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閑話 暗い瞳の兄
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「ご、ごめんなさい……私には無理……」
「へえ……この程度で諦める程度の”想い”なのか。そんな紙より薄っぺらな”愛”のせいで我が家はこんな災難に見舞われたというわけだ……。父上も母上も重傷を負い、女性使用人の大部分は襲撃を受けた屋敷で働くのは怖いと言って辞職していった。おかげで俺は急遽当主の座に就き、対応に追われる羽目となった」
恨みの滲む兄の声にキャサリンは何も返せず、ただ顔を青ざめさせて俯いていた。
兄が自分を責めているのが痛いほど伝わってくる。まるで「お前のせいだ」と言われているようで、それがキャサリンには堪えた。いや、”まるで”ではなく実際にそうなのだ。キャサリンがエリオットに再び近づきさえしなければ、ガーネット侯爵家はともかくとしてオニキス子爵家は王女の標的にされずにすんだ。両親が傷つくこともなかった。そう自覚した瞬間、キャサリンの目から涙がとめどなく溢れ出す。
「……お父様と、お母様は……」
涙と嗚咽に声を詰まらせながら、キャサリンはなんとかそれだけを口にした。
滞在中からキャサリンは自分が命を狙われた恐怖とエリオットと連絡がとれない不安に占められ、両親のことはいつの間にか二の次になっていたのだ。
いつも自分を大切にしてくれた両親が重傷だというのにそれを二の次にしていた。
そう気づいた瞬間、キャサリンは自分の薄情さに罪悪感を覚えた。
「今も病院に入院中だ。医者が言うには退院後も体の動きに支障が出るかもしれないそうだから、社交は難しいだろうな。領地で静養してもらう予定だし、本人たちも納得している」
「そんな……! お母様はあんなに社交がお好きだったのに……」
「……自業自得だろう。俺は何度も母上にお前を甘やかすなと忠告してきた。もっと厳しく教育すべきだともな。それを無視した結果、こうなったのだから文句は言えまい? 父上は母上の言いなりだったしな……。本人たちにも同じことを言ったら、今さらになってお前の育て方を後悔していたよ」
「………………ッ!!」
言外の非難が「両親がそうなったのはお前のせいだ」と告げていると鈍いキャサリンでも分かった。
反論したくとも出来ない。だって、実際兄の言う通りだから。
キャサリンがエリオットに再び近づきさえしなければ、両親はあんな目に遭うこともなかった。
今更ながらキャサリンの胸に後悔の念がじわじわと広がっていく。
「わ、わたしが……あの日、エリオットに手紙なんて渡さなければ……」
キャサリンの声は震え、言葉の先は涙に呑まれた。
つまらなそうにそれを眺める兄は妹の話を聞く気もなく「お前の今後の選択肢だが……」と説明し始める。
「結婚か、就職か、そのどちらかを選んでもらう。嫌ならエリオットのもとに強制的にでも行かせるが、どうする?」
「えっ……!? そ、そんな……急に言われても……」
妹がこんなにも泣いているのに慰めもせず淡々と用件をすませようとする兄に困惑し、顔をあげた。
すると冷たく暗い瞳と目が合い、恐怖でキャサリンは思わず声を詰まらせる。
「悪いが、お前に割ける時間は少ない。当主としての業務、退院後の両親が住む先の準備、新たな使用人の雇用。やることは山積みだ。人手も足りない」
暗に「我儘言うな」と釘を刺されたことを理解し、キャサリンは再び俯いた。だが、何か思いついたようでまた顔をバッとあげる。
「あの……だったら、お父様とお母様のお世話は私がするわ! それならお兄様も助かるでしょう?」
エリオットに対しての想いが複雑なうちに別の誰かに嫁ぐことは嫌だった。そして、貴族令嬢として蝶よ花よと育ってきた身で働くことにも抵抗がある。本当は以前と同じように住み慣れた屋敷で暮らしたいが、目の前の暗い瞳をした兄にそんなことを言えば身一つで放逐されてしまう恐れを本能的に感じ取っていた。
ならばせめて両親のお世話という名目で領地に住まわせてもらえばいいと思いついたのだが、それは兄にあっさりと拒否される。
「……ふん、お前に怪我人の世話などできるものか。無能な令嬢一人飼うより、専門の者を雇った方がよほど安上がりだ。お前は使えない分際で金がかかるからな。分かっていないようだから言うが、屋敷の修復と両親の治療費、使用人への退職金の支払いと出費がかかってしかたない。これ以上、我が家に負担を背負わせる気か?」
辛辣な言葉に言い返したくなったが、兄の異様なまでに無表情な顔を見ていると恐怖で何も言えなかった。
「ご……ごめんなさい」
「分かればいい。ちなみに、これが縁談相手の釣書だ。目を通せ」
兄の従者から差し出された複数の釣書を手に取り、ひとつひとつ目を通すうちにキャサリンは次第に顔色を失った。
「へえ……この程度で諦める程度の”想い”なのか。そんな紙より薄っぺらな”愛”のせいで我が家はこんな災難に見舞われたというわけだ……。父上も母上も重傷を負い、女性使用人の大部分は襲撃を受けた屋敷で働くのは怖いと言って辞職していった。おかげで俺は急遽当主の座に就き、対応に追われる羽目となった」
恨みの滲む兄の声にキャサリンは何も返せず、ただ顔を青ざめさせて俯いていた。
兄が自分を責めているのが痛いほど伝わってくる。まるで「お前のせいだ」と言われているようで、それがキャサリンには堪えた。いや、”まるで”ではなく実際にそうなのだ。キャサリンがエリオットに再び近づきさえしなければ、ガーネット侯爵家はともかくとしてオニキス子爵家は王女の標的にされずにすんだ。両親が傷つくこともなかった。そう自覚した瞬間、キャサリンの目から涙がとめどなく溢れ出す。
「……お父様と、お母様は……」
涙と嗚咽に声を詰まらせながら、キャサリンはなんとかそれだけを口にした。
滞在中からキャサリンは自分が命を狙われた恐怖とエリオットと連絡がとれない不安に占められ、両親のことはいつの間にか二の次になっていたのだ。
いつも自分を大切にしてくれた両親が重傷だというのにそれを二の次にしていた。
そう気づいた瞬間、キャサリンは自分の薄情さに罪悪感を覚えた。
「今も病院に入院中だ。医者が言うには退院後も体の動きに支障が出るかもしれないそうだから、社交は難しいだろうな。領地で静養してもらう予定だし、本人たちも納得している」
「そんな……! お母様はあんなに社交がお好きだったのに……」
「……自業自得だろう。俺は何度も母上にお前を甘やかすなと忠告してきた。もっと厳しく教育すべきだともな。それを無視した結果、こうなったのだから文句は言えまい? 父上は母上の言いなりだったしな……。本人たちにも同じことを言ったら、今さらになってお前の育て方を後悔していたよ」
「………………ッ!!」
言外の非難が「両親がそうなったのはお前のせいだ」と告げていると鈍いキャサリンでも分かった。
反論したくとも出来ない。だって、実際兄の言う通りだから。
キャサリンがエリオットに再び近づきさえしなければ、両親はあんな目に遭うこともなかった。
今更ながらキャサリンの胸に後悔の念がじわじわと広がっていく。
「わ、わたしが……あの日、エリオットに手紙なんて渡さなければ……」
キャサリンの声は震え、言葉の先は涙に呑まれた。
つまらなそうにそれを眺める兄は妹の話を聞く気もなく「お前の今後の選択肢だが……」と説明し始める。
「結婚か、就職か、そのどちらかを選んでもらう。嫌ならエリオットのもとに強制的にでも行かせるが、どうする?」
「えっ……!? そ、そんな……急に言われても……」
妹がこんなにも泣いているのに慰めもせず淡々と用件をすませようとする兄に困惑し、顔をあげた。
すると冷たく暗い瞳と目が合い、恐怖でキャサリンは思わず声を詰まらせる。
「悪いが、お前に割ける時間は少ない。当主としての業務、退院後の両親が住む先の準備、新たな使用人の雇用。やることは山積みだ。人手も足りない」
暗に「我儘言うな」と釘を刺されたことを理解し、キャサリンは再び俯いた。だが、何か思いついたようでまた顔をバッとあげる。
「あの……だったら、お父様とお母様のお世話は私がするわ! それならお兄様も助かるでしょう?」
エリオットに対しての想いが複雑なうちに別の誰かに嫁ぐことは嫌だった。そして、貴族令嬢として蝶よ花よと育ってきた身で働くことにも抵抗がある。本当は以前と同じように住み慣れた屋敷で暮らしたいが、目の前の暗い瞳をした兄にそんなことを言えば身一つで放逐されてしまう恐れを本能的に感じ取っていた。
ならばせめて両親のお世話という名目で領地に住まわせてもらえばいいと思いついたのだが、それは兄にあっさりと拒否される。
「……ふん、お前に怪我人の世話などできるものか。無能な令嬢一人飼うより、専門の者を雇った方がよほど安上がりだ。お前は使えない分際で金がかかるからな。分かっていないようだから言うが、屋敷の修復と両親の治療費、使用人への退職金の支払いと出費がかかってしかたない。これ以上、我が家に負担を背負わせる気か?」
辛辣な言葉に言い返したくなったが、兄の異様なまでに無表情な顔を見ていると恐怖で何も言えなかった。
「ご……ごめんなさい」
「分かればいい。ちなみに、これが縁談相手の釣書だ。目を通せ」
兄の従者から差し出された複数の釣書を手に取り、ひとつひとつ目を通すうちにキャサリンは次第に顔色を失った。
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