フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち

文字の大きさ
28 / 84

新しい婚約者候補との顔合わせ

しおりを挟む
 セレスタンという最悪の婚約者との縁が切れ、平和に過ごしていたある日のこと。
 ヨーク公爵家から『新しい婚約者候補を連れていきます』という旨の書状が届いた。

「まあ……いよいよ候補の方をお会いできるのね」

 そう考えると急に胸がざわつく。次の婚約者候補はどんな人なのかと思うだけで緊張する。
 セレスタンという失敗の前例があるからこそ、次の相手がまともかどうかを疑ってしまう。

 それに、小説の世界でフランチェスカは当て馬のまま生涯を終えている。
 だからこそ、もしかして私もこの世界で決して幸せになどなれないのかもしれないという不安が付きまとう。

 結婚相手とはせめて互いに尊敬しあえるような関係でありたい。
 愛し合えないというのであればそれでも構わないのだ。政略結婚でそういう夫婦は多い。

 だがこちらを蔑ろにするような相手は駄目だ。妻として尊重してくれないのなら政略の意味もない。

「せめて常識的な方であればよいのだけど……」

 婚約者候補との顔合わせとは本来ならば期待で胸を熱くさせるようなものなのに。
 セレスタンという失敗例のせいで、胸を熱くどころか胸に不安が満ちてくる。

 顔合わせの日まで憂鬱な気分を抱えながら過ごすことになった。



「初めましてフランチェスカ王女殿下。ヨーク公爵が弟、ルイと申します」

 公爵夫妻と共に訪れたのは、まばゆい金の髪をした美少年だった。
 跪拝した姿からでも整った容姿をしていることが分かり、不覚にも胸に熱いものがこみ上げてくる。

「ようこそおいでくださいました。楽になさってください」

 この国では王族に初めて挨拶をする場合、応接室ではなく謁見の間にて跪拝する習わしがある。
 セレスタンと初めて顔を合わせた際もそうだった。
 その時の彼がやけに不満そうな顔をしていたことは今でも覚えている。

 それと比べて、このルイという少年は人当たりの良い笑みを浮かべ、澄んだ青い瞳で真っすぐこちらを見つめてくる。無愛想なセレスタンと真逆の態度に、私のルイに対する好感度がグングンと上がっていく。

 こちらが質問すると、彼は丁寧に言葉を選んで答えてくれる。
 そこに誠実さと私への配慮が感じられ、彼への好感度は益々上がっていった。

 公爵夫妻には『新しい候補者との婚約は会ってみてその人柄を吟味してから結ぶ』と言ったものの、正直に言えば今この場で正式な婚約を結んでしまいたいほどだ。

 彼とならば尊敬しあえる関係を築けるだろう。
 いやむしろ私は彼に好意すら感じる。
 胸に留まり続けていた憂鬱が消え、今や早鐘を打つように騒がしい。

 だが、正式に婚約を結ぶのはまだ早いとなけなしの理性が働く。

 セレスタンで大失敗を経験したのだから、次の婚約は慎重に動かなければならない。

 私はルイとまた会う約束を交わし、今日のところはそのまま帰ってもらった。
 本当ならばもっと話をしてみたいがそれは次の機会にとっておこう。



 自分の宮へと戻り、専属侍女のベルとアンジェだけ残して他は下がってもらう。
 自分達以外誰もいないことを確認すると、二人は恭しく私の前に跪いた。

「姫様、ルイ・ヨーク卿の調を申し上げます」

 凛とした彼女達の声に淀みはなく、胸に光るエメラルドの輝きに相応しい堂々とした振る舞いを見せる。

「ご苦労だったわ二人共」

 労いの言葉をかけると彼女達は嬉しそうに微笑む。
 すっかり王女の侍女として相応しい風格を見せる二人だが、時折こうして素直に感情を表すところがなんとも可愛らしい。生粋の貴族令嬢には見られない、平民ならではの表情に好感を覚える。

「お褒めに預かり恐縮に存じます。では、まずルイ卿の生い立ちからご説明させて頂きますね」

 アンヌマリーへの嫌がらせ目的で始めた侍女へエメラルドのブローチを贈る行為は、私が思った以上の効果を見せた。

 王女から特別に渡されたそれは、侍女達にとっては勲章のようなもの。
 授与された侍女はこの上ない名誉に感動し、より献身的に仕えてくれるようになった。

 私は最初、忠義心を持ってくれたらいいな程度にしか考えていなかったのに、中には心酔のあまりに命まで懸ける者まで出てしまった。それがこの二人、ベルとアンジェだ。

 アンヌマリーへの嫌がらせが半分、彼女達の真面目さを評価したことが半分。
 そういった理由で彼女達へブローチを贈ったのだが、それに感動した二人は侍女の仕事を超えて私に尽くしてくれるようになった。

 それがこの”密偵”という仕事。

 彼女達はこうやって私が知りたい情報を独自に集めてくれるまで成長を遂げたのだ。

 初めてそれを聞いた時、私は思わず「嘘でしょう!?」と叫んでしまいそうだった。
 彼女達にそこまで望んでいなかったし、密偵の技術まで習得するなんて予想すらしていなかったのだ。

 正直、彼女達の忠義心を舐めていた。
 まさかここまでしてくれるようになるなんて、誰が予想できただろうか。少なくとも私はしていない。

 そもそも密偵の仕事を誰に教わったのかというと、王家が所有する”影”からだそうだ。

 これにも「王家の影ってそんな簡単に技術を教えてくれるの!?」を叫びそうになった。
 だってそうだ。そんな簡単に教えていいものじゃない。

 だけどここでもエメラルドのブローチがその効果を発揮した。
 それを身に着けた者は自然と特別扱いされ、王女の為というのなら教えないわけにはいかない空気になったらしい。

 そんなご都合主義みたいな展開ある!?

 またまたそう叫びそうになったのだが、そういえばここって小説の世界だったと思い、それ以上考えるのをやめた。経緯はどうあれ彼女達が私の為に習得してくれたのだから、もうそれでいいやと。

 よくよく考えてみれば、平民の彼女達が王女に見初められて側に侍ることを許されるというのはかなりの出世だ。  

 平民が王族の側に取り立てられるというのは滅多になく、彼女達は他の平民使用人からも羨望の眼差しで見られているとか。

 アンヌマリーへの嫌がらせがとんでもない方向で花を咲かせてしまったなあ、と思うのと同時に、王族の発言力はそれだけ強力なのだなと恐れてしまった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果

藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」 結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。 アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。 ※ 他サイトにも投稿しています。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

処理中です...