初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

文字の大きさ
5 / 165

義母の奮闘

しおりを挟む
「うーん……なに? うるさ…………」

 騒動の最中もずっと眠ったままだったイザベラが目を覚ました。
 ぼやけた視界には一晩中振り回してくれた嫁のセシリアと、涙を流しながら跪き許しを請う使用人一同の姿が映る。

「え? 何、これ……。どういう状況……?」

「あら? お義母様、おはようございます。昨夜はよく眠れました?」

「朝方まで付き合わせたくせに白々しいこと言わないでよ……って、え? 何? 何で家令が倒れているの!?」

 よくよく見ると壁の端に家令が倒れていた。
 イザベラにとってはいけ好かない相手ではあるが、流石に倒れているとなれば驚いてしまうのも当然のこと。

 起き抜けに訳の分からない状況を目撃して慌てるイザベラにセシリアは可憐な笑みを向けた。

「御免あそばせ、お義母様。みっともないところをお見せしました。お目汚しになりますので別室にて済ませますね」

 先程とんでもなく凶悪な平手打ちを繰り出した人と同一人物とは思えないほどの可愛らしい笑みを義理の母に向けるセシリア。そのギャップに使用人一同は別の意味で心臓を高鳴らせた。主に恐怖で。

「いや……だから、いったい何をしていたのよ!? どういう状況か説明してよ?」

「はい、使用人に折檻をしている最中でございます。昨晩、旦那様が外出したのをこの者達は知っていてわざと私に伝えなかったのです。お義母様が来て下さらなかったら、私は一晩中暗い部屋で来ない夫を待ち続けなければなりませんでした。考えただけで惨めで悲しいですわ……」

「あんた、ちっとも悲しんでなかったじゃないの……」

「いいえ、悲しかったですよ? 食事に嫌いなメニューが出された時よりも下くらいには」

「それってそこまで悲しくないわよね!? それに、折檻って言ったら普通は鞭で手を叩くとかじゃないの……? 大の男一人が倒れるほど何をしたわけ……?」

「いやですわ、お義母様。鞭だなんてそんな野蛮な……。わたくしは平手打ちを一回しただけですよ?」

「平手打ちでこんな惨劇は起きないでしょう!?」

「そうはおっしゃられましても、事実ですし……。あ、何でしたらもう一回やってみますので、どうぞご覧ください」

 そう言ってセシリアは一番近くにいた若い執事の首根っこを軽々と掴み、自分の元へと引き寄せた。

「ヒイイイイッ!? 奥様、お許しください……! 奥様……!」

 涙やら鼻水やら汗やら顔中から液体を垂れ流して懇願する執事。
 それに一切反応することなく、セシリアは再び右手を大きく振りかざした。

「えっ!? ちょっ……ちょっと待って! 待ちなさい!」

 目の前で惨劇が繰り広げられようとしているのを察したイザベラは慌ててセシリアを制止しようと声を荒げた。

「はい。如何なさいましたか、お義母様?」

 執事の懇願は無視したセシリアだが、イザベラの言う事には素直に従った。

「いや、あんた今何をしようとしているのよ!?」

「何って……そこに転がっている家令がどのようにしてそうなったかを実際にお見せしようと……」

「いや、しなくていい、しなくていいから!」

 さも当然のように言うセシリアにイザベラは声を荒げた。
 外見はどう見ても深窓の令嬢だというのに、やろうとしていることはまるで破落戸のそれだ。そんなほっそりとした腕でどうやって大の男を床に沈めたのかという疑問は沸くが、それよりもまず止めなくてはと必死だった。

「さようでございますか。では、別室にて折檻の続きをして参ります」

 執事の首根っこを掴んだまま部屋の外へと向かおうとするセシリアをイザベラは慌てて止めた。

「お待ちなさい! ぼ、暴力は……暴力は駄目よ!」

「え? 何故ですか?」

 本気で分からないというようにキョトンとするセシリア。
 その反応にイザベラは一瞬自分の方が間違ったことを言ってしまったかのような錯覚にとらわれたが、すぐにその考えを頭から振り払った。

「何故って……ほ、ほら、わたくし達を世話する者がいなくては不便でしょう? メイドや執事がそこの家令みたいな状態になったら誰がわたくし達の世話をするの?」

 イザベラは必死だった。暴力を振るわせないよう、それはもう必死に嫁を説得しようと試みた。周囲にはそんなイザベラに縋るような視線を送る使用人達。その顔は涙に濡れ、床に膝をつけて神に祈るような体勢をとっている。

 嫁が使用人に折檻しようとするのを止める姑、というよりも人質をとった凶悪犯を説得しようとする衛兵のよう。その場は言いようのない緊張感に包まれていた。

「それもそうですね……。しかし、やはりケジメはつけたほうが……」

「そ……それは、わたくしの方でやっておきます! 嫁の分際で出しゃばるのは止めてほしいわね!」

 気圧されては駄目だ、とばかりに精一杯虚勢を張ろうとするイザベラ。
 使用人達は自分達を守ろうとする彼女の奮闘に感動し、床に涙を零した。

「まあ……! 確かにお義母様のおっしゃる通りですね! 私ったら出しゃばってお恥ずかしい……」
素直に聞いてくれたセシリアにイザベラは安堵した。

 それにしても、先程まで破落戸のような行動に出ようとしていた者と同一人物とは思えないほどセシリアの恥ずかしがる様は可憐だった。日焼けを知らぬ白い頬には恥じらいによりじんわりと赤みが差し、薔薇色の唇はきゅっと結ばれ、白魚のような指先で頬に触れる。
 
 その様子は、まるで風に揺れる花びらのように儚く、しかしどこか可愛らしい羞じらいに満ちていた。それだけを見れば可憐な深窓の姫君という表現がぴったりだ。

「ふ、ふん! 分かればいいのよ! さ、早く着替えて朝食をとるわよ」

「あら、いいですね。そういえばずっと寝間着のままでしたわ……お恥ずかしい」

「そうよ、淑女がみっともなくてよ! ほら、メイド達はさっさと着替えの準備に取り掛かりなさい!」

 イザベラがそう促すと、メイド達は嬉しそうに「はい! 畏まりました!」と返事をする。その表情には赦しを得た安堵が浮かんでいた。

 イザベラの心臓は鼓膜のすぐ近くで鳴っているかのようにうるさく響く。
 けれど、彼女は精一杯の虚勢を張ってそんな自分を周囲に気づかせぬようにした。

 セシリアはどうか分からないが、使用人達はそんなイザベラの強がる様子に気づいていた。日頃彼女に対してそんなに褒められた対応をしてこなかった自分達を、一生懸命守ろうとしてくれている健気な姿に感動し、自然と拝むような姿勢をとる。

 彼女だって恐怖にさらされているはずだった。昨日当主が迎えた花嫁は間違いなく脅威に成り得る存在。ただの貴婦人にすぎない、特別な力も権力も持ち合わせていないイザベラだって怖いに決まっている。だが、彼女は怯えながらもその目はまっすぐに驚異的な花嫁へと向けていた。恐怖で掠れた声で花嫁を説得し、これ以上の暴力を止めてくれた。

 その姿はまさに、暗闇に射す一条の光。あるいは、この世に舞い降りた天使。はたまた混沌の世界に現れた救世主のよう。
 
 この日から使用人達のイザベラに対する態度が一変したのは言うまでもない。
 それまでは先代の金目当てで嫁いだ悪女としか思っておらず、先代亡き後もここに居座る厄介な女だと迷惑がっていた。

 だが、こうして体を張って自分達を守ってくれた。冷遇してきた自分達を。
 その強く美しい行動に感動し、彼等はイザベラに忠誠を誓うのだった……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【完結済】王女に夢中な婚約者様、さようなら 〜自分を取り戻したあとの学園生活は幸せです! 〜

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
王立学園への入学をきっかけに、領地の屋敷から王都のタウンハウスへと引っ越した、ハートリー伯爵家の令嬢ロザリンド。婚約者ルパートとともに始まるはずの学園生活を楽しみにしていた。 けれど現実は、王女殿下のご機嫌を取るための、ルパートからの理不尽な命令の連続。 「かつらと黒縁眼鏡の着用必須」「王女殿下より目立つな」「見目の良い男性、高位貴族の子息らと会話をするな」……。 ルパートから渡された「禁止事項一覧表」に縛られ、ロザリンドは期待とは真逆の、暗黒の学園生活を送ることに。 そんな日々の中での唯一の救いとなったのは、友人となってくれた冷静で聡明な公爵令嬢、ノエリスの存在だった。 学期末、ロザリンドはついにルパートの怒りを買い、婚約破棄を言い渡される。 けれど、深く傷つきながら長期休暇を迎えたロザリンドのもとに届いたのは、兄の友人であり王国騎士団に属する公爵令息クライヴからの婚約の申し出だった。 暗黒の一学期が嘘のように、幸せな長期休暇を過ごしたロザリンド。けれど新学期を迎えると、エメライン王女が接触してきて……。 ※10万文字超えそうなので長編に変更します。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

実兄の嘘で悪女にされた気の毒な令嬢は、王子に捨てられました

恋せよ恋
恋愛
「お前が泣いて縋ったから、この婚約を結んでやったんだ」 婚約者である第一王子エイドリアンから放たれたのは、 身に覚えのない侮蔑の言葉だった。 10歳のあの日、彼が私に一目惚れして跪いたはずの婚約。 だが、兄ヘンリーは、隣国の魔性の王女フローレンスに毒され、 妹の私を「嘘つきの悪女」だと切り捨てた。 婚約者も、兄も、居場所も、すべてを奪われた私、ティファニー16歳。 学園中で嘲笑われ、絶望の淵に立たされた私の手を取ったのは、 フローレンス王女の影に隠れていた隣国の孤高な騎士チャールズだった。 「私は知っています。あなたが誰よりも気高く、美しいことを」 彼だけは、私の掌に刻まれた「真実の傷」を見てくれた。 捨てられた侯爵令嬢は、裏切った男たちをどん底へ叩き落とす! 痛快ラブ×復讐劇、ティファニーの逆襲が始まる! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

処理中です...