初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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無駄な反抗心

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「もう嫌ッ!! こんなのいつまで続けるつもりよ!?」

 セシリアによる淑女教育が始まって数日、とうとうキャサリンの我慢が限界に達した。

「毎日毎日、笑い方がどうとか、言葉の選び方がどうとか、お辞儀の角度がどうとか……! そんなのばっかり! ちょっと違うだけで、全部“間違い”って言われて! そんなの、もう、うんざりなのよ!!」

 言葉が喉の奥からあふれ出す。声は震え、涙もこぼれた。だが、日々溜まりゆく鬱憤は限界に達し、もう止まらなかった。

「努力してるのに! 頑張ってるのに! 皆みたいになれないからって、私だけが“できてない”って顔して……そんなに私、失敗してる!? そんなにおかしいの!? 私の何が、そんなに駄目なのよ!!」

 息が切れるほど叫ぶキャサリンをセシリアはただじっと見つめていた。
 いつもの整った表情のまま、何も言わず、何も動かず。

 その沈黙がキャサリンの癇に障り、瞳から大粒の涙を溢れさせた。

「仕草に品がないだとか、声が通らないとか、もっと侯爵夫人の器足りえるようになれって……もう嫌! もう無理……」

 最後の言葉は涙にかき消された。キャサリンは唇を噛み締め、悔しそうにうつむき押し黙る。
 しばしの沈黙の後、セシリアは背後のメイドにそっと何かを命じた。 

「オニキス子爵令嬢、失礼いたします」

 おもむろにキャサリンの前に立ったメイドは、手を振りかぶって頬を打った。
 パンッ、と頬を打つ音が響き、部屋が一瞬静寂に包まれる。

「………………は?」

 一瞬、何が起きたのか分からず、キャサリンはポカンと口を開けたまま、目を見開いて固まった。
 遅れてやってきた頬の痛みに、キャサリンはようやく自分が目の前のメイドに叩かれたのだと理解した。

「は……はあああッ!? ちょっと! 何すんのよ!?」

「何って……メイドに命じて貴女の頬を打っただけですけど?」

「だけ? 何をふざけたことを言ってんのよ!? 暴力を振るうなんて信じられない!」

「あら、だって私が直接手出ししてしまうと貴女の可愛らしいお顔が歪んでしまいますもの。私、人より力が強いもので……」

 困ったように自分の頬へ手を添えるセシリアの仕草を見てキャサリンは思わずゾッとした。
 メイドに命じたとはいえ、人に暴力を振るっておいて動揺ひとつ見せない。
 悠然と立つその姿を前に、キャサリンは改めて悟った――この女は、まともではないと。

「それと、どうして頬を打ったかの質問の答えですが……」

 恐ろしいほど冷たい目でキャサリンをちらりと見たセシリアは、そのままゆっくりと話を続けた。

「貴女からを削ぐためです。厳しい指導に弱音を吐く気持ちは分かりますが、はっきり言ってそんなことに時間を割いている暇はないのですよ。残り三か月ほどで貴女には侯爵夫人として相応しい教養と知識を全て習得してもらわねばなりません。本来でしたら寝る間も惜しんで学んでいただきたいくらいです。ですが、それですと体調を崩しかねないので睡眠時間はしっかり確保しているのですよ? でしたら起きている時間はをたたかず真面目に教育を受けていただきたいわ」

 セシリアの氷のように冷えきった表情に、キャサリンは恐怖に凍りつき声ひとつ発せなかった。
 躾には暴力が効く、とでも言わんばかりの態度がとんでもなく恐ろしい。頬の痛みも重なり、キャサリンの体は完全にすくんでしまった。

「よろしいですね。それでは、レッスンを続けましょう」

 何事もなかったかのように指導を再開させようとするセシリアに、恐怖で固まっていたキャサリンは反射的に言い返した。

「む……無理! 私には無理! 出来ない! 出来ないのよッ……!!」

 それは、心の奥底からあふれ出た魂の叫びだった。
 甘やかされて育ったキャサリンにとって、セシリアの施す高位貴族の夫人教育はとても習得できるような代物ではない。数日間学んだだけで、キャサリンの心は折れた。これ以上続けることなど、自分には到底できない――そう、心の底から思ったのだ。

「出来ない、ではありません。出来るようになさい。エリオット様のことが好きなのでしょう? 妻の私から寝盗るほどに。だったら頑張れるはずでしょう?」

 蔑むような口調から彼女が怒っているのだと察し、キャサリンは気まずそうに目を逸らした。

「な、なによ……怒っているの? 仕方ないじゃない、エリオットは私を選んだのだから……」

「? 別にエリオット様が私よりも貴女を選んだことに怒っているのではありません。最初から貴女が余計なことを言わず彼と結婚していれば、私がこんな茶番のような結婚をせずにすんだのですよ。無駄に私を巻き込んだことに怒っています」

「え……余計なこと? 私が? 何のこと……?」

「あら、お義母様が邸にいるのが嫌だと騒いだせいで婚約が無くなったと聞きましたけど?」

「……ッ!? なんであなたがそれを……」

「誰に聞いたかは置いておくとして、貴女が余計なことさえ言わなければ私がエリオット様の妻になることも無かったし、何度も嫌な思いをせずに済んだのですよ。貴女だってそのまま結婚していれば、辛い教育を受けずに済んだ。つまりはご自分が招いた結果なのですから、無駄口叩かず、少しでも早く習得できるよう努力なさってください」

「それは……だって、仕方ないじゃない! 父親の後妻っていうからオバサンだと思っていたのに……あんな若くて綺麗な人だなんてッ!!」

「お義母様が若くて綺麗だからエリオット様が取られそうで怖かったらしいですね。だから遠ざけたかったと。そう思う気持ちは分からなくもないですが……そこで子供の癇癪のようにただ我儘をぶつけるのは感心しませんね。自分の願望を叶えたいのなら、もっと頭を使わなくては。貴女がとった方法は悪手でしかありませんから」

「は? 悪手? なによ、それ……どういう意味?」

「貴女はきっと今まで騒げば何でも願いが叶えられてきたのでしょう。貴女に甘いご両親によって。ですが、それが通じるのはご両親にだけ。他人には通じません。誰かに願いを叶えてもらうには、相手と交渉することが必要不可欠です」

「え……交渉?」

「ええ、交渉とは対話をしながら合意に至るという意味です」

「いや、それくらい知っているわよ、馬鹿にしないで!」

「ああ、そうですか。それで、貴女がしたことは対話ではなく一方的に相手に要求しただけ。それはただの我儘です。貴女がすべきだったのは、どうすれば穏便にお義母様と暮らさずにすむかを考え、それを上手くエリオット様へと伝え、上手く動いてもらうこと。つまりはエリオット様と交渉し、そしてお義母様にエリオット様が交渉してもらうようにすることです」

「は? なにそれ? なんでそんな回りくどいことをしなければいけないの! ただ、父親の後妻と暮らしたくないって言えば済む話じゃない!」

「済まなかったから、今こんなことになっているのではありませんか。貴女も貴族であるのなら、上手く相手と交渉する話法くらい身につけてください」

「……ッだから! 私には無理なの!」

「無理ではありません。この三か月の間にそれも身につけてもらいます。出来ないなどとは言わせません。出来るようになってもらいます。……力づくでも」

 最後の一言を聞いた瞬間、キャサリンの口から「ひっ……」とかすかな悲鳴が漏れた。
 今までこんな厳しい指導を受けたことはないし、ましてや暴力だって受けたことがない彼女にとって、先程の平手打ちはもはや恐怖でしかない。

 どれだけ弱音を吐いてもセシリアは一切の情けを見せず、冷淡なままだった。
 彼女の態度は微塵も揺らがない。そこに甘さの欠片すら存在しなかった。
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