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嗤う女
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「アニー様? どうなさったのです?」
心配そうにこちらを見つめるセイラの顔が不審に思えて仕方がない。
アニーは恐怖でますます体を震わせた。
自分を狙う明確な殺意にどう対処していいか分からない。
(ダニエル……助けてダニエル……)
心の中でダニエルに助けを求めるが届くはずもなかった。
ここでアニーがもう少し冷静で、且つ危機感を備えていたのなら状況が変わっていたのだが、単純な彼女は間違ったやり方を選んでしまう。
「あ、あのさ……セイラさん、アタシあなたに何かしたかな……?」
あろうことかアニーは馬鹿正直にも直接セイラに対話を試みるという最も愚かな対応をとってしまった。殺意を知られた相手がどういった行動をとるか。アニーはそれを身をもって経験することとなる。
「……おやおや、もしや気づいてしまわれましたか? だったら、もう……いいでしょう……」
そう言い終えた後セイラは片腕でアニーを拘束し、その口に無理やり小瓶の中身を流し込んだ。
「んうっ!? げほっ……な、何するの……!」
酸味の強い液体にむせて咳き込んだ。
この味には覚えがある。そう、これはここに来てからセイラがよく用意してくれた果実水の酸味と同じ。まさか……と顔を上げるとセイラの冷めた目がこちらを見据えていた。
「何って、邪魔だから処分するだけですよ。貴女がいると旦那様の立場が危うくなってしまう。貴女さえいなくなれば全て丸く収まるのです」
「邪魔って……アタシはダニエルの恋人で跡継ぎの母親よ!? そのアタシにこんなことしていいと思っているの! いったい何を飲ませたのよ!?」
「うるさいこと……。これだから礼儀作法のなっていない平民は嫌なのですよ。品もなければ教養もない、そして頭も悪い。下賤な身で旦那様にまとわりつくこと自体が甚だ図々しい。弁えなさい、下民が」
蔑んだ表情で侮蔑の言葉を吐くセイラにアニーは頭が沸騰しそうなほどの怒りを覚えた。
得体の知れない物を飲まされた恐怖を忘れるくらいに。
「ひ……ひどい! どうしてそこまで馬鹿にされなきゃいけないのよ!? 確かにアタシは平民だけど、そんなアタシを選んだのはダニエルじゃない! セイラさんだって歓迎してくれていたわよね? 何で急にそんなこと言うの!」
「ええ、歓迎したのは間違いではございませんでした。だって……あんなにも旦那様にそっくりな御子を産んでくださったのですもの」
「は………………?」
うっとりとするセイラにアニーは背筋が寒くなった。
「旦那様が赤ん坊の頃と瓜二つの可愛らしい男児を産んでくださったことについては褒めて差し上げます。だから、もういいでしょう? 平民では味わえない贅沢を満喫し、旦那様のように高貴な御方に愛されるという夢のような時を過ごしたのですから。平民風情がこれ以上望むのは分不相応というもの。この辺で身を引くべきですよ」
「……意味わかんない! 平民だろうとダニエルが一番好きなのはアタシだもん! アタシに傍にいてほしいって……子供を産んでほしいって言ったのはダニエルだもん! ダニエルから別れを切り出されるならまだしもさ……なんでセイラさんに言われなきゃいけないわけ? 関係ないじゃん!」
「主人が間違った道を行くのならそれを正すのは下の者の役目です。旦那様とルイ様が安全な道を行くためには貴女という存在が邪魔なのですよ。平民の愛人に傾倒しているなぞ恥でしかない。旦那様の子を産むという尊い仕事を終えたのですから、もうこの世から退場して頂かなくては……」
「ふざけないで! それにあの子の名は“ルイ”じゃないって言ってんでしょ…………」
話の途中だというのに急にアニーは声が出せなくなった。
それだけではない。急に体の力が抜けてその場に倒れ込んだ。
「ふふ、効いてきたようですね? ああ、そんな怯えた顔をなさらなくても大丈夫ですよ。これは極力苦痛を感じない毒ですから。徐々に衰弱し、まるで眠るように逝けますからね?」
必死に訴えかけるようにパクパクと口を開くアニーを見てもセイラはただ静かに微笑むだけ。その姿にアニーは心底ゾッとした。こんな簡単に人を殺めようとするなんて頭がおかしいとしか思えない。
こんな危険人物だと知らず信頼してしまったことを心の底から後悔した。
「ここに来てから食事や飲み物に盛っていたのですが、貴女は体が丈夫なのか中々効かず……こちらもやきもきしていたものです それとも盛る量が少なかったのですかね?」
まるで料理に入れる調味料が少なかったような軽さで言うセイラを“化け物”だとアニーは今更ながら気づいた。どうしてこんな軽々しい気持ちで毒を盛れるのか、その神経が分からないし分かりたくもない。
「ルイ様はわたくしが立派な紳士にお育て致しますのでどうぞご安心を」
満足そうな表情で嗤うセイラは必死に口を開くだけのアニーを放置して部屋から出て行ってしまった。
残されたアニーは絶望のまま大粒の涙を零し、声にならない叫びをあげるのだった。
心配そうにこちらを見つめるセイラの顔が不審に思えて仕方がない。
アニーは恐怖でますます体を震わせた。
自分を狙う明確な殺意にどう対処していいか分からない。
(ダニエル……助けてダニエル……)
心の中でダニエルに助けを求めるが届くはずもなかった。
ここでアニーがもう少し冷静で、且つ危機感を備えていたのなら状況が変わっていたのだが、単純な彼女は間違ったやり方を選んでしまう。
「あ、あのさ……セイラさん、アタシあなたに何かしたかな……?」
あろうことかアニーは馬鹿正直にも直接セイラに対話を試みるという最も愚かな対応をとってしまった。殺意を知られた相手がどういった行動をとるか。アニーはそれを身をもって経験することとなる。
「……おやおや、もしや気づいてしまわれましたか? だったら、もう……いいでしょう……」
そう言い終えた後セイラは片腕でアニーを拘束し、その口に無理やり小瓶の中身を流し込んだ。
「んうっ!? げほっ……な、何するの……!」
酸味の強い液体にむせて咳き込んだ。
この味には覚えがある。そう、これはここに来てからセイラがよく用意してくれた果実水の酸味と同じ。まさか……と顔を上げるとセイラの冷めた目がこちらを見据えていた。
「何って、邪魔だから処分するだけですよ。貴女がいると旦那様の立場が危うくなってしまう。貴女さえいなくなれば全て丸く収まるのです」
「邪魔って……アタシはダニエルの恋人で跡継ぎの母親よ!? そのアタシにこんなことしていいと思っているの! いったい何を飲ませたのよ!?」
「うるさいこと……。これだから礼儀作法のなっていない平民は嫌なのですよ。品もなければ教養もない、そして頭も悪い。下賤な身で旦那様にまとわりつくこと自体が甚だ図々しい。弁えなさい、下民が」
蔑んだ表情で侮蔑の言葉を吐くセイラにアニーは頭が沸騰しそうなほどの怒りを覚えた。
得体の知れない物を飲まされた恐怖を忘れるくらいに。
「ひ……ひどい! どうしてそこまで馬鹿にされなきゃいけないのよ!? 確かにアタシは平民だけど、そんなアタシを選んだのはダニエルじゃない! セイラさんだって歓迎してくれていたわよね? 何で急にそんなこと言うの!」
「ええ、歓迎したのは間違いではございませんでした。だって……あんなにも旦那様にそっくりな御子を産んでくださったのですもの」
「は………………?」
うっとりとするセイラにアニーは背筋が寒くなった。
「旦那様が赤ん坊の頃と瓜二つの可愛らしい男児を産んでくださったことについては褒めて差し上げます。だから、もういいでしょう? 平民では味わえない贅沢を満喫し、旦那様のように高貴な御方に愛されるという夢のような時を過ごしたのですから。平民風情がこれ以上望むのは分不相応というもの。この辺で身を引くべきですよ」
「……意味わかんない! 平民だろうとダニエルが一番好きなのはアタシだもん! アタシに傍にいてほしいって……子供を産んでほしいって言ったのはダニエルだもん! ダニエルから別れを切り出されるならまだしもさ……なんでセイラさんに言われなきゃいけないわけ? 関係ないじゃん!」
「主人が間違った道を行くのならそれを正すのは下の者の役目です。旦那様とルイ様が安全な道を行くためには貴女という存在が邪魔なのですよ。平民の愛人に傾倒しているなぞ恥でしかない。旦那様の子を産むという尊い仕事を終えたのですから、もうこの世から退場して頂かなくては……」
「ふざけないで! それにあの子の名は“ルイ”じゃないって言ってんでしょ…………」
話の途中だというのに急にアニーは声が出せなくなった。
それだけではない。急に体の力が抜けてその場に倒れ込んだ。
「ふふ、効いてきたようですね? ああ、そんな怯えた顔をなさらなくても大丈夫ですよ。これは極力苦痛を感じない毒ですから。徐々に衰弱し、まるで眠るように逝けますからね?」
必死に訴えかけるようにパクパクと口を開くアニーを見てもセイラはただ静かに微笑むだけ。その姿にアニーは心底ゾッとした。こんな簡単に人を殺めようとするなんて頭がおかしいとしか思えない。
こんな危険人物だと知らず信頼してしまったことを心の底から後悔した。
「ここに来てから食事や飲み物に盛っていたのですが、貴女は体が丈夫なのか中々効かず……こちらもやきもきしていたものです それとも盛る量が少なかったのですかね?」
まるで料理に入れる調味料が少なかったような軽さで言うセイラを“化け物”だとアニーは今更ながら気づいた。どうしてこんな軽々しい気持ちで毒を盛れるのか、その神経が分からないし分かりたくもない。
「ルイ様はわたくしが立派な紳士にお育て致しますのでどうぞご安心を」
満足そうな表情で嗤うセイラは必死に口を開くだけのアニーを放置して部屋から出て行ってしまった。
残されたアニーは絶望のまま大粒の涙を零し、声にならない叫びをあげるのだった。
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