから、その思い出がなくなるのはちょっと切ないですね」
「それはもう仕方ねえ。また来年思い出作ったらいいじゃん」
「はい……」

 どこか寂しい気持ちを抱きつつ、返事をする。
 でも記憶がないなら、変に罪の意識を抱えることもないだろう。僕にとっての一番は、ハインツとまた仲の良い友達に戻ることだから、彼が以前のまま戻ってきてくれるなら万々歳だった。

***

 アルト先輩に連れられて、ハインツの部屋向かう。あの日以来の訪問だ。やっぱり少し、緊張する。

「とりあえず気をつけることは、失くなった記憶に繋がるような発言をしねえこと。それと、頭を強く打って記憶が飛んだってオジサンから伝えたらしいから、ユハもそのつもりで」
「はい、分かりました」
「じゃあオレは扉の前で待っとくから、なんかあったら叫べよ」

 そんなことは絶対にもうないと思うが、念には念を、ということだろう。
 しかし、思ったより恐怖は簡単に取れないものらしい。震える足を叱咤して、扉の前で二回、三回。深呼吸をする。
 そして心強い先輩に背中を押されて、僕は部屋の扉を開けた。 


「あ……! ユハン君!」

 ベッドで上半身を起こして、僕に笑いかけるハインツがいる。久しぶりの彼の純粋な笑顔に、たまらず目頭が熱くなった。

「……お見舞いに来たんだ。体調とかは大丈夫そうか?」
「ありがとう…! 体は全く問題ないよ。ただ、記憶の方がちょっと……」
「ああ。僕も聞いた。祝祭らへんの記憶がないんだってな」
「うん……。せっかく実行委員にもなったのに、忘れちゃうなんて。ユハン君が考えた企画のパーティー、ボクも見たかったなあ…」
「皆喜んでくれてたよ。もちろんハインツも。パーティーは大成功だった」
「そっか……! それなら良かった」

 記憶が失くなったことに残念がりながらも、企画が成功したことを純粋に喜んでくれるハインツ。 
 本当に、いつも通りだ。以前と変わらないハインツが戻ってきていた。 
 僕は出そうになる涙を堪えながら、ベッド横の椅子に座った。

「そういえば、ユハン君が僕の部屋に来るのって初めてだよね。せっかくなら、もうちょっと綺麗にしておけばよかったな……」
「何言ってるんだ。ハインツの部屋、十分綺麗に整頓されてるじゃないか」
「え……そうかな?」
「まあ……一つだけ気になるのは、聖女様関連の本がいっぱいあることだけど……」
「あはは……そういえばいつも誰かが来たときは隠してるんだった。改めて見られると恥ずかしいなあ」
「でも、本当に憧れてるんだな」
「うん」

 静かにハインツは微笑む。長らく眠っていたからか血色はあまり良くないが、それでも脳以外に異常はなさそうだ。

「あのね……ボク、お父さんのことが嫌いなんだ」

 そして、唐突にハインツは言った。ポツリとこぼしたそれは、彼にしては珍しく暗い声色をしている。

「ユハン君になら話してもいいかな……。ボクのお父さん、自分の地位を守るためならどんなことでもやる人でね。詳しくは言えないけど……多分あんまり良くないこともしてるんじゃないかなって思ってる。ボクはそれを幼い頃に知ったんだけど、当時のボクにはすごく恐ろしく見えて……。ああ、ボクも大きくなったらこんな風になるのかなってね。それで、その時偶然知った聖女様っていう存在に傾倒し続けてるんだ」
「……そうだったんだな」

 僕はハインツにそんな、暗い背景があったとは全く知らなかった。が、秘密を教えてくれたことに心がジンと震える。それだけハインツにとって、僕は大切な存在になれてるってことだ。
 改めて僕は、あの時のハインツの行動が本心からくるものではなかったのだと実感していた。

「……だから、聖女様に似ているミカイル君にも憧れを感じてて……って、これはこの間話したんだったかな……?」
「ああ。聞いたよ。それで僕とも仲良くしてくれたんだよな」
「うっ……きっかけは確かにそうだけど……。でも、そのおかげでユハン君のことたくさん知れたし、今は大切な友達だと思ってるよ」

 照れくさそうにハインツは微笑む。僕も、その言葉が嬉しくて、そっと唇を緩めた。

「あのさ、僕に何が出来るかは分からないけど、これから相談に乗ることくらいはできるから。だからまた頼ってくれよ」
「うん……! その言葉だけで心強いよ」

 ハインツは力強く頷いた。しかし、次の瞬間、彼は口に手を当て欠伸を噛み殺す。
 眠りからは覚めたけど、ハインツの脳はまだ回復しきれていないのかもしれない。

「ごめんね……こんなに寝てたのにまだ眠たくて……」
「いや、ゆっくり休んでくれ。僕も顔を見に来ただけだからさ。今日はもう帰るよ」
「うん。また学校でね、ユハン君」
「ああ」

 ニコニコと笑うハインツに手を振って、僕は部屋を出る。
 入った時とは全然違う、晴れやかな気持ちで胸が満たされていた。

「あ、帰ってきた。どうだった?」
「元気そうでした。それに、おかしくなる前のハインツに戻ってました。僕……すごく嬉しくて」
「ふ~ん。それはよかったね」
「はい」

 てっきりアルト先輩も喜んでくれるかと思ったのに、何故か口を尖らせた先輩は、そのまま廊下を歩いていってしまう。
 僕は何か気に障ることでも言ってしまったのだろうか。でもそれにしては、何も思い当たらない。
 そのまま背を向けた先輩を、僕は慌てて追いかけた。

「先輩! 待ってくださいよ!」
「オレさあ……今回のこと、本当に反省した。もしかしたらいつかは爆発してそうなってたかもしんねえけど、引き金を引いたのはオレだと思ってるんだ」
「……突然どうしたんですか? 昨日も言ってましたけど、全然アルト先輩のせいじゃないですよ」
「んー……いや、オジサンからはすげえ注意されてたんだよ。でも何かあってもオレがどうにかできると思ってた。過信しすぎてたんだ」
「……その、僕はまだミカイルの思惑を聞いてないのでなんとも言えないですが……。あんまり、自分を責めないでください。だって僕は無事だったんですから」
「……はあー、ユハって意外と人たらしだよな」
「はい?」
「なんか、天使クンがヤキモキすんのもすげえ分かる」

 突然また何の話なんだ。
 深くため息をついたアルト先輩が不貞腐れた表情を浮かべている。脈絡のないそれに思わず立ち止まれば、先輩は急に僕の腰を引き寄せた。
 今は授業中だから寮の廊下には誰もいない。先輩の息づかいと、僕の心臓の音だけが耳の中でこだましていた。

「オレ……ユハが気絶した状態で運ばれてきた時、すげえ動揺したんだ。何かしなくちゃいけねえことは頭で理解してたのに、足が動かなかった……いや、動けなかった。オジサンに怒鳴られてハッとしたけど、オレあんなの初めてで。ユハを失うかもしれねえ現実に、あんな怖くなるとは思いもしてなかったんだ」
  
 伏せていたアルト先輩の瞳と視線が合う。
 吸い込まれそうなほど、深い深い真紅の瞳。初めてあった時は宝石のような無機質さを感じたのに、今では底の見えない海のような深さを感じる。

「なあ、ユハは天使クンのことどう思ってんの?」
「どう……って……。友達、だと…思ってます」
「じゃあこの赤いのなに?」

 そう言って、アルト先輩は僕の首元のある一部分をぐいっと押し上げた。忘れもしないそこは、あの日ミカイルに口づけられた場所だった。

「な、何かついてるんですか……!?」
「……これ天使クンにヤられた?」
「っ! なんで知って……!」
「へえー。本当にそうなんだ」

 ムカつく、オレだって────
 アルト先輩は、小さく何かを呟いた。そして、ひたすらその部分を消そうとするかのように親指でグイグイと押している。が、力が強すぎだ。

「ちょっと……! 痛いですよ!」
「……ユハもユハだよな。あんだけソクバクされても離れねえなんてさ。だから天使クンも期待して、諦めきれねえんだ」
「……? なんの話ですか?」
「んー、鈍感すぎんのも、罪だなって話」
「ええ……?」

 鈍感が、罪……? それって、僕のことを言ってるのか……?
 しかし、具体的なことを言ってくれないアルト先輩は、ようやく僕の首から手を離すと先を行ってしまう。
 僕はまたしても追いかける形になって、慌てて先輩へ声をかけた。

「……っあの……! 僕は、ミカイルにはいつ会えるんでしょうか……?」
「……ユハがいいならいつでも?」
「じゃあ会いたいです。会って、話をしないと」
「分かった。じゃあ行こ」
「えっ!? ……い、今からですか!?」

 戻ってきた先輩に腕を引っ張られる。
 僕は確かに会いたいとは言ったが、心の準備が出来たとは言っていないんだ。早くても数時間後か、明日とかになると思ったのに。

「善はイソゲ────これが、オレのモットーだから!」

 そう言った先輩は、全然止まる気配がなかった。
 でも、そのセリフはなんだか懐かしい。初めて先輩と会った時も、こうやって無理矢理連れ去られそうになったんだった。
 クスリと、無意識に笑みが溢れる。そうすれば、いつの間にか感じていた体の強ばりも無くなっていて。僕は覚悟を決めながら、先輩と共にミカイルがいる場所へと歩みを進めたのだった。
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