初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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キャサリンの後悔

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 夜の帳が下り、部屋の明かりも蝋燭の灯りひとつだけになっていた。
 天蓋付きの大きな寝台はどこか冷たい。実家のものより遥かに豪華なのに、何故か寝心地が悪い。
 家に帰り、自室の寝台で休みたいと何度思ったか分からない。
 窓の外には雲間からのぞいた月が冷たい光を投げかけている。静寂の中で時計の針が時を刻む音だけが妙に大きく聞こえた。

「家に帰りたい……。お父様とお母様に会いたい……」

 キャサリンの口からぽつりと漏れた言葉は誰に向けたわけでもなく、胸の奥に秘めた思いが自然にこぼれ出たものだった。
 侯爵家での日々はかつて夢見た煌びやかさとはほど遠く、終わりなき試練の連続だった。
 礼儀作法、語学、舞踏、話術、家政と今までキャサリンが学んでこなかったものを怒涛のように叩き込まれる毎日。

 こんなはずじゃなかった……と、ここに来て何度後悔したか分からない。

 あの日、夜会でエリオットをひと目見た瞬間、恋に落ちた。
 絵物語からそのまま抜け出してきたかのような、華やかな顔立ちとすらりとした体躯――まさに、理想の王子様そのものだった。
 晴れて想いが通じ合い、婚約も交わしたあの頃――未来は、まばゆいほどに輝いて見えたのだ。
 あの、先代の後妻に会うまでは……

 ガーネット侯爵邸に招かれたその日、庭を静かに歩くひとりの女性を見た瞬間言葉を失い、その場に立ち尽くしてしまった。周囲の空気までもが輝くほど、美しく妖艶な女性。その正体を使用人の一人に尋ねたところ、先代侯爵の後妻だと知らされ思わず息をのんだ。

 亡き先代に後妻がいたとは知っていたし、別邸に住んでいたこともキャサリンは知っていた。
 だが、義理の息子であるエリオットとほとんど年が変わらないほど若いとは思ってもいなかったのだ。

 若く、美しく、妖艶。そんな女性と一緒に暮らしていたら、エリオットがいつ心変わりしてしまうか分からない。
 そんなことを考えていたら心の中が不安と恐れでいっぱいになって、冷静ではいられなかった。気づけば半狂乱になってエリオットに「義母と暮らしたくない!」と訴えていた。

 わがままを言えばいつだって叶えてくれたエリオット。今回も同じようにすぐに何とかしてくれると高をくくっていた。それが間違いだと分かった時には、既に婚約は破棄されていた。彼の伯父、ガーネット公爵の手によって……。

「あの時、あんなこと言わなきゃよかった……。そうすれば、こんな辛い想いをしなくて済んだのに……」

 義母を追い出してほしいという発言は公爵の逆鱗に触れるものだった。
 激怒した公爵に「二度とエリオットに近づくな」と言われ成す術もなく絶望していると、彼が別の女性と結婚してしまうという話を耳にした。

 今も変わらず彼を愛しているのに、別の女性を妻にしてその女性に触れるなんて……考えただけでいてもたってもいられなくなり、脅迫めいた手紙を彼に送ることで初夜を邪魔したのだ。
 
 結婚式の夜、彼が妻を放って自分のもとへ駆けつけてくれたことを心から喜んだ。
 彼もまだ自分を愛してくれているのだと知り、何としても妻から彼を取り戻したいと願った。

 念願叶って彼と身も心も結ばれ、ようやく彼を自分のものにできたと思った。なのに、どうしてこんな厳しい教育を受けることになったのか。しかも、よりによって彼の今の妻が教育係になるなんて――こんな屈辱があるだろうか。

 しかもエリオットの妻はとんでもなく怖い。いつも強気の母でさえ怯えて下手に出るほどに恐ろしい存在だ。
 それまで暴力とは無縁だったキャサリンにとって、反抗すればメイドに叩かせるセシリアは、もはや恐怖そのものとなった。今では反抗する気力も無い。
 
 後悔しても時は戻らない。それは分かっている。けれど、それでも心は過去へと逃げたくなる。
 もし、あの時……義母と初めて会った頃まで戻れたのなら、その時は絶対に余計な事は言わない。
 そうしていたなら今頃はエリオットと幸せな結婚生活を送れていたはず。恐ろしいあの女セシリアと会うこともなく、こんな厳しい教育を受けることもなく、甘く幸せな毎日であったはず。

「エリオット……会いたいよ。助けてよ……!!」

 エリオットもキャサリン同様に厳しい教育を公爵家で受けているため、二人は会うこともできない。
 キャサリンは愛する恋人の顔が見たいというよりも、この辛く苦しい日々から救い出してほしくて彼に会いたくてたまらなかった。

 エリオットにそんな甲斐性はないとも知らずに……。
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