異世界から戻ったら再会した幼馴染から溺愛される話〜君の想いが届くまで〜

一優璃 /Ninomae Yuuri

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第三章

目覚め

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次に目を開けると、知らない天井が映った。
横になっている身体にベッドの感触があり、僕はようやく、自分が眠っていたのだと理解する。

僕、たぶん現代に、もとの世界に帰ってきたんだ。
異世界で戦ってきたのは夢じゃないよな。
二年という長い期間を過ごした記憶は妙にリアルで、初めての体験に得られたことも多かった。
それを僕の中で勝手に夢なんかで片付けていいわけがない。
無言のまま頭の中で考えを巡らせる。
心配なのはこの身体がちゃんと僕の身体なのかだ。
違う人物に憑依したんじゃないかとか、生まれ変わったんじゃないかとか考えてしまう。
見る限り両手は大人と同じ大きさだから生まれ変わりはないと思うけれど。
いち早く鏡で確認したい。

どこかに鏡はないのかと、ゆっくり首を動かして周囲を見渡した。
窓から差し込む日光が薄いカーテン越しに柔らかく広がり、部屋全体を淡い光で満たしている。
壁も家具も必要最低限。ベッド脇には小さなテーブル、反対側にはモニタと棚付きの荷物置き。どれも機能性だけを重視した無機質なものだ。

あいにく、この部屋には鏡のようなものがない。

僕は鼻に通されたチューブが鬱陶しくて、思わず手を伸ばして無理やり外す。
途端に、消毒液の匂いと、定期的に清掃された清潔さが強く鼻を刺した。

胸に手を当てると、心臓は普段より速いリズムで脈打っていた。
それは緊張でというよりか、急に身体を動かしたことにびっくりしたような反応だった。

試しに声を出してみれば驚くほど弱々しく、深く息を吸い込むと肋が上下にわずかに震えて、肺の筋肉が収縮していく感覚がはっきりわかる。

そのとき、ドアの向こうから足音と、女性の話し声が近づいてきた。

僕はベッドの柵を両手で掴み、全身の力を振り絞ってどうにか上体を起こす。
ようやく身体が起き上がった瞬間、タイミングを合わせたようにドアが開いた。

——誰だ?

どこか僕の知っている有馬に似ているような気がしたけど、記憶にあるその人物は、こんなに大人びていない。

気の強さが滲む鋭い目つきで、肩まで髪を伸ばしていて
顔つきだって、どこか幼くて、少年の雰囲気が抜けていなかった。

でも、目の前にいるのは、少年特有のあどけなさがなく、髪は短く整えられ、首元がすっきり見える。
輪郭は引き締まり、影の入り方すら大人の男そのものだ。
目元は穏やかな優しさを感じる。
道を歩いていたら誰もが振り返り、思わず見惚れてしまうほど整っている。
似ているというより、美しい別人だ。

僕はただ、見惚れるように目で追ってしまった。

じっと見つめていると、その人物と目が合った。
次の瞬間、彼は大きく目を見開き、僕を見下ろしたまま固まった。

「真白?」

聞き覚えのある声に思考が一気にひっくり返った。

いやいや、そんなはず。
あの頃とは別人で美形すぎるし、落ち着いてるし、こんな大人びた姿なんて知らない。

頭の中で混乱が一気に押し寄せる。

正真正銘の有馬の声なのに、固まったかと思えば急いでベッドのそばに来て
「……真白……?」「ほんとに……?」と潤んだ目で繰り返す様子がどうにも記憶と結びつかない。

小さい頃から何かとちょっかいをかけられてばかりいたあの有馬だ。
小中高と同じだったけれど、特別仲が良かったわけじゃない。
むしろ悪かったはずだ。
なのにこの変わりよう。
全く理解できなかった。

「……有馬なの?」

思っていたことが口から出てしまった。
もしそうだとしたら僕は、一瞬でも別の誰かだと思って見惚れてしまったわけで。

「うん、そうだよ」

その事実に、ちょっとだけ落胆した。
本人も肯定したことで
心ではすでに八十パーセントくらい本物だって思っていたけど、残りの二十パーセントにかけて偽物説を信じようと
僕がもっと顔をよく見るために近づける。

ーーーはい美形。わかってたよ!毛穴のひとつもなかったよ!

て、そんな事は置いといて、顔を近くで見ようが面影があるのは変わらない。
それは本人だと認めるしかないという事だ。
前のめりになった身体を元に戻せば有馬がさっきから一言も発さないので気になって顔をあげると、


奴が声を噛み殺しながらボロボロと泣いていた。

「え!!泣きっ!!なんで!?」

文字通りのオロオロっぷりを披露する僕。

ーーーあの有馬がこんなふうに泣くなんて

何か言葉をかけるたびにさらに涙が溢れてしまうようで、どうすることもできない。

だから黙って落ち着くまで初めてみる幼馴染の泣き顔を眺めることにした。
 
「触っていいか。幻じゃないよな」

泣きながら聞いてくるとか狡いだろ。
嫌だって言えないじゃん。

「いいけど、どうして」

ーーーどうして、触れる必要があるんだ?

と、聴くよりも早く震える手でそっと僕の手に自分の手を重ねてくる。
昔は僕に触れられるのあんなに嫌がってたのに!
なぜ?どうして?が頭の中でぐるぐるぐるぐる回転している。

「よかった、生きてる。真白、ほんとに良かった。ずっと待ってたよ」

手を包み込むように両手でぎゅっと握られたかと思えば、
息を詰めたまま、そっと身を寄せてきた。
至近距離で腕が伸びてくるのが見えて、何かされると思い、思わず反射で後ろに逃げた。

「ごめ、今、抱きしめたら痛いよな。でも、ほんとによかった」

有馬が傷ついた顔をする。

ーーーは?抱きしめようとしたのか?

「僕の知ってる有馬だよな?」

「え、うん。そうだよ」

「そうだよなぁ。そうなんだよなぁ」

頭を抱えたまま唸っていると、有馬はハッとしたように口を開いた。

「ごめん、真白の意識が戻ったこと看護師さんに伝えてくるからちょっと待ってて」

名残惜しそうに手が離れて振り返りながら、すぐ戻るからと、部屋を出て行った。

そんなはずないのに、
有馬がしていた眼、あの眼がどこかアレンが大切な人について話している時にしていたものと重なった。


しばらくして、看護師さんが数人がかりで入ってきた。
こちらをみた瞬間ギョッとして、起き上がらなくて大丈夫だとベッドに戻された。
深呼吸をしたり、自分の名前を答えたり、お医者さんも駆けつけてきて、血圧や心拍など、なんか色々測定してもらった。
その間に面会時間が過ぎたため、有馬は帰されたようだ。



ベッドに横になったまま、長い時間が経過した。


なにもせずにボーとする時間も悪くないな。
羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹…‥、このまま寝ちゃおうかなぁ。


……決して、この世界に戻ってきたこととか、有馬の態度とか、
そういう色々から現実逃避するためではない。
いや、ちょっとはある。うん、まあ、正直に言えば結構ある。

ガチャリと、扉を開ける音がして白衣を着た男性が入ってきた。 
僕の主治医だ。
足音が近づき、ベッドのそばに置かれている椅子に腰掛けた。
その動作が妙に落ち着いていて、これから大事な話をされるんだと気づいた。

「真白さん、少しお話しできますか」

「あ……はい」

掠れた声で答えると、医師は小さく頷いて話し始めた。



どうやら僕は事故にあって十年もの間昏睡状態だったらしい。
異世界とこっちの世界は時間の流れが違うのだろうか。
向こうの世界では二年だったのに、こっちに来たら十年が経過しているとか、僕の八年間はどこいった!
身体年齢二十六歳の中身十八歳という悲しきモンスターの誕生である。
思いっきり叫びたくなったが、人前なので心の中だけで留めておく。

それにもう一つ、
「あなたのご家族やご友人は、十年間ずっと、あなたのそばに来ていました」

と言われた。家族は母親だけなので、心配してくれてお見舞いに来てくれたんだと思うと素直に嬉しかった。
友人はたぶん鈴やんと佐藤かな。

「特に有馬さんは、毎週欠かさず来て、あなたに声をかけたり、手を握って励ましたりしていましたよ。十年間、意識が戻ると信じてずっとね」

「……へ?」

声にならない声がこぼれる。

医師は立ち上がり、最後に穏やかに微笑んだ。耳を疑った。
部屋を後にした医師の扉を閉める音がやけに大きく響く。

「十年間‥‥、毎週‥‥。なにそれ、意味わかんない」

枕に顔を埋めたまま小さく呟いた。

僕が目覚めるのをずっと待っていたっていうのか。

「バカじゃないの、ほんと、暇だったのかよ」

悪態をつくけど、胸の奥がぽわっと熱を帯びていくのがわかる。
いやだ。こんなの違う。
嬉しいなんて、そんなわけ——そんなわけ、あるか。

そもそも昔からアイツは生意気で、何考えてるかわからなくて、いちいち癇に障るところばっかで……!

……なのに、あんな顔、僕にするなよ。

まぶたの裏に、さっきの泣き顔が浮かぶ。
声を震わせて「ほんとによかった」なんて言ったあいつを思い出して顔がじわりと熱くなる。

これは違う。嬉しいとかじゃない。
変に気持ちがざわつくのは、病み上がりだからだ。
全部まとめて心の奥底に放り込んでおこう。
変な気持ちと名付けたそれを脳内でギュッギュとおにぎりを握る感じで丸くし、妄想上の宇宙の彼方へ放り投げる。
よし、封印終了。
 
 

心の中で全力で否定し、この熱が何なのか、気づくよりも前に誤魔化した。






















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