侯爵令嬢アリスティアの愛する人

わらびもち

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望まない相手からの身勝手な欲望②

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「アリスティアは本当に美しくなったな……」

 欲を含んだ声でそう囁かれ、視線は私の胸元に注がれ、必要以上に腰を抱かれ押し付けられ、ダンスの間中鳥肌が治まりませんでした。

 これを愛する陛下にされたなら、私は頬を染めて喜んだでしょう。
 
 ですが愛してもいない男性、しかも身内同然に思っていた相手にされると悍ましくて仕方ありません。

 ダンスの時間がひどく長く感じられました。
 ロビンのいやらしい視線と掠れた声、破廉恥な手つきが嫌でたまらない。
 
 淑女として表情には出さないものの、目尻には薄っすらと涙が滲んでしまいます。
 それを見て何か勘違いしたロビンはなんと私の腕を掴んで会場の外に連れ出してしまいました。

「ちょっと止めてロビン! いきなりどういうつもり!?」
 
 会場の外、伯爵家の庭はうっすら外灯の光が見える程度に暗いです。
 こんなところに連れてこられて何をするつもりなのか……。
 そう考えただけで恐ろしくて声が震えました。

「アリスティア! あんな父親ほど年の離れた国王の妾になるなんて駄目だ! 俺はずっとアリスティアのことが……」

「いやっ!? やめて! 触らないで!!」

 私の抵抗もむなしくロビンは無理矢理抱きしめてきました。

 嫌! 怖い! 気持ち悪い! 
 嫌、嫌……陛下! 陛下!!

 必死でロビンを振りほどこうとしても私の力じゃ敵いません。 
 無理矢理体をよじると近くにあった木の枝に結った髪が絡まりほどけ落ちました。

 そんな酷い有様の私にかまわず、ロビンは顔を近づけ口付けを迫ってきました。

「嫌あぁ! お兄様! アイリーン様……!!」

「アリスティアッ!!!」

 必死に叫んでいると慌てた形相の兄が駆け付けてくださいました。
 涙で化粧がぐちゃぐちゃになった状態で嫌がる私。そしてそんな私に迫るロビンを見て激高した兄は彼を思い切り殴りました。

「ロビン! 貴様……アリスティアに何をしている!?」

 兄に殴られその場に倒れるロビン。
 激昂する兄を見て、彼は顔面蒼白になりながら言い訳をしました。

「ち、違うんだこれは! アリスティアが国王に嫁ぐのを嫌がって……」

「私がいつ嫌がりましたか!? そんなこと一言も申しておりません! 私は陛下を心から愛していますのに、嫌がるわけないでしょう!?」

「え……愛してる? あんな年の離れたおじさんを……?」

「なんて無礼なの! 英明なる国王陛下に対して不敬だわ!」

 愛する方を悪く言われ、激昂する私の肩に柔らかな手が置かれました。
 振り向くとそこにはアイリーン様がおり、慰めるように私を抱きしめてくださいます。

「姿が見えないので心配になって探してみれば……アリスティアにこのような無体を! アリスティア、大丈夫? ああ、髪もこんなほつれて……肌にも傷が……なんてひどいことを……!!」
 
 アイリーン様の言葉に振り向いた兄が自分の上着を私にかけてくれました。
 そしてそのまま私を抱き上げ、ロビンに向かい底冷えがするような声音で告げました。

「我がヴァージル侯爵家は貴様を絶対に許さない……。それに王家に対して不敬を犯したお前はこのままでいられると思うなよ?」

 兄の言葉にロビンはヒッとうめき声をあげました。
 今更自分の仕出かしたことを理解したの?
 愚かね……。

 そして私も愚かだわ……。いくら従兄妹といえども家族以外の男と二人きりになるのではなかった。
 腕を掴まれた時に死に物狂いで抵抗していればよかった。

 愛してもいない男に襲われそうになった恐怖で涙が溢れて視界が滲む。
 そんな私を見たアイリーン様が兄にこう言ってくださいました。

「もう帰りましょう。このまま会場を通らずに、庭から直接馬車まで行きましょう」

「ああ、そうしよう。主催者(・・)に声をかけるまでもない。それよりもこんな状態のアリスティアを人目に晒すわけにはいかないからな……」

 一目で何があったか分かるほどの乱れた髪とぐちゃぐちゃになった化粧。
 こんなところを誰かに見られては、私が穢されたものだと噂がたってしまうでしょう。

 その後、兄に抱かれたまま馬車に戻りました。
 
 私の酷い有様を見た御者はただ事じゃないとばかりに急いで馬車を走らせました。

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