フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち

文字の大きさ
69 / 84

罠③

しおりを挟む
「この男はあろうことか王女であるわたくしの身を汚そうとしました。捕縛し、王宮へと連行なさい。それともよ」

 背後に控えていた騎士が私の命令に従いセレスタンを捕縛する。

「なっ!? お、おい、やめろ! 離せ!」

「うるさいぞ! 静かにしろ!」

 騒ぐセレスタンに騎士が大声で一喝すると、見る見るうちに大人しくなる。
 人から怒鳴られることのない深窓のお坊ちゃまは打たれ弱いな。

「姫様! 床下のネズミがいません!」

 床に擬態した隠し扉を開けると、そこには石造りの階段が見えた。
 その階段を下った先には残念ながら人影は見当たらない。

「通路内のどこかにはいるはずよ、探しなさい!」

 するとものの数分で通路内から「いました!」という声が上がる。
 騎士により連行された女は髪も服も薄汚れ、厚めに施した化粧も落ちかけていた。

「なんで……なんでこんなに大勢いるのよ。”前泊り”は王女一人がここで寝るんじゃなかったの……?」

 呆然とする女の口から出てきた”前泊り”という言葉。
 それをどうして知っているのかを尋ねようとしたが、それより先にルイの怒号が響いた。

「ジェーン……! 君は何をやっているんだ! 自分が何をしたか分かっているのか!?」

 聞いたことのない声量で怒るルイに呆気にとられる私とは反対に、ジェーンは「ルイ!」と嬉しそうに名を呼んだ。

「助けに来てくれたのね!? アタシ……アタシ、こんな暗がりにずっと押し込められてて……怖くて寒かったの!」

「はあ……それは君が望んでやったことだろう? 何を被害者ぶっているんだ? こんなことをして、ただで済むと思っているのか?」

「やだ、怖いこと言わないでよ? ちょっと床下に入ったくらいでそんな……」

 自分の罪の重さを全く理解していないであろうジェーンにその場にいる者は皆驚きを隠せない。
 何をもって”ちょっと”だなどと言えるのだろう。

「どこが”ちょっと”なんだ? 王家の姫君の新居にある隠し通路を知っただけでも重罪だぞ? おまけに姫君を乱暴しようとした男に協力するなんて、どこまで腐っているんだ! よくそんな真似ができたものだな!?」

「そ、そんな、だって……アタシ、アタシ……」

 ルイに怒鳴られ涙目になるジェーン。
 その顔を見て私は呆れてしまった。

「まあ、呆れた……。わたくしが襲われることを黙認していたくせに、よくもまあ被害者ぶって涙を流せること。貴女もセレスタン様同様、自分さえ良ければ他人がどうなろうと構わない外道なのね?」

「は、はああ!? 何なのよその言い方! ちょっとルイ、聞いた? この女は清純ぶった見た目しているけれど中身はこんななのよ!? 騙されないで!」

 こんな、とは何だ。
 人が乱暴されるところを黙って見ようとした奴に言われたくはない。

「黙れ! フランへの暴言は許さないぞ! それに騙したのは君の方だろう? よくも世話になったヨーク公爵家を裏切ったものだ!」

「ち、ちが……裏切ってなんか……」

「ふざけているのか? 軟禁中のセレスタン様を逃がしたのは君だろう? 君が馬鹿な真似をしたせいでこんなことになっているんだぞ! 関係のないフランを酷い目に遭わせようとして……絶対に許さない!」

「ちがっ……だって、だってその女がアタシからルイを奪うから……」

「奪う? 何を言っている、私は一度たりとも君のものになった覚えはない。戯言も大概にしてくれないか?」

「ひどい! アタシはずっと昔から貴方のことが好きだったのに! 貴方だけを見つめていたのに! なんでぽっと出の女に横から搔っ攫われなきゃなんないのよ! おかしいでしょう!?」

「おかしい? おかしいのは君の方だろう? 君が私を好きだから何だというんだ? 見つめていたからどうだというんだ! それからフランのことを何度も”その女”呼ばわりするな! 立場を弁えろ!」

 ルイがここまで怒るなんて、と驚いたがそれと同時に嬉しさもある。
 私に無礼を働くジェーンをきちんと咎めてくれたのだから。

「な、なんで……? なんでそんな酷い事を言うの……? アタシを助けるために変装までしてくれたんじゃないの?」

「何をどう見たらそう判断できるんだ……。私が助けたかったのはフランであって、君じゃない」

「え? え……? どういうこと?」

 本気で理解していないジェーンに呆れ、ルイは小さくため息をついた。

「ジェーン、一つ聞きたいのだが、君は今宵何をしにここへ来た?」

「え……そ、それは……セレスタン様に無理やり連れてこられて……」

「ふうん、そうか。ではセレスタン様は何をしにここへ来た?」

「あ、え、いや、その……セレスタン様は、王女様と復縁する為に……」

「へえ? 女性の寝室に、床下から、いきなり現れて、髪を乱暴に掴む……しかも真夜中に。それで復縁できるんだ、へえ~……」

 言外にそんなわけないだろうと責めるルイに気圧されるジェーン。
 月明りでも分かるほど彼女の顔色は悪い。

「こちらはセレスタン様と君の企みを知っていたんだよ。彼がフランに悍ましい真似をしようとしていることも、君がそれに協力していたこともね。だから君達ネズミが巣穴から出てくるのを待った。まさか髪を掴んでくるとは思わなかったけどね。本当、フランに身代わりを申し出てよかったよ」

「え? 罠!? それにネズミって……まさか、アタシ達のこと!?」

「そうだよ? 床下に潜んで悪さをする君たちにピッタリの表現だ。 それにしても簡単に罠にかかってくれたものだね。この邸に忍んだ時、途中でおかしいと思わなかったのか?」

「お、おかしいって……何が……?」

「ああ、気づいていなかったのか。まずこの寝室、姫君が使うにしてはお粗末すぎやしないか? 君だって侍女の職に就いていたから知っているだろう、貴族夫人の寝室はもっと華やかで質の高い調度品が設置されているはずだ。こんな必要最低限の、しかも質の悪いものが置かれているなんておかしいと思わなかったのか?」

「あ、ああ……そんな、やっぱり……」

 顔面蒼白で”やっぱり”と言う姿を見ると、彼女は違和感に気付いていたのかもしれない。

 私も改めてこの部屋を見渡すが、まるで安いビジネスホテルのような設えだ。
 まあ、そうするように頼んだのは私なのだが。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果

藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」 結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。 アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。 ※ 他サイトにも投稿しています。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

処理中です...