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閑話 その後のキャサリン
「え? お兄様、今、なんて……」
「聞こえなかったか? 屋敷に戻ることは許さんと言ったんだ。今からいくつかの縁談先を挙げる。どこに嫁ぐかはお前が決めていいぞ」
「な……何それ!? 何でそんなことになるの? 意味分かんない! 私はエリオットの妻になるのよ!?」
「……そのエリオット様、いや……もうただのエリオットか。彼は平民落ちして強制労働所へと連れて行かれた。そんな相手にどうやって嫁ぐつもりだ?」
「は……? 平民? 強制労働所? な、なにを言っているの、お兄様……」
兄の言葉の意味が飲み込めず、キャサリンはかすれた声を漏らし、目を見開いたまま凍りついた。
ここは、王都の中心から離れた古びたホテルの一室。
オニキス子爵家襲撃事件以降、キャサリンは身の安全を考慮した兄の指示で屋敷ではなくこの場所に身を潜めていた。自分の身が狙われているという恐怖にただひたすら震える日々の中、ようやく兄が迎えに来てくれたと思ったのに、とんでもないことを告げられ、キャサリンは理解が追いつかない。
「エリオットが王女を誑かしたせいでガーネット侯爵家は放火され、我が家も襲撃されたんだ。それくらいの処罰は当然だろう」
「え? エリオットが王女を誑かした……?」
「ああ、そこから知らないのか。なら教えてやる。どちらの事件もエリオットが元凶だ。奴が王女に気を持たせたせいで、暴走した王女がセシリア夫人を始末しようと屋敷に火をつけた。そして、恋人のお前も始末しようと襲撃者を差し向けたんだ。その結果、ガーネット侯爵家は全焼し、我が家では父上と母上が重傷を負った。歴史上、類を見ないほどの最悪の事件だ。他国の王族が、我が国の貴族家を害するなんてな……前代未聞だよ」
初めて知らされた事実にキャサリンはショックのあまり固まった。
妹のその反応を兄は冷めた顔で眺めている。
あの、オニキス子爵家が襲撃を受けた日、嫡男であるキャサリンの兄はたまたま視察のため遠方におり、難を逃れた。報せを受け、急いで戻った彼が見たのは荒らされた屋敷と変わり果てた両親の姿。「どうしてこんなことに……」と嘆く間もなく事態の対応に追われ、犯人に狙われているキャサリンの身を案じた兄は彼女を屋敷の外へと匿った。そうして間を置かずして王家から実行犯が捕まったとの報せが入り、それがなんと留学中の王女の手によるものだと知り衝撃を受けた。
どうして王家がこうも早く実行犯を捕まえ、それを報せてくれたのかも気になったが、それよりも他国の王女が子爵家を狙ったことに驚いた。なぜ、しがない下位貴族の家が王族に狙われたのか……と思ったら、その原因はなんと妹の恋人であるガーネット侯爵にあったという。妻帯者でありながらキャサリンに手を出した不誠実な男は、あろうことか留学中の王女にも言い寄った。その気になった王女が暴走し、彼の妻と恋人を害しようとしたという、信じがたいほど身勝手な動機に怒りで身が震えた。
それを聞いた兄は「あの男……」と顔をしかめ、エリオットに対して憤ると同時に、そんな男に執着して体の関係までもった妹を呪った。婚約を破棄されたのなら、さっさと諦めて別の相手に嫁いでいればこんな厄介ごとに我が家が巻き込まれることもなかったのに。
「よかったな。ガーネット侯爵家に滞在していたおかげで襲撃を免れたのだぞ。もしも屋敷にいたら今頃お前の命は無かっただろうよ。セシリア夫人のお慈悲に感謝することだ」
驚くことに夫の恋人を次期侯爵夫人に相応しいよう教育すると言って、セシリアがキャサリンをガーネット侯爵家で預かってくれたおかげで難を逃れた。兄からその事実を知らされたキャサリンは瞬時に顔から血の気が引いた。
「……だがな、そもそもお前がエリオットに執着し、復縁しようと望んだことが原因なんだぞ? 俺は再三お前に注意したよな。いくら元婚約者とはいえ、既婚者相手に体を許すなどとんでもなくふしだらでみっともないと。他人の夫に手出しするような女に碌な末路は待っていないと。そして……必ず報いを受けると。どうだ? 当たっているだろう?」
そう告げる兄の瞳に笑みはなかった。まるで――あの惨劇はお前のせいだ、と言われているよう。
キャサリンは息苦しさを覚え、思わず目を逸らした。
「ちが……そんなつもりじゃなかった。だって、私はエリオットがどうしても諦めきれなくて……」
「ふん、そうか。ならいいんだぞ、平民落ちした挙句に罪人となったエリオットと添い遂げても。まあ……奴は強制労働所にある塀の外へ出ることは許されないし、お前だってその場所に立ち入ることが許されるのは週に一度の面会のみだ。しかもガラス越しのな。それでもいいなら勝手に結婚でも何でもするといい。だが、お前をこのまま我が家に住まわすことは許可しないから、強制労働所近くに家でも探して勝手に住め。もちろん生活資金も出さないから自活することになるし、身の回りの一切も自分でやることだな」
「えっ……? む、無理よ、そんなの!」
炊事も家事もしたことがない貴族の令嬢が一人で生活できるはずもない。しかも、お金を稼ぐなんてもっと無理だ。おまけに強制労働所から出られない相手と結婚など到底考えられない。いくら好いていても無理だと、そうキャサリンは迷うことなく結論を下した。
「どうしてだ? 諦めきれなかった相手なんだろう、エリオットは。妻から下品な手を使ってまで略奪したかったほど愛した男なんだろう? なら、望み通り添い遂げればいいじゃないか……」
暗い瞳で嗤う兄。その姿にキャサリンは――ああ、この人は本気で怒っているんだ、と気づき、恐怖で全身が震えた。
「聞こえなかったか? 屋敷に戻ることは許さんと言ったんだ。今からいくつかの縁談先を挙げる。どこに嫁ぐかはお前が決めていいぞ」
「な……何それ!? 何でそんなことになるの? 意味分かんない! 私はエリオットの妻になるのよ!?」
「……そのエリオット様、いや……もうただのエリオットか。彼は平民落ちして強制労働所へと連れて行かれた。そんな相手にどうやって嫁ぐつもりだ?」
「は……? 平民? 強制労働所? な、なにを言っているの、お兄様……」
兄の言葉の意味が飲み込めず、キャサリンはかすれた声を漏らし、目を見開いたまま凍りついた。
ここは、王都の中心から離れた古びたホテルの一室。
オニキス子爵家襲撃事件以降、キャサリンは身の安全を考慮した兄の指示で屋敷ではなくこの場所に身を潜めていた。自分の身が狙われているという恐怖にただひたすら震える日々の中、ようやく兄が迎えに来てくれたと思ったのに、とんでもないことを告げられ、キャサリンは理解が追いつかない。
「エリオットが王女を誑かしたせいでガーネット侯爵家は放火され、我が家も襲撃されたんだ。それくらいの処罰は当然だろう」
「え? エリオットが王女を誑かした……?」
「ああ、そこから知らないのか。なら教えてやる。どちらの事件もエリオットが元凶だ。奴が王女に気を持たせたせいで、暴走した王女がセシリア夫人を始末しようと屋敷に火をつけた。そして、恋人のお前も始末しようと襲撃者を差し向けたんだ。その結果、ガーネット侯爵家は全焼し、我が家では父上と母上が重傷を負った。歴史上、類を見ないほどの最悪の事件だ。他国の王族が、我が国の貴族家を害するなんてな……前代未聞だよ」
初めて知らされた事実にキャサリンはショックのあまり固まった。
妹のその反応を兄は冷めた顔で眺めている。
あの、オニキス子爵家が襲撃を受けた日、嫡男であるキャサリンの兄はたまたま視察のため遠方におり、難を逃れた。報せを受け、急いで戻った彼が見たのは荒らされた屋敷と変わり果てた両親の姿。「どうしてこんなことに……」と嘆く間もなく事態の対応に追われ、犯人に狙われているキャサリンの身を案じた兄は彼女を屋敷の外へと匿った。そうして間を置かずして王家から実行犯が捕まったとの報せが入り、それがなんと留学中の王女の手によるものだと知り衝撃を受けた。
どうして王家がこうも早く実行犯を捕まえ、それを報せてくれたのかも気になったが、それよりも他国の王女が子爵家を狙ったことに驚いた。なぜ、しがない下位貴族の家が王族に狙われたのか……と思ったら、その原因はなんと妹の恋人であるガーネット侯爵にあったという。妻帯者でありながらキャサリンに手を出した不誠実な男は、あろうことか留学中の王女にも言い寄った。その気になった王女が暴走し、彼の妻と恋人を害しようとしたという、信じがたいほど身勝手な動機に怒りで身が震えた。
それを聞いた兄は「あの男……」と顔をしかめ、エリオットに対して憤ると同時に、そんな男に執着して体の関係までもった妹を呪った。婚約を破棄されたのなら、さっさと諦めて別の相手に嫁いでいればこんな厄介ごとに我が家が巻き込まれることもなかったのに。
「よかったな。ガーネット侯爵家に滞在していたおかげで襲撃を免れたのだぞ。もしも屋敷にいたら今頃お前の命は無かっただろうよ。セシリア夫人のお慈悲に感謝することだ」
驚くことに夫の恋人を次期侯爵夫人に相応しいよう教育すると言って、セシリアがキャサリンをガーネット侯爵家で預かってくれたおかげで難を逃れた。兄からその事実を知らされたキャサリンは瞬時に顔から血の気が引いた。
「……だがな、そもそもお前がエリオットに執着し、復縁しようと望んだことが原因なんだぞ? 俺は再三お前に注意したよな。いくら元婚約者とはいえ、既婚者相手に体を許すなどとんでもなくふしだらでみっともないと。他人の夫に手出しするような女に碌な末路は待っていないと。そして……必ず報いを受けると。どうだ? 当たっているだろう?」
そう告げる兄の瞳に笑みはなかった。まるで――あの惨劇はお前のせいだ、と言われているよう。
キャサリンは息苦しさを覚え、思わず目を逸らした。
「ちが……そんなつもりじゃなかった。だって、私はエリオットがどうしても諦めきれなくて……」
「ふん、そうか。ならいいんだぞ、平民落ちした挙句に罪人となったエリオットと添い遂げても。まあ……奴は強制労働所にある塀の外へ出ることは許されないし、お前だってその場所に立ち入ることが許されるのは週に一度の面会のみだ。しかもガラス越しのな。それでもいいなら勝手に結婚でも何でもするといい。だが、お前をこのまま我が家に住まわすことは許可しないから、強制労働所近くに家でも探して勝手に住め。もちろん生活資金も出さないから自活することになるし、身の回りの一切も自分でやることだな」
「えっ……? む、無理よ、そんなの!」
炊事も家事もしたことがない貴族の令嬢が一人で生活できるはずもない。しかも、お金を稼ぐなんてもっと無理だ。おまけに強制労働所から出られない相手と結婚など到底考えられない。いくら好いていても無理だと、そうキャサリンは迷うことなく結論を下した。
「どうしてだ? 諦めきれなかった相手なんだろう、エリオットは。妻から下品な手を使ってまで略奪したかったほど愛した男なんだろう? なら、望み通り添い遂げればいいじゃないか……」
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