初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

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王命?

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「ガーネット侯爵夫人は私よ。……いったい何の御用かしら?」

 セシリアは居住まいを正し、堂々とした態度で自ら名乗り出た。
 その声の落ち着き、佇まい、そして目に宿る強さに兵士はわずかにたじろぎ後ずさる。
 まさか、自分よりもはるかに年下の女が――そんな威圧感を放つとは。兵士は面食らい、すぐに返すべき言葉が見つからず目を泳がせた。

「あ……あなたがガーネット侯爵夫人、ですか? その装いはいったい……」

 兵士は動揺を隠せないままかろうじて問うた。なぜ、貴族家の夫人が侍女の装いなどしているのか、と。
 彼女が偽物か本物かを疑っているのではない。滲み出るどころか最早溢れ出ている圧倒的な風格が彼女を本物のガーネット侯爵夫人だと証明しているのだから。

「私の装いなど、今はどうでもよくってよ。それより、あなた方は何の用があってこちらに? 見ての通り、今は立て込んでいるのだけど……」

 こんな時に何の用だ、空気読め。と言わんばかりのセシリアの非難めいた態度に、兵士達は思わず平伏しそうになった。可憐な見た目とは対照的な、女王のように気迫に満ちた凛とした姿に気圧されて上手く言葉が出てこない。
 
「あ、えっと……。ガーネット侯爵夫人、王命をもって申し伝えます。あなたをこの火事のの疑いにより、拘束いたします。大人しくなさってください」

「は? ……の犯人ですって?」

 眉をひそめ、不快そうな表情を浮かべるセシリア。その姿を目にした兵士たちは「ひっ!」と小さく悲鳴を零した。

「め、命令ですので! 従っていただきます!」

 セシリアの迫力に圧倒され、声を上ずらせながらも兵士は懐から手錠を取り出す。それを彼女のほっそりとした腕にかけようとした瞬間、凛とした声があたりに響いた。

「王命というのならば、逮捕状は当然あるのでしょう? ……見せて下さる?」

「えっ……!?」

 兵士はその言葉に一瞬たじろぎ、視線を泳がせた。
 それをセシリアは見逃さない。兵士に射貫くような視線を向けた。

「え、ええと……いえ、その……まだ手元には……」

「無いと言うの? ”王命”を口にする際は、必ずその証拠である書状を相手に見せることが法で決まっているのよ。まさか知らないとは言わないわよね?」

 何故それを、と言わんばかりに目を見開く兵士。
 一般的に貴族家の夫人は法にそこまで詳しくはない。彼女達は家を守ることに専念し、法律関係を学ぶ機会はほとんどないからだ。そういったものに詳しいのは王族か、もしくは王家に嫁ぐ女性、それか武門の家の娘くらいである。セシリアは代々王家に仕える騎士を輩出するサフィー家の娘。そういった知識、特に王命に関しては父や兄から教えられていたため、非常に詳しかった。

 しかし、この兵士はセシリアが武門の出であることを知らないのだろう。
 大方、知識のない小娘なら実物が無くとも言い包められるとでも思ったに違いない。
 その宛てが外れてこんなにも焦っているのだろう。

(…………怪しいにもほどがあるわね)

 火災直後に王命を携えてやってくる兵士なんて、怪しい以外の何者でもない。
 どうせ王女の手先だろう。王命が記載された逮捕状を持参せずにやってくる兵士なんてそもそも有り得ない。
 だが、それにしては腑に落ちない点が多すぎる。

 まず、この火災は王女の指示による可能性が高い。つまり彼女はこれでセシリアを消したつもりだったのだろう。 
 だったら、わざわざ兵士を送り込んで「放火犯だ」「逮捕だ」と騒がせる必要なんてないはずだ。
 もし、生き残っていた場合の保険か、もしくは死後もセシリアの名を辱めるためにやったのか。いずれにせよ、彼等に捕まったらろくでもない目に遭いそうなことだけは分かる。

 次に、どうやって他国の王女が王宮の兵士を動かしたのだろうか。
 金品か何かで釣ったのか、もしくは脅されてか。どちらにせよ王命はどうせ嘘だろうから、王命を騙った罪で死罪は免れない。

(まあ、この兵士を尋問すれば分かることよね……)

 王女の関係者である可能性が高い兵士だ。ここで逃がすわけにはいかない、とセシリアは猛禽を思わせる鋭い目を彼等へと向けた。それを目にした兵士の口から「ひっ!?」と小さな悲鳴があがる。

「それから……その名の通り、王命を下すことが出来るのは国王陛下ただお一人のみ。それを騙ることはたとえ王太子殿下ですら許されざる所業。ましてや……が騙ったならば、死罪は免れないわ。そうよね?」

 鈴のように澄んだ声が、どこか妖しく兵士たちの耳に絡みつく。
 その声を聞いた瞬間、兵士たちの間にざわめきが広がり、空気が凍りついた。
 冷や汗を流し、どこか落ち着かない様子でいるのは初めにセシリアを捕縛しようとした兵士。
 彼はこの場の空気をごまかすように、慌てて声を荒らげた。

「無礼な! 我等を侮辱するおつもりか!?」

「あら、今の発言のどの部分が侮辱にあたるのかしら?」

 セシリアは侮辱となるようなことは一切口にしていない。ただ王命について説明しただけだ。
 それなのにここまで動揺するなんて、やはり怪しい。

「言わせていただければ、あなた方こそ私を侮辱しているのでは? 王命と聞いただけで、書状も確認せずやすやすとついていく阿呆とでも思っていらっしゃるのかしら? 代々王家に仕える騎士を輩出してきたサフィー家の娘にして、名門ガーネット侯爵家の女主人である、この私を!」

 一歩も引かぬどころか押し切る勢いのセシリアに圧倒され、兵士達は顔を強張らせてその場に固まった。
 そして畳みかけるようにセシリアは彼等に命じる。

「一介の兵士がこの私に向かって何たる無礼。頭が高いわ、そこに直りなさい」

 セシリアの言葉に兵士達は慌てて地に膝をつき頭を下に向ける。
 王の使いで来た兵士が拘束対象から命令をされる謂れはないはずなのに、何故か逆らえない。むしろ逆らうことが間違いで、こうすることが正しいような錯覚さえ感じた。

「そもそも、どうして当家の火災がだと分かるの? まだ火災が起きた原因すら分からないのよ。しかも火の手が上がった頃に、私は王宮にいたの。それは王太子妃殿下が証明してくださるわ。なのに、どうして私が”放火犯”なの? おかしいじゃない」

 それを聞いた兵士達は一人を除いて驚いた表情で互いに顔を見合わせる。
 その様子を横目にセシリアはなおも冷静に言葉を続けた。

「それに……火の手が上がったのは、つい数時間前。なのに、もう放火だと判明し、犯人も分かり、王命がくだされるのは変だと思わない? あまりにも早すぎるわ。現場に居合わせた当家の者すら放火だとは知らないというのに……」

 ねえ? と執事に同意を求めると、彼は神妙な顔で「はい、おっしゃる通りです」と答えた。

「わたくしどもは火災の原因が放火だとは思っておりません。自然発火であるものと考えておりました。……いったい誰が、”放火”だなんて言い出したのです?」

 眉根を寄せて執事がそう問いかけるが、ずっと俯いたままで冷や汗をかいている兵士は黙ったままだった。
 他の者達は小声で「確かに、おかしいよな……」と囁き合っている。

「そもそも、あなた方はどうしてこんなにも早くここへ現れたの? しかも、火事が起きた直後に、まるで待ち構えていたかのように」

 その言葉に兵士たちは明らかに動揺を見せた。特に一人の兵士は落ち着かぬ様子で足をずらし、額から汗を垂らしていた。

「なにより……陛下は昨日から地方へ視察に出ておられ、不在なのですよ。王命はその名の通り、発令できるのは国王陛下ただのお一人だけ。……いったい、”誰”が私を逮捕するなどという王命をくだしたのでしょうね?」

 セシリアの毒を含んだような声音と言葉に兵士達は戸惑いの表情をさらけ出した。
 昨日より不在の国王が本日発生した火災の犯人に対して逮捕状を発するなど、あり得るはずがない。どう考えても時系列に無理がある。彼等はようやく今になって自分たちの行動が異常だったことに気づいたようだ。
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