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温度差がある話し合い
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自分の邸へと到着したダスター男爵は重い足取りで馬車を降りた。
(妻と息子にもこのことを話さねばならないか……)
ダスター男爵の妻も息子も“フレン伯爵の愛人になる”と夢ばかり追いかけて現実を見ないアリーに愛想をつかしていた。勿論無責任に娘の恋を応援する男爵にも。
貴族の令嬢は基本的には結婚しないと生活していけない。
平民の女性ならば自由に職を選ぶことが可能なので自活できるのだが、働くことを推奨されていない貴族の女性は生きる為に嫁ぐ必要がある。
たいていが十代の頃から結婚相手を父親が見繕うものなのだが、アリーはレイモンド以外と一緒になる気はないと縁談を断り続けていた。母はそんなアリーを叱り、貴婦人たるもの政略結婚は義務だと説いたのだが娘に甘い男爵は「いいじゃないか」と応援する始末。結婚適齢期を過ぎてもそんな状況を続ける夫と娘に母は愛想をつかした。
嫡男である息子にいたっては姉であるアリーを蛇蝎の如く嫌っている。
というのも弟が先に結婚するのは気に入らないとばかりに婚約者の令嬢に難癖をつけて破談にさせてしまうからだ。いくら弟が婚約者を守ろうとしても「あんな姉がいるんじゃちょっと……」と令嬢側からお断りされてしまう。こんなことが何度も続けば怒らない方がおかしいというものだ。
「旦那様、お帰りなさいませ」
主人を迎えるのはダスター家の執事とメイド。以前は妻も出迎えてくれていたのだが、娘の件で愛想をつかされてからはそれも無くなってしまっていた。
妻と息子を執務室に呼ぶよう告げ、アリーの様子を聞くと執事は「相変わらずでございます」と首を振る。
フレン伯爵邸で抑え込まれた挙句に牢へと放り込まれたアリーはあれからずっと部屋に籠り続けている。礼儀知らずとはいえ曲がりなりにも荒事とは無縁の貴族令嬢にとって相当ショックな出来事だったようだ。
「食事を届けたメイドが言うにはずっと臥せっていらっしゃるようでして……。よほど辛い目に遭われたのでしょうね、お可哀そうに……」
執事が労し気に告げた娘の様子に男爵は胸を痛めた。
そんな状態の娘に嫁入りという名の強制労働を告げるのは酷なのではないかと。
(やはり当家の資産から分割で支払うよう頼もう。娘の為だ。妻も息子もきっと分かってくれるだろう……)
そんな甘い考えを抱きつつ男爵は執務室で妻と息子が来るのを待った。
*
「それだけで済ませてくださるなんて、フレン伯爵夫人はなんと慈悲深い御方なのでしょう。すぐにでもその申し出をお受けすると返事をなさってください」
「母上の言う通りです。ご自分の夫にまとわりつく蠅に温情をかけてくださるとは実にお優しい御方でいらっしゃいます。数日お待たせするなどとんでもない。すぐにでもお返事をなさるべきだ」
男爵が詳細を話すと最初は侮蔑の表情を浮かべていた妻と息子はシスティーナからの提案を聞いた途端に満面の笑みを浮かべた。妻子の予想外の反応に男爵は唖然とし、二人に顔を向ける。聞き間違いでなければ今、息子は実の姉を”蠅”呼ばわりした。
「お、お前達……正気か? こんなの嫁入りではなく奴隷ではないか。家族をそんな目に遭わせるなど非情な……」
男爵の訴えに二人はスッと表情を消し、ひどく冷めた声音で返す。
「正気? それは貴方の方でしょう? 犯罪に手を染めた娘を庇ってどうします。こんなことが外部に漏れたら我が家は終わりですよ?」
「そうですよ父上、本来ならば我等全員の命で贖うべき大罪をあの女一人の犠牲で済ませてくださることがどれだけ有難いか分かりませんか? むしろその場でお受けするべきです。返事をお待たせするなど言語道断ですよ?」
二人から詰められ男爵は言葉を失くす。
アリーが酷い目に遭っても一向に構わない、といった妻子の態度が信じられなかった。
息子に至っては今度は実の姉を“あの女”呼ばわり。まさかそこまで嫌っていたとは……。
(妻と息子にもこのことを話さねばならないか……)
ダスター男爵の妻も息子も“フレン伯爵の愛人になる”と夢ばかり追いかけて現実を見ないアリーに愛想をつかしていた。勿論無責任に娘の恋を応援する男爵にも。
貴族の令嬢は基本的には結婚しないと生活していけない。
平民の女性ならば自由に職を選ぶことが可能なので自活できるのだが、働くことを推奨されていない貴族の女性は生きる為に嫁ぐ必要がある。
たいていが十代の頃から結婚相手を父親が見繕うものなのだが、アリーはレイモンド以外と一緒になる気はないと縁談を断り続けていた。母はそんなアリーを叱り、貴婦人たるもの政略結婚は義務だと説いたのだが娘に甘い男爵は「いいじゃないか」と応援する始末。結婚適齢期を過ぎてもそんな状況を続ける夫と娘に母は愛想をつかした。
嫡男である息子にいたっては姉であるアリーを蛇蝎の如く嫌っている。
というのも弟が先に結婚するのは気に入らないとばかりに婚約者の令嬢に難癖をつけて破談にさせてしまうからだ。いくら弟が婚約者を守ろうとしても「あんな姉がいるんじゃちょっと……」と令嬢側からお断りされてしまう。こんなことが何度も続けば怒らない方がおかしいというものだ。
「旦那様、お帰りなさいませ」
主人を迎えるのはダスター家の執事とメイド。以前は妻も出迎えてくれていたのだが、娘の件で愛想をつかされてからはそれも無くなってしまっていた。
妻と息子を執務室に呼ぶよう告げ、アリーの様子を聞くと執事は「相変わらずでございます」と首を振る。
フレン伯爵邸で抑え込まれた挙句に牢へと放り込まれたアリーはあれからずっと部屋に籠り続けている。礼儀知らずとはいえ曲がりなりにも荒事とは無縁の貴族令嬢にとって相当ショックな出来事だったようだ。
「食事を届けたメイドが言うにはずっと臥せっていらっしゃるようでして……。よほど辛い目に遭われたのでしょうね、お可哀そうに……」
執事が労し気に告げた娘の様子に男爵は胸を痛めた。
そんな状態の娘に嫁入りという名の強制労働を告げるのは酷なのではないかと。
(やはり当家の資産から分割で支払うよう頼もう。娘の為だ。妻も息子もきっと分かってくれるだろう……)
そんな甘い考えを抱きつつ男爵は執務室で妻と息子が来るのを待った。
*
「それだけで済ませてくださるなんて、フレン伯爵夫人はなんと慈悲深い御方なのでしょう。すぐにでもその申し出をお受けすると返事をなさってください」
「母上の言う通りです。ご自分の夫にまとわりつく蠅に温情をかけてくださるとは実にお優しい御方でいらっしゃいます。数日お待たせするなどとんでもない。すぐにでもお返事をなさるべきだ」
男爵が詳細を話すと最初は侮蔑の表情を浮かべていた妻と息子はシスティーナからの提案を聞いた途端に満面の笑みを浮かべた。妻子の予想外の反応に男爵は唖然とし、二人に顔を向ける。聞き間違いでなければ今、息子は実の姉を”蠅”呼ばわりした。
「お、お前達……正気か? こんなの嫁入りではなく奴隷ではないか。家族をそんな目に遭わせるなど非情な……」
男爵の訴えに二人はスッと表情を消し、ひどく冷めた声音で返す。
「正気? それは貴方の方でしょう? 犯罪に手を染めた娘を庇ってどうします。こんなことが外部に漏れたら我が家は終わりですよ?」
「そうですよ父上、本来ならば我等全員の命で贖うべき大罪をあの女一人の犠牲で済ませてくださることがどれだけ有難いか分かりませんか? むしろその場でお受けするべきです。返事をお待たせするなど言語道断ですよ?」
二人から詰められ男爵は言葉を失くす。
アリーが酷い目に遭っても一向に構わない、といった妻子の態度が信じられなかった。
息子に至っては今度は実の姉を“あの女”呼ばわり。まさかそこまで嫌っていたとは……。
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