侯爵令嬢アリスティアの愛する人

わらびもち

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アリスティアの後悔

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 夜会の終了時間よりも大分早い帰宅、そして兄に抱えられた私の姿に屋敷は騒然となりました。

「アリスティア! どうしたのその姿は!? リチャード! 何があったか説明しなさい!!」

 ボロボロの姿の私を見た母が半狂乱で兄を問い詰めます。

「母上、アリスティアは伯爵家の庭でロビンに襲われかけたのです……。幸い未遂で済みましたが、髪や肌には傷が……」

「なんですって、ロビンが……!? あいつ……わたくしの娘になんてことを!! リチャード! お前がついていながらどうしてこんなことになったの……!!」

「申し訳ありません……! 少し目を離した隙に連れ出されてしまい……それに気づいたアイリーンがすぐに探すように言ってくれたのです」

「リチャード!! お前は侯爵家の嫡男としての自覚が足りません!! アイリーンの方がよほどアリスティアの重要性を分かっております! ああ……ここで議論していても仕方ないわ! すぐにアリスティアの手当を!」

 母の指示で慌ただしく動き始めた使用人達。
 
 自室のベットに寝かされ、ボロボロのドレスから寝間着に着替えると少しだけ落ち着きます。
 よほど酷い状態だったのか、着替えを手伝ったメイド達は私の姿を見て涙をこぼしておりました。

 そうしているうちに医師が屋敷に到着し、傷だらけの私を見て絶句しました。

「これはひどい……。お嬢様の玉のお肌に細かい傷がこんなに……ああ、顔にまで……!」

 ロビンに連れ込まれた場所は植え込みのすぐ近くだったせいか、木の枝が肌に当たってしまったのでしょう。
 あの時は恐怖で痛みにすら気づきませんでした。

「先生……傷は残りますか?」

 肌に傷が残れば陛下の公妾になれないかもしれません。
 貴族令嬢は青果と同じで傷があれば価値が下がります。
 
 傷物では陛下のお傍に侍るに相応しくない。
 それが嫌で私は恐る恐る尋ねました。

「いえ、思ったよりも浅い傷でしたので大丈夫です。このくらいでしたら残りませんよ。処方した軟膏を毎日塗れば数週間ほどで完治するかと」

「そうですか、よかった……」

 この時の私は傷さえ残らなければ何も問題ない、そう思っていました。
 
 それがいかに甘い考えであるか、それが全く分かってなかったのです。

 仕事で屋敷を離れていた父が知らせを受けて帰宅し、私に告げた内容はそんな甘い思考を打ち砕くものでした……。

***

「アリスティア、可哀想に……酷い目にあったな。リチャード、お前は何故アリスティアの傍を離れた……? 侯爵家の跡継ぎが、一から十まで言われぬと何が大切かも分からぬのか?」

 父はひどく怒った顔で兄を責めました。それに対し兄は顔面蒼白でうなだれております。

「……返す言葉もありません。私はあまりにも考えが足りませんでした……」

「お父様、お兄様は悪くありません。私が油断してしまったことが悪いんです……」

 叔父に言われても断ればよかった。
 ロビンに腕を掴まれた際に声を上げればよかった。
 穏便にすませようなどと思うのではなかったのです。

「それは違う。リチャードは次期侯爵としてアリスティアを守る義務があった。アリスティアは陛下の寵姫となるべき大切な身だ、陛下以外がその身に触れるなぞ断じて許されない。……此度のことでアリスティアの公妾入りは破談になるかもしれんのだぞ」

「えっ……? ど、どうしてですか、お父様!? 襲われはしましたが決してこの身は汚されてはおりません! なのにどうして……」

「厳しいことを言うが……襲われる隙を見せたことがいけなかった。陛下の寵姫であるならば、決して他の男に簡単に隙を見せてはならない。王族に、ましてや陛下のつまとなるとは、そういうことなのだよアリスティア。このことは陛下に報告し、御判断を仰ぐ。場合によっては破談になることも覚悟しておいてくれ」

“陛下のつまになれない”

 襲われたことよりもそちらの方がショックでした。
 
 愛する陛下と生涯を共にする夢が……儚く消えてしまう!
 
 そんなこと絶対に嫌……! 

 嗚呼! 
 夜会になど行かなければよかった!
 
 ロビンとダンスなんて踊らなければよかった!
 
 叔父様の頼みなんて聞くんじゃなかった!!

 
 どれだけ後悔しても尽きません。

 嗚呼……! 
 陛下とお別れしなければならないのなら、このまま生きていたくない!

 あまりのショックで私はそのまま気を失ってしまいました……。
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