初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち

文字の大きさ
52 / 165

採用

しおりを挟む
「なにをおっしゃっているのか……私にはさっぱり分かりません」

「あなたは嘘が下手なのね。目が泳いでいてよ。それでは”嘘”ですと言っているようなものだわ」

 その声にはとげひとつなく、顔には慈愛すら感じさせる柔らかな微笑みが浮かんでいる。
 だが、その目は笑っていない。猛禽類を思わせるような鋭い視線にロベールはたじろいだ。

「いえ、そのようなことは決してございません」

 彼は笑みを貼りつけたまま、膝の上で組んだ手にぐっと力を込めた。
 顔がひくついているのが自分でも分かる。当然、それを目の前の女主人が見逃すはずもなかった。

「いいのよ、別に咎めているわけではないのだから。むしろ協力するつもりよ。オニキス子爵夫人から言われなかった? 私が協力するだろうということを……」

 彼の喉がごくりと鳴る。
 セシリアはそれを聞き逃さず、瞳に愉しげな光を宿した。

「あなたがオニキス子爵夫人の手の者であるのなら、これ以上、先程のような形だけの面接を続けるつもりはないわ。あれはあの場にいた執事に怪しまれないように、それっぽいことを聞いただけだから。で、どうなの?」

 セシリアの問いにロベールは目を泳がせると、観念したかのように小さく頷いた。

「お察しの通り、私は──オニキス子爵夫人より遣わされてまいりました。目的は、ガーネット侯爵閣下とキャサリンお嬢様を上手く接触させるよう動くこと。流石のご慧眼、恐れ入ります……」

 言いながら、冷や汗が頬を伝っていくのが自分でもわかった。
 
 彼は本当の雇い主であるオニキス子爵夫人からガーネット侯爵夫人セシリアが協力してくれる旨など聞いていない。あらかじめ教えてくれていれば、こんな思いをしないで済んだのに……。彼は胸の内でオニキス子爵夫人にひそかに毒づいた。

「……どうして、私が間者であると分かったのですか? 何もおかしなことは言っていなかったはずですが……」

「あなたはそうね。ただ、調査書に記載されていた、あなたの前の主人の家名……あれってオニキス子爵夫人の実家の名よね? それで分かったのよ」

「えっ……!?」

 たかが子爵夫人の実家がどこかということを、侯爵夫人が知っていたことにロベールは驚きの声をあげる。
 そんな彼の心の内を読んだかのようにセシリアは「オニキス子爵家に関わることは予め頭に入れておいたのよ」と微笑んだ。

「情報は小さなものでも頭に入れておきなさい、と父からよく言い聞かされたわ。今回それが役立ってよかった。でなければ、あなたをオニキス子爵夫人の手の者だと分からず、適切な配置が出きなかったでしょうから……」

「適切な配置……とは」

「勿論、ガーネット侯爵家当主の側仕えに任命することよ。それが最善の方法でしょう?」

 彼女の言うことはもっともだった。目的を果たすためには対象の傍に仕える方法が一番よい。
 だが、彼女はそれでいいのだろうかと疑問が湧く。自分の夫に他所の女を近づけるなんて、普通は迷惑であるはずだろうに。

 しかし、目の前の若いのにやたら威圧感のある女主人にそれを聞く勇気はない。

「それでは、明日からあなたは当主の側仕えとして動きなさい。執事の方には私から言っておきます」

「……あの、新人がいきなり当主付きになどなれるのでしょうか?」

「さあね。他家がどうかは知らないけど、この家での人事権は女主人である私にあるもの。文句など言わせないわ」

 ロベールは頷くしかなかった。
 初対面の自分でさえこの女主人の事が何故か死ぬほど怖いのだ。ならば、今いる使用人達もそうであろうことは想像に難くない。

 セシリアはゆっくりと立ち上がり、ロベールの目の前に一歩近づくと、低く、耳打ちするように囁いた。

「……そうそう、一日の終わりに結果報告は必ずするのよ。オニキス子爵夫人ではなく、私にね。一切の情報も漏らすことのないように……」

 その声音は、氷の刃と甘い毒が絡み合ったよう。
 ロベールは必死に首を上下に振って頷く以外は出来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

【完結】無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !

恋せよ恋
ファンタジー
 富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。  もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、  本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。  ――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。  その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、  不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。  十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。  美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、  いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。  これは、  見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、  無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 エール📣いいね❤️励みになります!

処理中です...