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第三章
限界 有馬視点
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月島が俺の脚の間に座り、背中を預けてくる。
服越しに伝わる体温がじんわりと腿に染みて、呼吸のたびに小さく背中が上下するのがわかる。
近すぎて、シャンプーとも洗剤ともつかない、月島の匂いが鼻先をかすめた。
本人は友達として戯れているだけのつもりだ。
だから俺の気持ちを知ってしまったら離れていくに決まっている。
それでも、こんなにも無防備に寄りかかられると、身体が熱を持ってどうしようもなくなる。
鼓動が早まるのを悟られないよう、腕に力を込めないように堪えながら抱き留めていたが、
このままでは何かが決壊してしまいそうで、気づかれないように身をねじり、ほんの少しだけ距離を取った。
俺の心情を知らない月島は持って来た鞄の中をガサゴソして得意げに、酒瓶を掲げてみせてきた。
「今日は酒、持ってきた。飲んでみたくてさ」
無邪気にそう笑っているが、一升瓶は到底初めて飲む人の量ではない。
――普通初めて飲むならコンビニの缶ビールとかだろ。
「……それ、度数見た?」
思わず聞いてしまう。
「見てない!」
即答だった。
やっぱり嫌な予感しかしない。
自分の酒の強さも、飲める量も知らずにそんなの飲んだら事故るって。
瓶を月島の手から優しく取り上げる。
「今日は家の缶ビール開けていいからさ、そっちはまた今度にしよう」
「え、せっかく持ってきたのに……」
上目遣いで項垂れる月島に、不覚にも胸が痛くなる。
ダメなことはダメと言わなくちゃそんなことはわかっているのに、頭の中で揺れる天秤がちょっとなら許してしまいそうになった。
迷っているうちに月島は瓶を取り返し用意したグラスに注いで、くいっと一口飲んだ。
「……っ、から」
「ほら言わんこっちゃない」
案の定、顔が赤い。
耳までじわじわ染まっているのが分かる。
「でも、あったまる」
そう言って、月島はふらっと距離を詰めてきた。
当然みたいに腕に抱きついて頭を肩に預けてくる。
抱きつく、というより、絡むに近い。
それだけ俺に心を許してくれたんだって思うと嬉しい。
嬉しい反面、これまでの罪悪感が積もりに積もって心が悲鳴を上げていた。
俺は月島に許されてここにいる。
良い人の仮面を貼り付けて、卑怯な真似をしてまでそばに近づいて、本当に甘えているのは一体どちらなのか。
「……月島」
「んー?」
返事はあるのに、離れる気配はない。
むしろ、ぎゅっと力が入る。頬をすり寄せてくる。
可愛い生き物が完全に酔ってさらに可愛くなっている。
――まずい。
そう思っているのに、腕を解くことができない。
心の奥に眠っていたドロドロとした醜い感情が俺の必死に取り繕う姿を嘲笑うかのように顔を覗かせていた。
「……月島、危ないから」
「嫌だ、ギュッとしろ」
その一言で、何かが壊れる音がした。
月島を床に押し倒し、その上に覆い被さるように跨る。
それでも月島の腕はずっと背中に回ったまま、意地でもしがみついてくる。
「……ハグ魔?」
「なにそれ」
「最近、抱きつき癖ついてる」
「いいじゃん。嫌?」
嫌なわけがない。
このまま月島がキス魔にもなってくれたらいいのに。
もしかしたらしてくれるんじゃないかって試すみたいに、顔を近づける。
息がかかるほど近い。
月島がアルコールの回った虚ろな目でジッとこちらを見つめる。
醜い期待に胸を膨らませていると、突然両腕が伸ばされ、俺の顔を挟んだ。
「朔の顔、すきー!」
「……っ」
一気に、顔が熱くなる。
「酔ってるだろ」
「うん。でも嘘は言ってない」
ふらついているのに、真っ直ぐな目で見つめてくる。
「顔、赤い」
「うるさい」
完全に、追い詰められていた。
「……なあ」
低く、かすれた声が出た。
「俺はずっと好きなんだよ。真白のこと」
月島は一瞬キョトンとした顔をして次に首を傾げて笑う。
これは理解してないな。
思わず、小さく息を吐いた。
「……ずっとだよ」
月島が瞬きをする。
「ずっと前から、好きだ」
声が上ずる。
「明日になったらきっと忘れる……から、こんな時に逃げるみたいに言ってごめん。でも抑えられないんだ。俺のせいで月島は事故にあったのに。俺に好きなんて言える資格なんてないのに!」
月島が目を覚ましてから、意識を失っていた期間のせいで今の社会に置いてけぼりになってしまわないように、また、一人で苦しまないようにそばにいて手助けするつもりだった。
でも、月島は俺が思うより遥かに強くて、卑屈にならなくて、驚くほどのスピードで社会に戻っていた。
それこそ俺の助けなんて必要とせずに。
だから本当はもうとっくにわかっていた。
真白から離れていた方がいいこと、俺が真白にできることなんて何もないんだから。
俺が好きな人を幸せにできないのは俺が1番知っている。
月島は、しばらく何も言わなかった。
それから、にやりと笑う。
「よしよし」
そう言って手を伸ばしてくる。
「泣きたい時は泣いていいんだぞ」
その言葉があまりにも優しくて、視界が一瞬だけ滲んだ。
服越しに伝わる体温がじんわりと腿に染みて、呼吸のたびに小さく背中が上下するのがわかる。
近すぎて、シャンプーとも洗剤ともつかない、月島の匂いが鼻先をかすめた。
本人は友達として戯れているだけのつもりだ。
だから俺の気持ちを知ってしまったら離れていくに決まっている。
それでも、こんなにも無防備に寄りかかられると、身体が熱を持ってどうしようもなくなる。
鼓動が早まるのを悟られないよう、腕に力を込めないように堪えながら抱き留めていたが、
このままでは何かが決壊してしまいそうで、気づかれないように身をねじり、ほんの少しだけ距離を取った。
俺の心情を知らない月島は持って来た鞄の中をガサゴソして得意げに、酒瓶を掲げてみせてきた。
「今日は酒、持ってきた。飲んでみたくてさ」
無邪気にそう笑っているが、一升瓶は到底初めて飲む人の量ではない。
――普通初めて飲むならコンビニの缶ビールとかだろ。
「……それ、度数見た?」
思わず聞いてしまう。
「見てない!」
即答だった。
やっぱり嫌な予感しかしない。
自分の酒の強さも、飲める量も知らずにそんなの飲んだら事故るって。
瓶を月島の手から優しく取り上げる。
「今日は家の缶ビール開けていいからさ、そっちはまた今度にしよう」
「え、せっかく持ってきたのに……」
上目遣いで項垂れる月島に、不覚にも胸が痛くなる。
ダメなことはダメと言わなくちゃそんなことはわかっているのに、頭の中で揺れる天秤がちょっとなら許してしまいそうになった。
迷っているうちに月島は瓶を取り返し用意したグラスに注いで、くいっと一口飲んだ。
「……っ、から」
「ほら言わんこっちゃない」
案の定、顔が赤い。
耳までじわじわ染まっているのが分かる。
「でも、あったまる」
そう言って、月島はふらっと距離を詰めてきた。
当然みたいに腕に抱きついて頭を肩に預けてくる。
抱きつく、というより、絡むに近い。
それだけ俺に心を許してくれたんだって思うと嬉しい。
嬉しい反面、これまでの罪悪感が積もりに積もって心が悲鳴を上げていた。
俺は月島に許されてここにいる。
良い人の仮面を貼り付けて、卑怯な真似をしてまでそばに近づいて、本当に甘えているのは一体どちらなのか。
「……月島」
「んー?」
返事はあるのに、離れる気配はない。
むしろ、ぎゅっと力が入る。頬をすり寄せてくる。
可愛い生き物が完全に酔ってさらに可愛くなっている。
――まずい。
そう思っているのに、腕を解くことができない。
心の奥に眠っていたドロドロとした醜い感情が俺の必死に取り繕う姿を嘲笑うかのように顔を覗かせていた。
「……月島、危ないから」
「嫌だ、ギュッとしろ」
その一言で、何かが壊れる音がした。
月島を床に押し倒し、その上に覆い被さるように跨る。
それでも月島の腕はずっと背中に回ったまま、意地でもしがみついてくる。
「……ハグ魔?」
「なにそれ」
「最近、抱きつき癖ついてる」
「いいじゃん。嫌?」
嫌なわけがない。
このまま月島がキス魔にもなってくれたらいいのに。
もしかしたらしてくれるんじゃないかって試すみたいに、顔を近づける。
息がかかるほど近い。
月島がアルコールの回った虚ろな目でジッとこちらを見つめる。
醜い期待に胸を膨らませていると、突然両腕が伸ばされ、俺の顔を挟んだ。
「朔の顔、すきー!」
「……っ」
一気に、顔が熱くなる。
「酔ってるだろ」
「うん。でも嘘は言ってない」
ふらついているのに、真っ直ぐな目で見つめてくる。
「顔、赤い」
「うるさい」
完全に、追い詰められていた。
「……なあ」
低く、かすれた声が出た。
「俺はずっと好きなんだよ。真白のこと」
月島は一瞬キョトンとした顔をして次に首を傾げて笑う。
これは理解してないな。
思わず、小さく息を吐いた。
「……ずっとだよ」
月島が瞬きをする。
「ずっと前から、好きだ」
声が上ずる。
「明日になったらきっと忘れる……から、こんな時に逃げるみたいに言ってごめん。でも抑えられないんだ。俺のせいで月島は事故にあったのに。俺に好きなんて言える資格なんてないのに!」
月島が目を覚ましてから、意識を失っていた期間のせいで今の社会に置いてけぼりになってしまわないように、また、一人で苦しまないようにそばにいて手助けするつもりだった。
でも、月島は俺が思うより遥かに強くて、卑屈にならなくて、驚くほどのスピードで社会に戻っていた。
それこそ俺の助けなんて必要とせずに。
だから本当はもうとっくにわかっていた。
真白から離れていた方がいいこと、俺が真白にできることなんて何もないんだから。
俺が好きな人を幸せにできないのは俺が1番知っている。
月島は、しばらく何も言わなかった。
それから、にやりと笑う。
「よしよし」
そう言って手を伸ばしてくる。
「泣きたい時は泣いていいんだぞ」
その言葉があまりにも優しくて、視界が一瞬だけ滲んだ。
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