初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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エリオットの勘違い

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 午前の陽光が大きな窓から差し込み、部屋を眩く照らしている。
 部屋の奥、重厚な机の前に腰掛けているのはこの邸で再教育中のエリオットだ。彼は書類の束を前にして頬杖をつき、眠気と戦っていた。

「エリオット様、ここを見てください。とある領の収支報告です。去年は干ばつで収穫量が減ったと申し上げましたね? では、今年はどうすればいいと思いますか」

 老齢の家庭教師は厳しい声で説明を続けていた。だがその眉間にはわずかな皺が刻まれ、手にした羽根ペンが机の縁で小さくとんとんと鳴っている。

「えーと……じゃあ、今年は税を上げればいい?」

「……はああ……」

 深いため息が部屋中に響いた。
 家庭教師は一度目を閉じ、ペンを置いてからエリオットにじろりと厳しい視線を向ける。

「エリオット様、民は作物がとれず苦しんでいるのです。そこへさらに税を重ねれば……どうなるかおわかりでしょう?」

「え、えっと……怒る?」

「怒る、ではなく飢えます。飢えて、病に倒れ、逃げ出し、やがて……」

「……反乱?」

「そうです」

 家庭教師はようやく少しだけ眉をひそめて頷き、深いため息をついた後、声を荒げた。

「エリオット様……少しは領主としての自覚をお持ちくださいませ! あなた様がそんな調子でどうしますか!!」

 怒鳴り声にエリオットが情けなく「ひいっ!?」と小さな悲鳴をあげたその時──

 トントンッ……!

 唐突に、だが礼儀を忘れぬ控えめなノックの音が響いた。しかし、その間隔にはどこか切迫したものがある。
 二人は一瞬、声を止めて眉をひそめた。
 扉の向こうからくぐもった声が届く。

「申し訳ございません、エリオット様。…急ぎの用にて、失礼を承知で参上いたしました」

 普段ならば、こうした授業の最中に誰かが割って入ることなど許されぬ。それでも躊躇いがちに告げられたその声にはただ事でない緊張が滲んでいた。

「分かった、入れ」

 その一言に扉が音もなく開かれ、侯爵家の侍従が一歩、静かに室内へと足を踏み入れた。彼の手には二通の文がある。

「失礼いたします。……奥様から、急ぎの手紙をお持ちいたしました。」

 エリオットはその名を耳にしたとたん、息を呑み目を見開いた。

「……セシリアから?」

 信じられないというように呟きながら手紙をそっと手に取る。封には見慣れた家の紋章。そして裏には妻の名前が確かに記されていた。

 手紙など一度も寄越したことのない妻――
 いつも冷ややかな眼差しを向け、自分と目を合わせることすら少なかった。形式ばかりの結婚、義務で繋がれた夫婦関係。新婚初日にをしたせいで素っ気ない態度ばかりをとる妻からの初めての手紙にエリオットの心が躍る。

 急いで封を破り、中の便箋を取り出す。丁寧に折られた手紙には見慣れないがどこか慎ましい筆跡が並んでいた。 
 彼の瞳が行間を追うたびに表情が崩れていく。眉がゆるみ、口元にほのかな笑みが浮かぶ。
 
 家庭教師はその様子を見て呆れたように肩をすくめる。
 本来であれば授業中に手紙を読むなど言語道断だが、公爵から侯爵夫人セシリアかは丁重に扱うようにと命じられていたので不問にした。それにしても急ぎの用だというが……それならば何故エリオットの頬がだらしなく緩んでいるのだろうか。

「ふふ……君がそんなふうになるなんてね、セシリア」

 エリオットの声には抑えきれない愉快さが滲んでおり、顔は明らかに緩んでいた。
 その様子を横目で見ていた侍従が思い切り顔をしかめる。

「……あの、旦那様。奥様からの手紙の内容を理解していらっしゃらないので?」

 ここへ来る前、セシリアから手紙の内容について事前に知らされてはいた。
 要約すると「浮ついてんじゃねえ」「キャサリンを不安にさせると、その分授業も遅れるんだけど?」という辛辣な嫌味がしたためられていると聞いたはず。

 叱られた顔をするならまだしも、この男はどうしてニヤついた顔を見せるのだろう。
 さっぱり分からず侍従は訝し気な目で主人を見る。

「いや? ちゃんと理解しているぞ。ふふ……セシリアが、“この間会っていた女は誰”だってさ」

 ぽつりと呟いたその声音はどこか嬉しそうでさえあった。

「まさか、嫉妬してるのか……可愛いな。そんなふうに思ってたなんて……」

 小さく笑いながら、手紙を両手で持ったままうっとりと宙を見つめる。

「なんだかちょっと安心したよ。僕のこと、ちゃんと好きなんだなって……」

 その様子をすぐそばで見ていた侍従は、とんでもない勘違いをするエリオットに思い切り顔をしかめた。

「いや、それは旦那様の勘違いです。天地がひっくり返ったとしても、奥様が旦那様に好意を抱くなど有り得ません」
 
 あまりにも気持ちの悪い勘違いに侍従はハッキリとそれを否定した。
 もしここにセシリア本人がいたら発狂してエリオットを殴り倒しているだろうなと思いつつ。

「何を言っているんだ。セシリアは僕に『今朝会っていた女は誰?』と聞いているんだぞ? これは嫉妬に決まっているじゃないか」

「……いえ、奥様は嫉妬なさっているのではなく、オニキス子爵令嬢の御心を乱されたことに怒っているのです。授業が進まない、と。ああ、それとオニキス子爵令嬢からもお手紙を預かっていますよ」

 差し出されたキャサリンからの手紙を受け取り、中身に目を通す。
 こちらは分かりやすく嫉妬に満ちた内容であるのにエリオットはあまり興味を惹かれないような顔をしていた。
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