初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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とんでもない勘違い

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「旦那様、奥様より至急お返事を頂戴するよう申しつかっております。恐れ入りますが、どうぞよろしくお願い申し上げます」

「セシリアはそんなに僕の返事を心待ちにしているのか……? 分かった。すぐに書こう」

「ああいえ、奥様ではなくオニキス子爵令嬢にです。奥様の手紙に対しては返信不要と仰せつかっておりますので」

「なんだと? 僕の手を煩わせまいと、なんて慎ましい……」

「はい……?」

 陶酔しきったエリオットの顔を見て侍従は顔をしかめ、露骨にうんざりした様子を隠そうともしなかった。
 あれだけ誰が見ても分かるほど妻から嫌われているのに、何を急に世迷言をという心の内が顔に出ている。

「あの、とにかくオニキス子爵令嬢宛てにお返事をお願いしたいのですが……」

「キャサリンだけに返事を書いたらセシリアが可哀想じゃないか。ちゃんとどちらにも書いてあげるよ」

「いえ、むしろ嫌がらせです。これ以上奥様に対して嫌な事はなさらないでください」

 辛辣な侍従の返しにエリオットは手紙を握ったまま固まってしまった。
 そして、その様子を眺めていた家庭教師の口から笑いが漏れる。

「ふっ……ふふ、かなり奥方のお気を損ねてしまったご様子ですね、エリオット様。そこな侍従の言う通りに奥方への返事は控えた方がよろしいでしょう。ご命令通りににだけ書いて差し上げなさい」

「……先生」

「はい、なにか?」

 恨みがましい声をぶつけるエリオットに、家庭教師は涼しい声で淡々と返す。
 だが、次の一言に流石の彼もかけていた眼鏡をずり下げて呆気に取られるのだった。

「あなたは……男女の仲というものを分かっていない」

「はい……?」

 何を言っているのか――家庭教師は一瞬、理解が追いつかず思考を止めた。

「確かに、あの文面は形式的だったかもしれない。だが……“言葉”だけが、すべてだと思っているのか?」

「いや、文面は見ていないので存じ上げませんが……。そうではなく、奥方にしたことをお忘れなのですか?」

 家庭教師はエリオットがセシリアに重ねてきた理不尽な仕打ちの数々を把握していた。
 新婚初日に妻を放置してキャサリンのもとに行ったことも、そのキャサリンと不貞をしたことも。
 それだけやらかせば嫌われない方がおかしい。なのに、見当違いなことを言ってきたエリオットに驚きを隠せない。

「確かに僕は過ちを犯した……。だが、それでもセシリアは僕のことを愛していたのだと分かった。たとえそれが、思い上がりだとしても、僕は手紙に託した彼女の気持ちが嘘だったとは思わない。否、思いたくない。そういう想いを……先生は軽んじるのですか!?」

「ちょっと、何をおっしゃっているのか分かりかねますね……」

 家庭教師の視線はまるで「理解不能な言語でも聞かされている」と言いたげだ。
 甘えたで根性無しだとは知っていたが、妄想癖まであるとは知らなかった。

「一度の過ちならまだしも、数度における過ちを赦してくださるとは到底思えません。そもそも、赦されないから離婚になったのでは? エリオット様のそれはただの願望です。そう“思いたい”という願望であることをご理解ください」

「……いいえ、願望ではありません。セシリアは僕を赦してくれたのです。この手紙を読めばわかります」

 言外に「それは妄想にすぎません」と伝えているつもりだったが、その意図はエリオットには届いていないようだった。

「あの、旦那様、妄想はそのくらいにして早めにお返事をいただけますでしょうか?」

 キャサリンの気を静めるためにさっさと返事を貰って来い、と命じられた侍従がエリオットを急かす。
 エリオットはニヤつきながらも「わかった、わかった」とさらさらと羽ペンを紙に走らせた。

「出来たぞ。これをセシリアに渡してくれ。こっちはキャサリン宛てだ」

「あの、ですから奥様には不要だとご本人がおっしゃったのですが……」

「……ふう、お前は女心が分かっていないな。それは建前で本音は欲しいに決まっているではないか」

「ご冗談を。旦那様にだけは女性心について説かれたくありません。それでは中身を拝見させていただきます」

「は? 人の恋文を読むなんて不作法にも程があるぞ」

「いえ、奥様からそうするよう言いつけられておりますので」

 もはや”恋文”という部分に突っ込む気すら起きない。侍従はエリオットの手紙を流し読みし、静かに息を吐いた。

「……あの、これ奥様宛てとオニキス子爵令嬢宛てが間違っていませんか?」

「は? 何を言っている。ちゃんと宛名が書いてあるだろう?」

「それはそうですが、内容が……」

 侍従は二通の手紙を広げ、困惑したように顔をしかめた。
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