初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

文字の大きさ
129 / 165

惨状

しおりを挟む
「そ……そんな、どうして…………」

 そのあまりにも衝撃的な言葉にイザベラはただ黙って立ち尽くすしかなかった。
 何を言っているのか信じられず、頭がそれを受け入れるのを拒む。
 どうしてそんなにも非道なことを無邪気な顔で平然と言い放てるのか──目の前の王女がまるで化け物に見えた。

「……ご冗談を。そんなこと、起こりえるはずが……」

「あら、どうしてそう思うの?」

 にやにやと笑う王女にイザベラの血の気が引く。こんなにも悪意に満ちた人間を彼女は見たこと無かった。

「そんな……だって、ありえません……! どうしてそんなことをなさる必要があるのですか!?」

「ふふ、言ったでしょう? あの女を始末する、と。邪魔だから消えてもらうの」

「……ッ!! まさか……セシリアを始末するために? そのために火を放ったと……?」

「ええ、だからそう言っているじゃない」

 とんでもないことを平然と言い放つ王女がまるで化け物に見えた。
 そんなくだらない理由で人を傷つけようとしたことも、そのために屋敷に火を放ったことも、到底、正気の沙汰とは思えない。

「まさか、他国でそんな真似ができるはずがないとでも? ふふ、残念だけれど……できてしまうのよ。そういうことが得意な子飼いを、わたくしはちゃんと手元に置いているもの」

「…………ッ!!」

 王女の表情を見る限り、その言葉に偽りは感じられなかった。
 ああ……この方は本当に屋敷に火を放ったんだ。そう思った瞬間、イザベラは膝から崩れ落ちそうになる。

「お義母……奥様!」

 ふらつき、今にも倒れそうになったイザベラを侍女姿のセシリアが素早く支える。

「……殿下、茶会の途中で恐縮ですが、奥様のご気分がすぐれないようですので中座させていただきます」

 血の気が引き、すっかり青ざめたイザベラをしっかりと抱きかかえ、セシリアは王女を射抜くような眼差しで言い放った。もし王女の言っていることが本当なら、今頃屋敷がどうなっているのか心配で仕方がない。

(一刻も早く帰らなくては…………)

「あ、ちょっと! 待ちなさいよ! ……ん? あら? 貴女、どこかで見たような……」

 変装したセシリアを見て王女が首を傾げた。正体までは分かっていないようだが、顔に見覚えがあるような素振りを見せている。その隙にセシリアは軽々とイザベラを抱きかかえ優雅に一礼すると、そのまま足早に部屋を後にした。その後ろを王太子妃の遣わした女官が続く。

「……この一件、余すところなく王太子妃殿下にご報告願います」

 セシリアが張り詰めた声でそう言うと女官たちは小さく頷いた。顔には不安と緊張がにじみ、明らかに強張っていた。半ば走るように来た道を引き返し、馬車へと急いだ。待機していた御者はその尋常ではない二人の様子を見て目を見開く。

「奥様? いかがされましたか?」

「説明は後よ。すぐに侯爵邸に向かって」

 セシリアの張り詰めた声とただならぬ様子に御者は慌てて頷いた。
 セシリアは気を失ったイザベラを腕に抱えたまま足早に馬車へと乗り込む。

(本当に、火を……? 信じたくないけど、王女のあの様子は冗談に思えない……。なんでそんな……私一人を始末するためだけに、そこまでするなんて狂っているわ)

 心の奥底ではそんなはずはないと念じていた。たった一人を消すために屋敷に火を放つ──それはまるで古の暴君の仕業のようではないか。いくら王女とはいえ今の時代にそんな真似を、しかも他国でやらかせば死罪は免れない。下手をすれば我が国への宣戦布告として戦が始まる可能性も十分にある。

 まさか、王女は最初から戦を起こすつもりだった……?

 そうでも考えなければ説明がつかない。他国の貴族の屋敷に火を放つなんて正気の沙汰とは思えない。本当にセシリアひとりを始末したいがためにしたのならば、もはや常軌を逸している。

 エリオットが屋敷にいた可能性は考えなかったのか? いや……そうだ。王女は、彼が不在であることを知っていたのだった。

 馬車の車輪が石畳を鳴らすたび、心臓の鼓動もまた胸を叩いた。
 どうか嘘であってほしい。あれは単なる王女の脅しであってほしい。
 その願いも空しく、屋敷に近づくにつれ焦げた空気の匂いが、風に乗って鼻腔を突いた。

「…………ッ!!」

 馬車が門をくぐるよりも早くセシリアは扉を開けるよう叫び、車を止めるや否や飛び降りた。
 冷たい風がドレスの裾を翻し、髪を乱す。だが、そんなことを気にする余裕はなかった。

「うそ…………そんな……」

 目の前に広がる光景は、まさに――地獄だった。

 威厳と美を誇った歴史あるガーネット侯爵家の屋敷。
 代々の肖像画が飾られた玄関ホール、大理石の階段、陽当たりのいいサロン、黒檀の扉に守られた書斎。
 それらすべてが――燃えていた。

 瓦礫と煙と煤。
 半ば崩れ落ちた屋根からは、今なお灰が降っている。
 ステンドグラスの窓は砕け散り、貴族趣味の調度品は焼け焦げて骨組みだけをさらしていた。
 義母が住んでいた別邸までもが焼け落ち、かつて美しい音色を奏でていたピアノまでもが黒焦げの塊となっている。

 屋敷にあるものすべてが燃え、崩れ、失われていた。

「う、そ……でしょ……」

 セシリアはよろめき、膝から地面の上に崩れ落ちる。
 あまりの惨状に目の前が真っ白になった。

「なぜ……なぜ、ここまで……っ」

 その問いに答える者は誰もいない。
 すべてが燃え尽きたというその現実だけが、すべてを呑み込んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

【完結済】王女に夢中な婚約者様、さようなら 〜自分を取り戻したあとの学園生活は幸せです! 〜

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
王立学園への入学をきっかけに、領地の屋敷から王都のタウンハウスへと引っ越した、ハートリー伯爵家の令嬢ロザリンド。婚約者ルパートとともに始まるはずの学園生活を楽しみにしていた。 けれど現実は、王女殿下のご機嫌を取るための、ルパートからの理不尽な命令の連続。 「かつらと黒縁眼鏡の着用必須」「王女殿下より目立つな」「見目の良い男性、高位貴族の子息らと会話をするな」……。 ルパートから渡された「禁止事項一覧表」に縛られ、ロザリンドは期待とは真逆の、暗黒の学園生活を送ることに。 そんな日々の中での唯一の救いとなったのは、友人となってくれた冷静で聡明な公爵令嬢、ノエリスの存在だった。 学期末、ロザリンドはついにルパートの怒りを買い、婚約破棄を言い渡される。 けれど、深く傷つきながら長期休暇を迎えたロザリンドのもとに届いたのは、兄の友人であり王国騎士団に属する公爵令息クライヴからの婚約の申し出だった。 暗黒の一学期が嘘のように、幸せな長期休暇を過ごしたロザリンド。けれど新学期を迎えると、エメライン王女が接触してきて……。 ※10万文字超えそうなので長編に変更します。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

処理中です...