14 / 86
密偵
しおりを挟む
「お休み中、失礼いたします。姫様、ルナにございます。お伝えしたきことがございますので、少々お時間よろしいでしょうか?」
ふと、部屋の扉の向こうから侍女の声が聞こえた。
「……分かったわ、少し待ってくれる?」
扉の外にいる侍女にそう告げ、ジュリアーナは青年の方へと顔を向ける。
「魔女様、用事が出来ましたので申し訳ありませんが本日は……」
「そうか、残念だけどまた会いにくるよ」
青年はジュリアーナが言わんとしていることを察し、再び鏡の方へと向かう。
去り際にジュリアーナの手を取り、そこに口づけを落とした。
美青年に恭しく手の甲に口づけされても心が揺れることは無い。
それがどこか申し訳なく感じ、それと同時に悲しくもなる。
青年が鏡の向こうへと消えたのを確認した後、気を取り直し侍女に入室の許可を出した。
「姫様におかれましてはご機嫌麗しく」
「ご苦労様、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。それで、どうだったかしら?」
「はい、殿下の読み通りでございます。ダニエル・オーガスタが当主の座にいることを一族の者は反対しているようですね」
淡々と報告する侍女はジュリアーナがオーガスタ家に潜り込ませた密偵だ。
名をルナという。
「そう……やっぱり。ということは別に当主として推薦する者がいるのね?」
「左様にございます。オーガスタ家の次の後継者に先代の弟君の御子息の名があがっております。ダニエル卿にとっては従弟にあたりますね。クリストファー様とおっしゃるのですが、まだ13才でありながら利発的で文武共に優れた御方です。クリストファー様の母君は侯爵家のご令嬢でして、血筋も後ろ盾も申し分ありません」
ダニエルが牽制したい相手は従弟だということが判明した。
やはり兄と同じように自分の地位を脅かす者への牽制の為に高位の身分である女性を娶ろうとしたようだ。
権力者というのは己の立場を脅かされることを何より恐れる。
ダニエルはその従弟への牽制として王女という最高位の後ろ盾を得ようとしたのか。
しかし……
「本来であれば嫡男であるダニエルが家督を継ぐのが普通よね? いくら従弟の母君の身分が高いとはいえ、先代の実子の方が継承権は上でしょう?」
継承権は何より当主の実子が優先されるもの。
なのに一族がダニエルよりもその従弟を推奨し、ダニエル自身も自分の地位が脅かされることを恐れているのは何故なのか。まあ、大体想像はつくのだが……
「はい、おっしゃる通りです。普通であれば直系が継ぐことを反対しないものです。ですが、ダニエル卿は普通ではありません。私から見ましても非常識が過ぎます……」
ルナは嫌そうに顔を顰め、ダニエルが如何に非常識かを伝えた。
「先代夫妻がご存命の頃より平民の愛人に入れ込んでいて、先代が亡くなってすぐ邸に住まわせたようです。愛人がいること自体は貴族として珍しくありませんが、邸に住まわせるなんて非常識だし有り得ません。そんなことしていたらとても正式な貴族の妻なんて迎え入れられないでしょうし、オーガスタ家の品位が疑われてしまいます。 あの方はどうも頭の中がお花畑になっているようですね。それが原因で一族から家督をクリストファー様に譲るべきだとずっと言われているようです」
ルナの話を聞いて改めて思う。あの男はどうも思考が短絡的で浅はかだと。
貴族の当主としての責務を果たすならしかるべき身分の令嬢を妻とし、愛人は外で囲うべきだ。それが出来ないのなら家督を譲り平民となって愛人と結婚し、慎ましく暮らせばいい。どちらも選ばず愛人を妻扱いしてなおかつ当主の座も渡したくないなんて子供の我儘のようだ。
「なるほど、その従弟に対抗するなら母君以上の身分の妻を娶り、その家に後ろ盾になってもらうしかないでしょうね。……まあ、それもその妻を蔑ろにしなければの話だけど」
せっかく王族の姫を娶り侯爵家に対抗できる後ろ盾を手に入れたというのに、蔑ろにした挙句に殺そうとする始末。まともな人間ならばそんな愚かなことはしない。おまけに愛人の子をジュリアーナが産んだことにするだなんて無理がある。
ふと、部屋の扉の向こうから侍女の声が聞こえた。
「……分かったわ、少し待ってくれる?」
扉の外にいる侍女にそう告げ、ジュリアーナは青年の方へと顔を向ける。
「魔女様、用事が出来ましたので申し訳ありませんが本日は……」
「そうか、残念だけどまた会いにくるよ」
青年はジュリアーナが言わんとしていることを察し、再び鏡の方へと向かう。
去り際にジュリアーナの手を取り、そこに口づけを落とした。
美青年に恭しく手の甲に口づけされても心が揺れることは無い。
それがどこか申し訳なく感じ、それと同時に悲しくもなる。
青年が鏡の向こうへと消えたのを確認した後、気を取り直し侍女に入室の許可を出した。
「姫様におかれましてはご機嫌麗しく」
「ご苦労様、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。それで、どうだったかしら?」
「はい、殿下の読み通りでございます。ダニエル・オーガスタが当主の座にいることを一族の者は反対しているようですね」
淡々と報告する侍女はジュリアーナがオーガスタ家に潜り込ませた密偵だ。
名をルナという。
「そう……やっぱり。ということは別に当主として推薦する者がいるのね?」
「左様にございます。オーガスタ家の次の後継者に先代の弟君の御子息の名があがっております。ダニエル卿にとっては従弟にあたりますね。クリストファー様とおっしゃるのですが、まだ13才でありながら利発的で文武共に優れた御方です。クリストファー様の母君は侯爵家のご令嬢でして、血筋も後ろ盾も申し分ありません」
ダニエルが牽制したい相手は従弟だということが判明した。
やはり兄と同じように自分の地位を脅かす者への牽制の為に高位の身分である女性を娶ろうとしたようだ。
権力者というのは己の立場を脅かされることを何より恐れる。
ダニエルはその従弟への牽制として王女という最高位の後ろ盾を得ようとしたのか。
しかし……
「本来であれば嫡男であるダニエルが家督を継ぐのが普通よね? いくら従弟の母君の身分が高いとはいえ、先代の実子の方が継承権は上でしょう?」
継承権は何より当主の実子が優先されるもの。
なのに一族がダニエルよりもその従弟を推奨し、ダニエル自身も自分の地位が脅かされることを恐れているのは何故なのか。まあ、大体想像はつくのだが……
「はい、おっしゃる通りです。普通であれば直系が継ぐことを反対しないものです。ですが、ダニエル卿は普通ではありません。私から見ましても非常識が過ぎます……」
ルナは嫌そうに顔を顰め、ダニエルが如何に非常識かを伝えた。
「先代夫妻がご存命の頃より平民の愛人に入れ込んでいて、先代が亡くなってすぐ邸に住まわせたようです。愛人がいること自体は貴族として珍しくありませんが、邸に住まわせるなんて非常識だし有り得ません。そんなことしていたらとても正式な貴族の妻なんて迎え入れられないでしょうし、オーガスタ家の品位が疑われてしまいます。 あの方はどうも頭の中がお花畑になっているようですね。それが原因で一族から家督をクリストファー様に譲るべきだとずっと言われているようです」
ルナの話を聞いて改めて思う。あの男はどうも思考が短絡的で浅はかだと。
貴族の当主としての責務を果たすならしかるべき身分の令嬢を妻とし、愛人は外で囲うべきだ。それが出来ないのなら家督を譲り平民となって愛人と結婚し、慎ましく暮らせばいい。どちらも選ばず愛人を妻扱いしてなおかつ当主の座も渡したくないなんて子供の我儘のようだ。
「なるほど、その従弟に対抗するなら母君以上の身分の妻を娶り、その家に後ろ盾になってもらうしかないでしょうね。……まあ、それもその妻を蔑ろにしなければの話だけど」
せっかく王族の姫を娶り侯爵家に対抗できる後ろ盾を手に入れたというのに、蔑ろにした挙句に殺そうとする始末。まともな人間ならばそんな愚かなことはしない。おまけに愛人の子をジュリアーナが産んだことにするだなんて無理がある。
1,472
あなたにおすすめの小説
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?
雨雲レーダー
恋愛
侯爵令嬢クラリスは、王太子ユリウスから一方的に婚約破棄を告げられる。
理由は、平民の美少女リナリアに心を奪われたから。
クラリスはただ微笑み、こう返す。
「そんなに好きなら、そっちへ行けば?」
そうして物語は終わる……はずだった。
けれど、ここからすべてが狂い始める。
*完結まで予約投稿済みです。
*1日3回更新(7時・12時・18時)
【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。
「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」
ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで
雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。
※王国は滅びます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる