84 / 165
もはや言葉もない
しおりを挟む
派手な色ではあったが、そのドレスはセシリアの美しさをより一層引き立てていた。
ほんの短期間で、これほどまでに気品と贅を尽くしたドレスを整えるとは。
公爵家の底知れぬ財力にセシリアは思わず息を呑んだ。
「お似合いです、奥様。手袋はいかがいたしましょうか」
純白の絹で仕立てられた二組の手袋――短いものと、肘まで届く長いもの。
メイドはそれらを静かに並べた。
「……こちらをお願い。それと、肩に羽織る毛皮のショールも準備しておいてね」
セシリアが長い方の手袋を指差し、ショールも用意するよう命じるとメイドは驚いた表情を浮かべた。
「毛皮のショール、ですか? この時期のご使用は少し暑く感じられるかと……。いくら夜は少し冷えるとはいえ、薄手のもので十分かと存じます」
「いいのよ。とにかくそれを用意しておいて」
まだどこか納得できない様子で「は、はい……かしこまりました」とメイドはかすかに首を傾げながら応じた。
(薄手のショールでは、あの人の手の感触が直接伝わってきてしまうから嫌なのよ……)
セシリアは心の中で、吐き捨てるようにその思いを呟いた。
彼女の一連の不可解な言動は、すべてエリオットにエスコートの名目で過剰に肌へ触れられることを避けるためのものだ。
自室で夜に襲われかけてからというもの、セシリアはエリオットが生理的に受け付けなくなってしまった。
たとえ名目上は夫婦であり、公の場では彼のエスコートを受ける義務があるとはいえ、本心では、鳥肌が立つほど嫌で仕方がない。とはいえ、社交の場で夫のエスコートを拒絶するなんていう不作法な真似は出来ない。
ならば、たとえほんのわずかでもエリオットの手が触れる箇所を守りたい。
生理的に無理な相手の手が素肌に触れるなんて考えただけでも怖気が走る。本当なら手袋だって手の熱が伝わらないほど厚手のものを身につけたいくらいだ。
(流石にそれは無理よね……。ああでも、ありがたいことに公爵様がご用意くださったドレスは袖のあるものだったわ。これに手袋を合わせれば腕の肌はほとんど見えずに済む。胸元も隠れているし……本当に助かったわ)
贈られたドレスはクラシカルで控えめな印象を与える一着だった。
若い令嬢が夜会で好んで身にまとう肩を大胆に露出したドレスとは対照的で、どちらかといえば年配の婦人向けの装いに思える。
このときのセシリアはその理由に思い至ることもなく、ただドレスに袖を通していた。
公爵がなぜ、古風でありながらも派手な色合いの装いを選んだのか──その意図が夜会で彼女を救うことになるとは、まだ知る由もなかった。
着替えが終わり、セシリアは憂鬱な気分で迎えの馬車を待っていた。
予定では公爵家の馬車に乗りエリオットが来るはずなのだが……この時点で予定の時間を大分過ぎていた。
(遅いわね……。まさか、途中で事故にでもあったのかしら?)
執事に道中の様子を見てきてもらおうとした矢先、庭の方から馬の嘶きが聞こえてきた。
「奥様、旦那様がいらっしゃいました」
メイドがそう告げに来ると、セシリアは静かに毛皮のショールを羽織り玄関へと向かっていった。
そして、そこで衝撃の光景を目にすることとなる。
「……は? これはいったいどういうことです?」
セシリアの足がぴたりと止まり、眉をひそめた。不愉快な声を隠そうともせずそのまま問いかける。
目の前にいる、名ばかりの夫であるエリオットと、その隣にいる有り得ない人物に。
「セシリア、遅れてすまない。遠回りしたら遅くなってしまって……」
「そんなのはどうでもよろしい。これはいったいどういうことだと聞いているのです。答えてください」
傍らにいた使用人ですら身をすくませるほどの圧を帯びた声に、エリオットと隣の人物は思わず息を呑み、小さな悲鳴を漏らした。
「い、いや……その、これは……」
「ごめんなさい、セシリアさん! エリオットを叱らないであげて! 彼は私が夜会に出たいってお願いしたから連れて来てくれただけなの!」
恐ろしさのあまり脂汗をたらし、上手く言葉が紡げないエリオットに代わり隣の人物が彼を庇う様に前に躍り出た。淡いピンクのドレスに身を包み、レースをふんだんにあしらったその姿は──実家に帰ったはずのキャサリンだった。
「……………………」
あまりの愚行にもはや口を開く価値すら見いだせなかったセシリアは、無言のまま彼らに歩み寄ると、おろおろと立ち尽くす夫の腹へ容赦なく拳を叩き込んだ。
ほんの短期間で、これほどまでに気品と贅を尽くしたドレスを整えるとは。
公爵家の底知れぬ財力にセシリアは思わず息を呑んだ。
「お似合いです、奥様。手袋はいかがいたしましょうか」
純白の絹で仕立てられた二組の手袋――短いものと、肘まで届く長いもの。
メイドはそれらを静かに並べた。
「……こちらをお願い。それと、肩に羽織る毛皮のショールも準備しておいてね」
セシリアが長い方の手袋を指差し、ショールも用意するよう命じるとメイドは驚いた表情を浮かべた。
「毛皮のショール、ですか? この時期のご使用は少し暑く感じられるかと……。いくら夜は少し冷えるとはいえ、薄手のもので十分かと存じます」
「いいのよ。とにかくそれを用意しておいて」
まだどこか納得できない様子で「は、はい……かしこまりました」とメイドはかすかに首を傾げながら応じた。
(薄手のショールでは、あの人の手の感触が直接伝わってきてしまうから嫌なのよ……)
セシリアは心の中で、吐き捨てるようにその思いを呟いた。
彼女の一連の不可解な言動は、すべてエリオットにエスコートの名目で過剰に肌へ触れられることを避けるためのものだ。
自室で夜に襲われかけてからというもの、セシリアはエリオットが生理的に受け付けなくなってしまった。
たとえ名目上は夫婦であり、公の場では彼のエスコートを受ける義務があるとはいえ、本心では、鳥肌が立つほど嫌で仕方がない。とはいえ、社交の場で夫のエスコートを拒絶するなんていう不作法な真似は出来ない。
ならば、たとえほんのわずかでもエリオットの手が触れる箇所を守りたい。
生理的に無理な相手の手が素肌に触れるなんて考えただけでも怖気が走る。本当なら手袋だって手の熱が伝わらないほど厚手のものを身につけたいくらいだ。
(流石にそれは無理よね……。ああでも、ありがたいことに公爵様がご用意くださったドレスは袖のあるものだったわ。これに手袋を合わせれば腕の肌はほとんど見えずに済む。胸元も隠れているし……本当に助かったわ)
贈られたドレスはクラシカルで控えめな印象を与える一着だった。
若い令嬢が夜会で好んで身にまとう肩を大胆に露出したドレスとは対照的で、どちらかといえば年配の婦人向けの装いに思える。
このときのセシリアはその理由に思い至ることもなく、ただドレスに袖を通していた。
公爵がなぜ、古風でありながらも派手な色合いの装いを選んだのか──その意図が夜会で彼女を救うことになるとは、まだ知る由もなかった。
着替えが終わり、セシリアは憂鬱な気分で迎えの馬車を待っていた。
予定では公爵家の馬車に乗りエリオットが来るはずなのだが……この時点で予定の時間を大分過ぎていた。
(遅いわね……。まさか、途中で事故にでもあったのかしら?)
執事に道中の様子を見てきてもらおうとした矢先、庭の方から馬の嘶きが聞こえてきた。
「奥様、旦那様がいらっしゃいました」
メイドがそう告げに来ると、セシリアは静かに毛皮のショールを羽織り玄関へと向かっていった。
そして、そこで衝撃の光景を目にすることとなる。
「……は? これはいったいどういうことです?」
セシリアの足がぴたりと止まり、眉をひそめた。不愉快な声を隠そうともせずそのまま問いかける。
目の前にいる、名ばかりの夫であるエリオットと、その隣にいる有り得ない人物に。
「セシリア、遅れてすまない。遠回りしたら遅くなってしまって……」
「そんなのはどうでもよろしい。これはいったいどういうことだと聞いているのです。答えてください」
傍らにいた使用人ですら身をすくませるほどの圧を帯びた声に、エリオットと隣の人物は思わず息を呑み、小さな悲鳴を漏らした。
「い、いや……その、これは……」
「ごめんなさい、セシリアさん! エリオットを叱らないであげて! 彼は私が夜会に出たいってお願いしたから連れて来てくれただけなの!」
恐ろしさのあまり脂汗をたらし、上手く言葉が紡げないエリオットに代わり隣の人物が彼を庇う様に前に躍り出た。淡いピンクのドレスに身を包み、レースをふんだんにあしらったその姿は──実家に帰ったはずのキャサリンだった。
「……………………」
あまりの愚行にもはや口を開く価値すら見いだせなかったセシリアは、無言のまま彼らに歩み寄ると、おろおろと立ち尽くす夫の腹へ容赦なく拳を叩き込んだ。
3,163
あなたにおすすめの小説
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
【完結】無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !
恋せよ恋
ファンタジー
富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。
もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、
本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。
――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。
その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、
不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。
十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。
美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、
いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。
これは、
見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、
無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 エール📣いいね❤️励みになります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる