初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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オニキス子爵夫人の胸によぎる一抹の不安

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 オニキス子爵夫人とその娘キャサリンは一台の馬車に揺られながらガーネット侯爵邸へと向かっていた。

「お母様……これで、やっとわたくし、エリオット様の妻になれますのね。嬉しい……この日をどれほど夢見てきたことか……」

「え、ええ……そうね」

 うっとりと喜びに浸るキャサリンとは対照的に、その母の表情にはどこか陰りがあった。
 昨日、ガーネット公爵がオニキス邸を訪れ、キャサリンの侯爵夫人としての教育を現侯爵夫人が行うため、明日侯爵邸へ行くようにと告げられたのだ。
 話が急すぎて頭がついていかない。それでも公爵の「異論は許さぬ」とでも言いたげな威圧に抵抗することはできず、首を縦に振るしかなかった。

 ───侯爵夫人って……あの、怖い女のことよね。なんで、あの女がキャサリンの教育を……。

 現侯爵夫人であるセシリアと初めて対峙した時の記憶が蘇り、オニキス子爵夫人は思わず足がすくんだ。
 いかにもか弱げな外見でありながら、行動はまるでどこかの破落戸を思わせるほどに野蛮だった。
 ボウガンを傍らに置いたまま優雅に話す若い貴婦人の姿を思い出すだけで身震いする。

「お母様? どうなさいましたか?」

 顔を上げようとしない母に、キャサリンが首をかしげながら問いかけた。

「……キャサリン、侯爵夫人には絶対に逆らっては駄目よ。何をされるか分からないわ……」

 冷静に考えてみれば、愛人が本妻から侯爵夫人としての作法を学ぶなど実におかしな話である。
 普通は……というか、そんな提案が出ること自体あり得ない。
 あの侯爵夫人が夫との離婚を望んでおり、そのためにキャサリンの行動を後押ししたという事実も承知している。
 だが、それを踏まえたうえでもこんな提案をしてくることはおかしい。いくらそれを望んでいたとはいえ、夫を奪った相手に彼女がそこまでする必要性はないはずだ。 

 もしや教育と称してキャサリンを虐げる気では……と考えると不安で仕方ない。

「やだ、大丈夫よお母様。何かあっったらエリオットが助けてくれるわ!」

 好いた相手をまるで頼れる王子のように話す娘に一抹の不安がよぎる。
 娘が惚れ込んだ相手であり、侯爵でもあるということで目をつぶってきたものの、どうにもエリオットは頼りなく思えてならなかった。
 たとえ娘があの野蛮な女に傷つけられたとしても、あの頼りない男は見て見ぬふりをするのではないか。
 そんな疑念が頭から離れなかった。

 今更……そう、本当に今更ながら、娘をあの男に嫁がせるのは間違いなのではないか、そう思えてならない。
 親である自分から見ても、キャサリンは精神的に脆い。困難に直面しても、自分ひとりで乗り越えられる子ではない。だから、伴侶には妻をしっかり守れる、頼りがいのある殿方がふさわしいのではないか。

 悶々と思いを巡らせているうちに、馬車は目的地へと到着していた。
 ガーネット侯爵邸の煌びやかな門が窓越しに目に入ると、オニキス子爵夫人の胸に言いようのない動悸が走る。
 それはただの門のはずなのに、彼女の目にはまるで地獄への門扉のように映った。

 出迎えに現れた執事と従僕の姿が地獄の使者のようにすら見えてきた。
 青白い顔で馬車を降り、案内されたまま邸内へと進む。
 広間の扉が執事の手によって重々しく開かれると、そこにはまるで彫像のように微動だにしない一人の女性がいた。

「ご機嫌よう、オニキス子爵夫人、キャサリン嬢。――ガーネット侯爵邸へようこそ」

 侯爵夫人、セシリア・ガーネット。
 豪奢な邸の女主人にふさわしい風格を備えたその少女は、圧倒的な威厳を漂わせ、女王のように静かに佇んでいた。
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