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王妃の処分
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文箱の中に静かに鎮座する宝飾品。
光を湛えた宝石が深碧の天鵞絨の上で妖しくも美しく煌めいている。
王太子妃が差し出したその品の輝きをじっと見つめたまま、セシリアはしばし口を開かなかった。
やがて、彼女の口から低く抑えた声が漏れる。
「……実に見事な品でございます。これほどのものを、ただのお詫びとするには……いささか過分かと存じます」
そう語るあいだも王太子妃の微笑は一切揺らぐことなく、まるで何もかも見透かしているかのようだった。
「過ぎたると思われるほどでなければ、詫びの品の意味もございません」
その言葉にセシリアの目がわずかに細められる。
詫びの品、と素直に受け取れるほど無知ではない。これだけの品に謝罪だけの意味が込められているはずもなかった。
「……この石、確かに東方の山より産出されるものでございますね。アレキサンドライト公爵家所有の鉱山で採掘される希少な品。そう……アレキサンドライト公爵家の秘宝をあえて、このような場にお持ちになった理由。……私にはそれがただの謝罪の意味だけとは思えませぬ」
言葉に棘はなかった。だが、疑念という名の針はその芯にしっかりと込められている。
王太子妃の表情は変わらない。ただ、微かにまぶたを伏せ、静かに一息をついた
「確かにこちらはわたくしの生家の秘宝。市場にさえ安易に出回らぬ希少な品。ですが、それでも――この度の不始末をただ言葉で済ませるなど、到底できぬと思うたのです」
セシリアはその言葉を聞きながら視線を文箱に落とす。
真意を明かすことはないだろうと理解していたが、それでも言葉の裏を探らずにはいられなかった。
「……左様ですか。であればひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
王太子妃の顔をまっすぐに見つめ、その真意を探ろうとする。
けれど、その穏やかな微笑の奥にあるものをどうしても読み取ることはできなかった。
「留学中の王女殿下の責任者は王妃殿下のはずです。そうであるならば、謝罪にいらっしゃるのも本来王妃殿下であるべきではないでしょうか。それなのに、なぜ王太子妃殿下が……?」
言い終えた瞬間、その場の空気が僅かに張り詰める。
変わらず笑みを浮かべたままの王太子妃はわずかに口元を引き結ぶ。
「ふふ、意外と単刀直入にお尋ねになるのですね」
「はい、ご不快に思われたら申し訳ございません。お話しにくいようでしたら、無理にお答えいただかなくて大丈夫です」
「いいえ、貴女には聞く権利がございますもの。あれほどのご無礼を受けられた貴女に対し、なおも口を閉ざすなどという非礼は私の本意ではございません」
そう言うと王太子妃はわずかに視線を逸らし、王妃のあれからのことについて語り始めた。
「まずは結論を申し上げます。王妃殿下は国王陛下の御裁可により廃妃と相成りました。すでに決したことであり、覆る余地はございません」
「まあ! 廃妃だなんて……」
廃妃とは王妃の地位を取り上げられることである。
そうなった場合、特定の離宮や僻地に幽閉、あるいは隠棲させられると聞く。
我が国の歴史上、廃妃となった王妃は数えるほど。そのほとんどが王の暗殺を目論んだとか反逆を企てたという重罪に対する処罰だった。息子可愛さに盲目となり、多くの貴族家に無礼を働いたという馬鹿げた罪で重い処分を下されるなんて、何とも滑稽な話だ。
この不名誉な出来事はきっと後世に語り継がれるに違いない——そう考えたセシリアに、王太子妃が神妙な声音で語りかけた。
「致し方ないことなのですよ。ガーネット公爵閣下はこの件に対しご立腹であり、王妃殿下に然るべき処罰が下されぬ限りは王家との縁を断つとまで仰せになっておりましたから」
「ガーネット公爵様が?」
そういえば、公爵は夜会の前に王妃に対して何かしらの報いを受けさせるようなことをほのめかしていたはず。
あれはこういうことだったのかと、腑に落ちた。
「いくら王家といえども、ガーネット公爵閣下に絶縁されては立ちいかなくなることは明白です。それに加えて我が父、アレキサンドライト公爵までもが王妃に対して激しくご立腹でございます。二つの公爵家に目をつけられては王家の威信も傷つくでしょうね。それを防ぐためにも元凶を処分するしかないのですよ。処刑されなかっただけでもまだマシというものです」
「そうですね……確かに。それにしても、なぜ国王陛下は王妃殿下を止めなかったのでしょう? 陛下であれば事前にお止めになることもできたのではないでしょうか」
「そうですね。もし、陛下が王宮にいらしたならあんな夜会の開催すら許さなかったでしょう。ただ、運が悪い事に陛下はちょうど外遊に出ておられたのですよ。ご帰国なさってみれば、ご自分の王妃が貴族家を敵に回すような真似をしていたんですもの。もう、あの時のご様子といったら……倒れる寸前でしたのよ」
「まあ……想像するだけでもお気の毒でなりませんわ。お戻りになった陛下が王妃殿下の騒動を知ったときのご心境は如何ほどでしたでしょう……」
想像しただけでもセシリアは背筋が凍る思いがした。もし自分が戻ってきたとき、配偶者がとんでもない騒動を起こしていたとしたら……恐ろしくてたまらない。そしてそれが他人事とは思えない。夫エリオットにも王妃殿下と同様に何らかの愚行を犯す可能性がある――そう考えると心穏やかではいられなかった。
光を湛えた宝石が深碧の天鵞絨の上で妖しくも美しく煌めいている。
王太子妃が差し出したその品の輝きをじっと見つめたまま、セシリアはしばし口を開かなかった。
やがて、彼女の口から低く抑えた声が漏れる。
「……実に見事な品でございます。これほどのものを、ただのお詫びとするには……いささか過分かと存じます」
そう語るあいだも王太子妃の微笑は一切揺らぐことなく、まるで何もかも見透かしているかのようだった。
「過ぎたると思われるほどでなければ、詫びの品の意味もございません」
その言葉にセシリアの目がわずかに細められる。
詫びの品、と素直に受け取れるほど無知ではない。これだけの品に謝罪だけの意味が込められているはずもなかった。
「……この石、確かに東方の山より産出されるものでございますね。アレキサンドライト公爵家所有の鉱山で採掘される希少な品。そう……アレキサンドライト公爵家の秘宝をあえて、このような場にお持ちになった理由。……私にはそれがただの謝罪の意味だけとは思えませぬ」
言葉に棘はなかった。だが、疑念という名の針はその芯にしっかりと込められている。
王太子妃の表情は変わらない。ただ、微かにまぶたを伏せ、静かに一息をついた
「確かにこちらはわたくしの生家の秘宝。市場にさえ安易に出回らぬ希少な品。ですが、それでも――この度の不始末をただ言葉で済ませるなど、到底できぬと思うたのです」
セシリアはその言葉を聞きながら視線を文箱に落とす。
真意を明かすことはないだろうと理解していたが、それでも言葉の裏を探らずにはいられなかった。
「……左様ですか。であればひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
王太子妃の顔をまっすぐに見つめ、その真意を探ろうとする。
けれど、その穏やかな微笑の奥にあるものをどうしても読み取ることはできなかった。
「留学中の王女殿下の責任者は王妃殿下のはずです。そうであるならば、謝罪にいらっしゃるのも本来王妃殿下であるべきではないでしょうか。それなのに、なぜ王太子妃殿下が……?」
言い終えた瞬間、その場の空気が僅かに張り詰める。
変わらず笑みを浮かべたままの王太子妃はわずかに口元を引き結ぶ。
「ふふ、意外と単刀直入にお尋ねになるのですね」
「はい、ご不快に思われたら申し訳ございません。お話しにくいようでしたら、無理にお答えいただかなくて大丈夫です」
「いいえ、貴女には聞く権利がございますもの。あれほどのご無礼を受けられた貴女に対し、なおも口を閉ざすなどという非礼は私の本意ではございません」
そう言うと王太子妃はわずかに視線を逸らし、王妃のあれからのことについて語り始めた。
「まずは結論を申し上げます。王妃殿下は国王陛下の御裁可により廃妃と相成りました。すでに決したことであり、覆る余地はございません」
「まあ! 廃妃だなんて……」
廃妃とは王妃の地位を取り上げられることである。
そうなった場合、特定の離宮や僻地に幽閉、あるいは隠棲させられると聞く。
我が国の歴史上、廃妃となった王妃は数えるほど。そのほとんどが王の暗殺を目論んだとか反逆を企てたという重罪に対する処罰だった。息子可愛さに盲目となり、多くの貴族家に無礼を働いたという馬鹿げた罪で重い処分を下されるなんて、何とも滑稽な話だ。
この不名誉な出来事はきっと後世に語り継がれるに違いない——そう考えたセシリアに、王太子妃が神妙な声音で語りかけた。
「致し方ないことなのですよ。ガーネット公爵閣下はこの件に対しご立腹であり、王妃殿下に然るべき処罰が下されぬ限りは王家との縁を断つとまで仰せになっておりましたから」
「ガーネット公爵様が?」
そういえば、公爵は夜会の前に王妃に対して何かしらの報いを受けさせるようなことをほのめかしていたはず。
あれはこういうことだったのかと、腑に落ちた。
「いくら王家といえども、ガーネット公爵閣下に絶縁されては立ちいかなくなることは明白です。それに加えて我が父、アレキサンドライト公爵までもが王妃に対して激しくご立腹でございます。二つの公爵家に目をつけられては王家の威信も傷つくでしょうね。それを防ぐためにも元凶を処分するしかないのですよ。処刑されなかっただけでもまだマシというものです」
「そうですね……確かに。それにしても、なぜ国王陛下は王妃殿下を止めなかったのでしょう? 陛下であれば事前にお止めになることもできたのではないでしょうか」
「そうですね。もし、陛下が王宮にいらしたならあんな夜会の開催すら許さなかったでしょう。ただ、運が悪い事に陛下はちょうど外遊に出ておられたのですよ。ご帰国なさってみれば、ご自分の王妃が貴族家を敵に回すような真似をしていたんですもの。もう、あの時のご様子といったら……倒れる寸前でしたのよ」
「まあ……想像するだけでもお気の毒でなりませんわ。お戻りになった陛下が王妃殿下の騒動を知ったときのご心境は如何ほどでしたでしょう……」
想像しただけでもセシリアは背筋が凍る思いがした。もし自分が戻ってきたとき、配偶者がとんでもない騒動を起こしていたとしたら……恐ろしくてたまらない。そしてそれが他人事とは思えない。夫エリオットにも王妃殿下と同様に何らかの愚行を犯す可能性がある――そう考えると心穏やかではいられなかった。
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