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第三章
誰かへ
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目覚めた瞬間ガンガンする頭と身体のだるさに眉をひそめる。
ーーあ、そうだ。昨日人生で初めてお酒を飲んだ。
記憶をさかのぼると、昨日起こったことが流れるように戻ってくる。
間近に迫った綺麗な顔が、切なそうに潤んだ瞳が、好きだと告げる声が、
思い出した途端ブワッと身体中が沸騰するように熱くなった。
布団を頭まで引き上げて、顔を枕に押し付ける。
有馬って、僕のこと、好きって言ったよな。
それって、友達として、じゃないよな。
鮮明に思い出したと思っていたけれど、
実際は好きって言われたことと有馬の真剣な表情が脳に焼きついていて、それ以外は割とあやふやで、まるで都合のいいところだけ覚えているみたいだ。
強烈な夢を見たあとの朝とよく似ている。
てか、これ本当に夢じゃないよね。
お酒を飲んでいたせいか、夢と現実の境界線がまだ曖昧で確信が持てない。
有馬に直接聞きたい。
重い身体に力を入れてのそりと起き上がる。
有馬の寝ているベッドを覗き込み掛け布団をひっぺがすが、そこに有馬の姿はなかった。
そっと指先でシーツを触る。冷たくなっていて、人の温度が残っていないということは、もうだいぶ前に起きたのだろう。
「ありまー、いない……し」
代わりにテーブルに僕の分の朝食と、用事があるから出かけるという内容の紙切れが置かれていた。
朝起きて有馬がいないなんてことは初めてだった。
けど、そういうこともあるよなって思ったが、よくないことが起こる前触れのような不安が煽られる。
そんな不安を振り払うようにとりあえず、顔を洗ってありがたく朝食の目玉焼きを口に運ぶ。
昨日まで居心地が良かったこの部屋だが、なぜか今は有馬がいないというだけで妙な寂しさを覚えた。
昨日何かしちゃったのかな。
いや、でも用事があるって書いてあるから考えすぎだよな。
二日酔いで身体がだるいからか、心まで悪い方に引っ張られている気がする。
今日はバイトも休みで特に用事もない。
だから、このまま僕の家に帰っても良いのだけれど、僕がこの家を出ると鍵を持っているわけではないので鍵をかけずに出ることになる。
今の世の中それは不用心だ。
一旦有馬が家に帰ってくるまでテレビでも見て待つことに決めた。
有馬は僕のことが好き。
友達として?それとも、恋をしてるとか、そういう意味で?
あの時お酒なんて飲んでなければ、もっと確信を持つことができたかもしれないのに。
はやく、はやく確かめたい。
たとえ、酒が見せた幻想だったとしても。
しかし、1時間、2時間が経過してもなかなか帰ってこない。
〈いつ戻ってくる?〉
試しにラインで送ってみても既読すらつかない。
変だ、いつもは送ればすぐに既読がついていた。
用事ってそんなに重要なものだったんだろうか。
だったら、お泊まりも断ってくれてもよかったのに。
そろそろテレビを見ているだけも飽きてきた。
部屋の中をうろうろして、退屈を凌げるものはないか探す。
本一冊でもあったらいいのに、ここにはない。
「ちょっと失礼しますよ」
入ったことのない部屋のドアに手をかける。
いつだか有馬がVRを持ってきたのも、この部屋からだった気がした。
ほんの少しだけ隙間を作って中を覗く。
パッとみて、思わず首を傾げた。
四畳ほどの空間いっぱいに、箱や袋が積み上がっている。
生活する場所というより、何かをしまっておくためだけの場所。
物置部屋って感じか。
それでも、雑に放り込まれた感じじゃない。
ひとつひとつが、やけに丁寧だ。
リボンのついた箱に綺麗に折られた袋。
パーティーにでも使ったのかと思われる装飾ばかりが、視界に並ぶ。
——これ、なんだ。
心臓が、どくりと嫌な音を立てた。
勝手に見ちゃいけない。
そう思うのに、気になって部屋の中へと足を進める。
ーー箱の中身はなんだろう。
ちょうど目線の高さに置かれていた一つの箱を、手に取ってみる。
想像していたより、軽く、箱の劣化具合から見て最近買ったものじゃなさそうだ。
恐る恐る蓋を開ける。
箱の中には小さめのぬいぐるみが入っていた。
両手に収まるくらいの大きさで、顎の下に可愛らしいピンク色のリボンをつけた真っ白なクマのぬいぐるみだ。
ふわふわとした高級感のある毛並みが、しっとりと指先に吸い付く。
「可愛い。でも、どうして有馬がこんなの持っているんだ」
箱を開けるまでは有馬のことが好きな人が有馬に渡した贈り物だと思っていた。
だけど、これはおかしい。
おもむろに次の箱を開けると、きらきらと光るネックレスや指輪が目に入る。
さらに袋の中からは有馬が着るには小さめの服が何着も出てきた。
ーー女……か、 僕に告白みたいなことしといて?
腐っても幼なじみだ。この全部があいつの趣味じゃないことくらいわかる。
じゃあ、誰のためだ。そんなの女に決まってる!
考えた瞬間、腹の底から沸々と怒りが沸いてきた。
でも、ここで怒っても意味がない。
勝手に見て、勝手に怒って僕らしくない。
ここでしていることは全部自分の推測に過ぎないのだ。
冷静に、出したものを全部しまい終わると同時に、有馬が帰ってきた。
「おかえり」
「た、ただいま。もうとっくに帰ったと思ってた」
視線が合えばすぐに逸らされる。
いつもよりよそよそしいその仕草に、僕の心は簡単に傷ついた。
「鍵持ってないし、帰ってくるまで待ってるしかなかったんだよ」
思っていたよりも刺のある言い方になる。
お互いの間になんとなく気まずい空気が流れる。
「えっと、じゃあ俺帰ってきたし、帰っていいよ」
「そんなに僕に帰ってほしいか」
「違うよ、帰って欲しいとかじゃなくて。月島、なんか怒ってる?」
困ったように言われて僕は思わず俯いて黙りこんだ。
朝起きたとき有馬がいなかった。
LINEの返信も来なかった。
そのうえ、部屋から女性を匂わせるようなものまで出てきた。
だから僕は、きっと怒っている。
勝手にそばを離れられたから不安になった。
僕より優先するものがあると知って、悲しくなった。
僕の一番は有馬なのに。
有馬の一番が僕じゃないなんて、そんなの嫌だ。
気づいた途端、また全身が燃え上がるように熱くなった。
だって、僕のこの感情は、まるで、まるで嫉妬した恋人がなるようなものじゃないか。
「顔が真っ赤だ。月島やっぱり怒ってる?ごめん、嫌いにならないで。そばに置いてくれなくてもいいからそれだけは嫌だ」
僕の顔に触れようとした手を反射的に思いっきり払ってしまった。
今度は有馬が傷ついた顔をする。
僕はハッとしてテンパって払ってしまった有馬の手を取ってぎゅっと握った。
「ずっとそばにいてよ。なんだよ、くれなくてもいいって」
僕が有馬のことを要らない前提で話して欲しくなかった。
「でもさ、月島のために離れないとなんだ」
「は?なんでだよ」
「……俺、月島の人生にいない方がいい」
「意味わかんない」
「一緒にいたらさ、絶対また傷つける」
苦痛に歪んだ表情から、どれだけ有馬がそれを抱え込んで苦しんでいたか、
そのことに僕はそばにいながら気づかずにいたことを後悔した。
「だって、俺は月島を不幸にする。俺じゃ月島を幸せにできない」
「なんで決めつけてんだよ」
「忘れたか!事故に遭ったのは俺のせいだろ!」
声が荒れていた。
僕は有馬の勢いに思わず息を呑む。
「俺が追いかけてなければ、あんな目に遭わずに済んだのに」
「そんなわけない。有馬、なんか勘違いしてるよ」
「してない!全部事実だ!」
有馬の心の奥深くに根付いた苦しみは全部僕だった。
そう思ったら、僕は有馬の手を離すしかなかった。
有馬は浅い呼吸を整えて長い息を吐く。
「それに、月島のこと好きなんだよ。気持ち悪いだろ。だから、これで終わり」
有馬は壊れかけのロボットみたいに張り付けた笑顔を作った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最終回まで残り二、三話です。
ーーあ、そうだ。昨日人生で初めてお酒を飲んだ。
記憶をさかのぼると、昨日起こったことが流れるように戻ってくる。
間近に迫った綺麗な顔が、切なそうに潤んだ瞳が、好きだと告げる声が、
思い出した途端ブワッと身体中が沸騰するように熱くなった。
布団を頭まで引き上げて、顔を枕に押し付ける。
有馬って、僕のこと、好きって言ったよな。
それって、友達として、じゃないよな。
鮮明に思い出したと思っていたけれど、
実際は好きって言われたことと有馬の真剣な表情が脳に焼きついていて、それ以外は割とあやふやで、まるで都合のいいところだけ覚えているみたいだ。
強烈な夢を見たあとの朝とよく似ている。
てか、これ本当に夢じゃないよね。
お酒を飲んでいたせいか、夢と現実の境界線がまだ曖昧で確信が持てない。
有馬に直接聞きたい。
重い身体に力を入れてのそりと起き上がる。
有馬の寝ているベッドを覗き込み掛け布団をひっぺがすが、そこに有馬の姿はなかった。
そっと指先でシーツを触る。冷たくなっていて、人の温度が残っていないということは、もうだいぶ前に起きたのだろう。
「ありまー、いない……し」
代わりにテーブルに僕の分の朝食と、用事があるから出かけるという内容の紙切れが置かれていた。
朝起きて有馬がいないなんてことは初めてだった。
けど、そういうこともあるよなって思ったが、よくないことが起こる前触れのような不安が煽られる。
そんな不安を振り払うようにとりあえず、顔を洗ってありがたく朝食の目玉焼きを口に運ぶ。
昨日まで居心地が良かったこの部屋だが、なぜか今は有馬がいないというだけで妙な寂しさを覚えた。
昨日何かしちゃったのかな。
いや、でも用事があるって書いてあるから考えすぎだよな。
二日酔いで身体がだるいからか、心まで悪い方に引っ張られている気がする。
今日はバイトも休みで特に用事もない。
だから、このまま僕の家に帰っても良いのだけれど、僕がこの家を出ると鍵を持っているわけではないので鍵をかけずに出ることになる。
今の世の中それは不用心だ。
一旦有馬が家に帰ってくるまでテレビでも見て待つことに決めた。
有馬は僕のことが好き。
友達として?それとも、恋をしてるとか、そういう意味で?
あの時お酒なんて飲んでなければ、もっと確信を持つことができたかもしれないのに。
はやく、はやく確かめたい。
たとえ、酒が見せた幻想だったとしても。
しかし、1時間、2時間が経過してもなかなか帰ってこない。
〈いつ戻ってくる?〉
試しにラインで送ってみても既読すらつかない。
変だ、いつもは送ればすぐに既読がついていた。
用事ってそんなに重要なものだったんだろうか。
だったら、お泊まりも断ってくれてもよかったのに。
そろそろテレビを見ているだけも飽きてきた。
部屋の中をうろうろして、退屈を凌げるものはないか探す。
本一冊でもあったらいいのに、ここにはない。
「ちょっと失礼しますよ」
入ったことのない部屋のドアに手をかける。
いつだか有馬がVRを持ってきたのも、この部屋からだった気がした。
ほんの少しだけ隙間を作って中を覗く。
パッとみて、思わず首を傾げた。
四畳ほどの空間いっぱいに、箱や袋が積み上がっている。
生活する場所というより、何かをしまっておくためだけの場所。
物置部屋って感じか。
それでも、雑に放り込まれた感じじゃない。
ひとつひとつが、やけに丁寧だ。
リボンのついた箱に綺麗に折られた袋。
パーティーにでも使ったのかと思われる装飾ばかりが、視界に並ぶ。
——これ、なんだ。
心臓が、どくりと嫌な音を立てた。
勝手に見ちゃいけない。
そう思うのに、気になって部屋の中へと足を進める。
ーー箱の中身はなんだろう。
ちょうど目線の高さに置かれていた一つの箱を、手に取ってみる。
想像していたより、軽く、箱の劣化具合から見て最近買ったものじゃなさそうだ。
恐る恐る蓋を開ける。
箱の中には小さめのぬいぐるみが入っていた。
両手に収まるくらいの大きさで、顎の下に可愛らしいピンク色のリボンをつけた真っ白なクマのぬいぐるみだ。
ふわふわとした高級感のある毛並みが、しっとりと指先に吸い付く。
「可愛い。でも、どうして有馬がこんなの持っているんだ」
箱を開けるまでは有馬のことが好きな人が有馬に渡した贈り物だと思っていた。
だけど、これはおかしい。
おもむろに次の箱を開けると、きらきらと光るネックレスや指輪が目に入る。
さらに袋の中からは有馬が着るには小さめの服が何着も出てきた。
ーー女……か、 僕に告白みたいなことしといて?
腐っても幼なじみだ。この全部があいつの趣味じゃないことくらいわかる。
じゃあ、誰のためだ。そんなの女に決まってる!
考えた瞬間、腹の底から沸々と怒りが沸いてきた。
でも、ここで怒っても意味がない。
勝手に見て、勝手に怒って僕らしくない。
ここでしていることは全部自分の推測に過ぎないのだ。
冷静に、出したものを全部しまい終わると同時に、有馬が帰ってきた。
「おかえり」
「た、ただいま。もうとっくに帰ったと思ってた」
視線が合えばすぐに逸らされる。
いつもよりよそよそしいその仕草に、僕の心は簡単に傷ついた。
「鍵持ってないし、帰ってくるまで待ってるしかなかったんだよ」
思っていたよりも刺のある言い方になる。
お互いの間になんとなく気まずい空気が流れる。
「えっと、じゃあ俺帰ってきたし、帰っていいよ」
「そんなに僕に帰ってほしいか」
「違うよ、帰って欲しいとかじゃなくて。月島、なんか怒ってる?」
困ったように言われて僕は思わず俯いて黙りこんだ。
朝起きたとき有馬がいなかった。
LINEの返信も来なかった。
そのうえ、部屋から女性を匂わせるようなものまで出てきた。
だから僕は、きっと怒っている。
勝手にそばを離れられたから不安になった。
僕より優先するものがあると知って、悲しくなった。
僕の一番は有馬なのに。
有馬の一番が僕じゃないなんて、そんなの嫌だ。
気づいた途端、また全身が燃え上がるように熱くなった。
だって、僕のこの感情は、まるで、まるで嫉妬した恋人がなるようなものじゃないか。
「顔が真っ赤だ。月島やっぱり怒ってる?ごめん、嫌いにならないで。そばに置いてくれなくてもいいからそれだけは嫌だ」
僕の顔に触れようとした手を反射的に思いっきり払ってしまった。
今度は有馬が傷ついた顔をする。
僕はハッとしてテンパって払ってしまった有馬の手を取ってぎゅっと握った。
「ずっとそばにいてよ。なんだよ、くれなくてもいいって」
僕が有馬のことを要らない前提で話して欲しくなかった。
「でもさ、月島のために離れないとなんだ」
「は?なんでだよ」
「……俺、月島の人生にいない方がいい」
「意味わかんない」
「一緒にいたらさ、絶対また傷つける」
苦痛に歪んだ表情から、どれだけ有馬がそれを抱え込んで苦しんでいたか、
そのことに僕はそばにいながら気づかずにいたことを後悔した。
「だって、俺は月島を不幸にする。俺じゃ月島を幸せにできない」
「なんで決めつけてんだよ」
「忘れたか!事故に遭ったのは俺のせいだろ!」
声が荒れていた。
僕は有馬の勢いに思わず息を呑む。
「俺が追いかけてなければ、あんな目に遭わずに済んだのに」
「そんなわけない。有馬、なんか勘違いしてるよ」
「してない!全部事実だ!」
有馬の心の奥深くに根付いた苦しみは全部僕だった。
そう思ったら、僕は有馬の手を離すしかなかった。
有馬は浅い呼吸を整えて長い息を吐く。
「それに、月島のこと好きなんだよ。気持ち悪いだろ。だから、これで終わり」
有馬は壊れかけのロボットみたいに張り付けた笑顔を作った。
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最終回まで残り二、三話です。
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