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第三章
期待
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二人前の料理を作ってから気づいた。
有馬が仕事のあとにうちに来るとは限らないよな。
今日の朝、なんでいるのって言っちゃったし、なんなら泊まりがけで世話してくれたのに一言もお礼を言ってないし。
終わってんな、僕。
無意識にあいつに期待してたのか。
僕だったら頼まれてないのに二日も友達?の看病しに行かない。
なんで当たり前に来る前提で作っちゃったんだろう。
二人前の野菜炒めを前にしてどうしようかと考え込む。
ふと、テーブルに置いてあったスマホが目に入った。
ホーム画面に十八時三十分と表示されている。
ーーー今からでもお礼がしたいからうちまで来てって連絡するか?
急にって感じだよなぁ。
明日の朝用にとっとくしかないか。
気落ちしながらもラップを探して手に取った時のことだった。
外からガサゴソと誰かが来たような音が聞こえてきた。
もしかしてと足早にインターホンのモニターを見に行くと、やっぱりスーツ姿の有馬朔が映っていた。
玄関まで駆け寄って踵を踏んだまま靴を履きドアノブに手をかける。
すぐに開けてしまいたかった。
でも、それじゃあ、来るのを心待ちにしていたみたいで気恥ずかしくなった。
インターホンが鳴って、一度冷静になった僕は部屋に戻ってモニターの通話ボタンを押す。
「はい」
「あー、有馬朔だけど、体調は大丈夫そう?」
「おかげさまで、もうすっかり良くなったよ」
「よかった。遅い時間に悪いな。本当は仕事終わったらそのまま帰るつもりだったんだけど、どうしても気になって。無事なの確認できたし、もう行くわ」
「え、あっちょっと待って」
いきなり立ち去ろうとする有馬を引き止めなきゃと慌てて玄関に向かって走った。
勢いよくドアを開けると有馬が驚いた顔をして立っていた。
よかった、間に合ったみたいだ。
「お礼もしたいし、夕ご飯食べてってよ。ちょうど二人分作ったんだ」
「っいいのか」
一瞬の間のあと、有馬の声が明るく弾んだ。
笑顔になる有馬は嬉しいという感情を隠しもせず全面に溢れ出ている。
その素直さに、逆に僕の方が落ち着かなくなってさっと視線を背けた。
「いいから、寒いからはやく中に入って」
もう季節は秋に差し掛かっていて、昼間は薄着でよくても夜になれば冷えてくる。
それを言い訳に僕はぐいぐい背中を押して家に押し込んだ。
「お邪魔します」といって隣で靴を脱ぐ有馬。
ぎこちない足取りで廊下を進み、手に持った荷物を置き直したり、髪を触ったりと、そわそわしている様子に苦笑してしまう。
うちに来るのは二回目だというのに、何を緊張しているんだか。
「ほら、ここに座ってよ」
木製の椅子をポンポンと軽く叩いて示す。
「ああ。」
有馬が座るのを確認してから僕も向かいの椅子に腰掛ける。
「お、野菜炒めか。月島が作ったんだよな。美味しそう!」
目をキラキラさせる有馬に思わず笑ってしまう。
「ふふ、このくらいで大げさだな。」
こっちの世界でも誰かにこんなふうにご飯を振る舞う日が来るとは思わなかった。
それに、相手が喜んでくれるのは普通に嬉しい。
「‥‥‥」
気づくと、有馬が箸を持ったまま固まって、こちらをじっと見ていた。
「なんだよ」
「いや、月島って笑うんだな」
「は?失礼だな。僕だって普通に笑うよ」
「そう言う意味じゃなくて。あまりにも笑顔が綺麗だったから、思わずっていうか。それに、俺たち昔は喧嘩ばっかだっただろ」
「喧嘩ばっかっていうか、お前が一方的に揶揄してきたんだろ」
僕の言った言葉になぜか有馬はきゅっと唇を引き結んだ。
これはどういう反応?
事実を言っただけだ。
昔のことを思い出して嫌な気持ちになるのは僕の方だ。
なのに、有馬は心なしか、悲しい表情をしている。
「あの時はごめん。俺が悪かった」
そうやって頭を下げる有馬に息を呑む。
ーーーこいつ、謝罪できたんだ
自分でもよくわからないが感動してしまった。
てっきり昔みたいに言い合いになると思っていた。
「あの頃は月島と仲良くなりたくて必死だったんだ」
「え、仲良くなりたくてって言った?」
日本語が間違って聞こえたと思った。
当時の有馬の行動は仲良くなりたい人のものではなかったと思う。
「うん。仲良くなりたくて変に焦って傷つけてごめん。って謝るの遅すぎだよな」
聞き間違いじゃなかった。
「でも、お前中学の時もずっとそんな感じだったけど」
「死ぬほど後悔してる。変わらなきゃって何度も思ってたけど、できなかった。」
ーーーすごく言い訳っぽく聞こえる。信用できない
僕の考えていることが顔に出ていたのか、有馬が焦ったように続ける。
「本当だよ!月島を前にすると緊張して言葉が出なくなるんだよ」
ーーーそれ単に僕のこと嫌ってるからだろ
言おうとしてなんとか飲み込んだ。
ここで一切合切ぶつけてしまいたかった。
でも、そうするともう二度と有馬とこういうふうに会えなくなる気がしてその方が苦しくてできなかった。
「お、おう」
代わりにかろうじて出た返事。
なにこれ…
自分の感情がもうよくわからない。
さっきまでイライラして怒りが沸いていたのに、今は謎にこの空気に緊張している。
言葉を間違えればいくらでも収集がつかなくなるくらい僕たちの間には地雷が多すぎる。
でもそれをあえて避けることを選んでいる。
僕はこいつをどうしたいんだ?
こいつとどうなりたいんだ?
それがわからなくて一旦この場では会話を終わらせたかった。
「もう、昔のことはいいだろ。冷めたらまずいしはやく食べよ」
「月島が作ったなら冷めても美味しいよ」
「なに言ってんだよ。そういうのはいいからはやく食え。いただきます!」
三日ぶりに飯を食べたのかと思うくらい有馬は口にたくさん頬張り「美味しい」を連呼していた。
ご飯を食べ終わって席を立つ。
お皿を流しに持って行こうとすると、有馬が「俺がやるよ」と言って、僕の持っていた皿を奪った。
手際よく泡を立てるその背中を見て、ハッとする。
この前のお礼のはずなのに、これじゃあまた世話を焼かせてるじゃないか。
僕も同じ流し台に立ち、少し迷ってから口を開いた。
「じゃあ、有馬は洗って。僕は拭くね」
役割分担した方が早いし、名案だろう。
と思ったが、後から間違いだったと後悔した。
だって、一つの流しに二人が並ぶと自然と距離が近くなる。
食器を手渡しされることに指が少しでも触れると、その度に気まずくなった。
帰り際、荷物をまとめた有馬は不安そうな目で僕を見つめてきた。
「今日はありがとう。迷惑じゃなかったら、仕事が落ち着いたら、連絡してもいいかな」
「‥‥まあ、連絡くらいはいいけど」
「やった!ずっとうちに呼びたかったんだ!……あ、今のは忘れて!調子乗った。でも、月島のために色々用意しとくな!」
「え、ちょっと、家に行くのは良いって言ってなっ」
「またなー!」
ーーーうう。これ聞こえてなかったな
ドアが閉まる音がして、鍵をかけてから、しばらくその場に立ち尽くした。
静かになった家の中をみると、食器はきれいに片付いていて、流し台も乾いている。
当たり前だけど、さっきまでいた有馬の痕跡はもうほとんど残っていない。
それなのに家の中の空間がいつもより広くなったように感じた。
「連絡くらいはいいけど」
自分で言った言葉を、頭の中でなぞり、
テーブルの上に置きっぱなしだったスマホを手に取る。
画面は暗いままなのに、無意識に指が通知を待つ位置に触れていた。
来るわけないだろ。
そう言い聞かせて、スマホを伏せる。
有馬の僕を見つめる真っ直ぐな眼が、やたらと鮮明に浮かんだ。
有馬が仕事のあとにうちに来るとは限らないよな。
今日の朝、なんでいるのって言っちゃったし、なんなら泊まりがけで世話してくれたのに一言もお礼を言ってないし。
終わってんな、僕。
無意識にあいつに期待してたのか。
僕だったら頼まれてないのに二日も友達?の看病しに行かない。
なんで当たり前に来る前提で作っちゃったんだろう。
二人前の野菜炒めを前にしてどうしようかと考え込む。
ふと、テーブルに置いてあったスマホが目に入った。
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ーーー今からでもお礼がしたいからうちまで来てって連絡するか?
急にって感じだよなぁ。
明日の朝用にとっとくしかないか。
気落ちしながらもラップを探して手に取った時のことだった。
外からガサゴソと誰かが来たような音が聞こえてきた。
もしかしてと足早にインターホンのモニターを見に行くと、やっぱりスーツ姿の有馬朔が映っていた。
玄関まで駆け寄って踵を踏んだまま靴を履きドアノブに手をかける。
すぐに開けてしまいたかった。
でも、それじゃあ、来るのを心待ちにしていたみたいで気恥ずかしくなった。
インターホンが鳴って、一度冷静になった僕は部屋に戻ってモニターの通話ボタンを押す。
「はい」
「あー、有馬朔だけど、体調は大丈夫そう?」
「おかげさまで、もうすっかり良くなったよ」
「よかった。遅い時間に悪いな。本当は仕事終わったらそのまま帰るつもりだったんだけど、どうしても気になって。無事なの確認できたし、もう行くわ」
「え、あっちょっと待って」
いきなり立ち去ろうとする有馬を引き止めなきゃと慌てて玄関に向かって走った。
勢いよくドアを開けると有馬が驚いた顔をして立っていた。
よかった、間に合ったみたいだ。
「お礼もしたいし、夕ご飯食べてってよ。ちょうど二人分作ったんだ」
「っいいのか」
一瞬の間のあと、有馬の声が明るく弾んだ。
笑顔になる有馬は嬉しいという感情を隠しもせず全面に溢れ出ている。
その素直さに、逆に僕の方が落ち着かなくなってさっと視線を背けた。
「いいから、寒いからはやく中に入って」
もう季節は秋に差し掛かっていて、昼間は薄着でよくても夜になれば冷えてくる。
それを言い訳に僕はぐいぐい背中を押して家に押し込んだ。
「お邪魔します」といって隣で靴を脱ぐ有馬。
ぎこちない足取りで廊下を進み、手に持った荷物を置き直したり、髪を触ったりと、そわそわしている様子に苦笑してしまう。
うちに来るのは二回目だというのに、何を緊張しているんだか。
「ほら、ここに座ってよ」
木製の椅子をポンポンと軽く叩いて示す。
「ああ。」
有馬が座るのを確認してから僕も向かいの椅子に腰掛ける。
「お、野菜炒めか。月島が作ったんだよな。美味しそう!」
目をキラキラさせる有馬に思わず笑ってしまう。
「ふふ、このくらいで大げさだな。」
こっちの世界でも誰かにこんなふうにご飯を振る舞う日が来るとは思わなかった。
それに、相手が喜んでくれるのは普通に嬉しい。
「‥‥‥」
気づくと、有馬が箸を持ったまま固まって、こちらをじっと見ていた。
「なんだよ」
「いや、月島って笑うんだな」
「は?失礼だな。僕だって普通に笑うよ」
「そう言う意味じゃなくて。あまりにも笑顔が綺麗だったから、思わずっていうか。それに、俺たち昔は喧嘩ばっかだっただろ」
「喧嘩ばっかっていうか、お前が一方的に揶揄してきたんだろ」
僕の言った言葉になぜか有馬はきゅっと唇を引き結んだ。
これはどういう反応?
事実を言っただけだ。
昔のことを思い出して嫌な気持ちになるのは僕の方だ。
なのに、有馬は心なしか、悲しい表情をしている。
「あの時はごめん。俺が悪かった」
そうやって頭を下げる有馬に息を呑む。
ーーーこいつ、謝罪できたんだ
自分でもよくわからないが感動してしまった。
てっきり昔みたいに言い合いになると思っていた。
「あの頃は月島と仲良くなりたくて必死だったんだ」
「え、仲良くなりたくてって言った?」
日本語が間違って聞こえたと思った。
当時の有馬の行動は仲良くなりたい人のものではなかったと思う。
「うん。仲良くなりたくて変に焦って傷つけてごめん。って謝るの遅すぎだよな」
聞き間違いじゃなかった。
「でも、お前中学の時もずっとそんな感じだったけど」
「死ぬほど後悔してる。変わらなきゃって何度も思ってたけど、できなかった。」
ーーーすごく言い訳っぽく聞こえる。信用できない
僕の考えていることが顔に出ていたのか、有馬が焦ったように続ける。
「本当だよ!月島を前にすると緊張して言葉が出なくなるんだよ」
ーーーそれ単に僕のこと嫌ってるからだろ
言おうとしてなんとか飲み込んだ。
ここで一切合切ぶつけてしまいたかった。
でも、そうするともう二度と有馬とこういうふうに会えなくなる気がしてその方が苦しくてできなかった。
「お、おう」
代わりにかろうじて出た返事。
なにこれ…
自分の感情がもうよくわからない。
さっきまでイライラして怒りが沸いていたのに、今は謎にこの空気に緊張している。
言葉を間違えればいくらでも収集がつかなくなるくらい僕たちの間には地雷が多すぎる。
でもそれをあえて避けることを選んでいる。
僕はこいつをどうしたいんだ?
こいつとどうなりたいんだ?
それがわからなくて一旦この場では会話を終わらせたかった。
「もう、昔のことはいいだろ。冷めたらまずいしはやく食べよ」
「月島が作ったなら冷めても美味しいよ」
「なに言ってんだよ。そういうのはいいからはやく食え。いただきます!」
三日ぶりに飯を食べたのかと思うくらい有馬は口にたくさん頬張り「美味しい」を連呼していた。
ご飯を食べ終わって席を立つ。
お皿を流しに持って行こうとすると、有馬が「俺がやるよ」と言って、僕の持っていた皿を奪った。
手際よく泡を立てるその背中を見て、ハッとする。
この前のお礼のはずなのに、これじゃあまた世話を焼かせてるじゃないか。
僕も同じ流し台に立ち、少し迷ってから口を開いた。
「じゃあ、有馬は洗って。僕は拭くね」
役割分担した方が早いし、名案だろう。
と思ったが、後から間違いだったと後悔した。
だって、一つの流しに二人が並ぶと自然と距離が近くなる。
食器を手渡しされることに指が少しでも触れると、その度に気まずくなった。
帰り際、荷物をまとめた有馬は不安そうな目で僕を見つめてきた。
「今日はありがとう。迷惑じゃなかったら、仕事が落ち着いたら、連絡してもいいかな」
「‥‥まあ、連絡くらいはいいけど」
「やった!ずっとうちに呼びたかったんだ!……あ、今のは忘れて!調子乗った。でも、月島のために色々用意しとくな!」
「え、ちょっと、家に行くのは良いって言ってなっ」
「またなー!」
ーーーうう。これ聞こえてなかったな
ドアが閉まる音がして、鍵をかけてから、しばらくその場に立ち尽くした。
静かになった家の中をみると、食器はきれいに片付いていて、流し台も乾いている。
当たり前だけど、さっきまでいた有馬の痕跡はもうほとんど残っていない。
それなのに家の中の空間がいつもより広くなったように感じた。
「連絡くらいはいいけど」
自分で言った言葉を、頭の中でなぞり、
テーブルの上に置きっぱなしだったスマホを手に取る。
画面は暗いままなのに、無意識に指が通知を待つ位置に触れていた。
来るわけないだろ。
そう言い聞かせて、スマホを伏せる。
有馬の僕を見つめる真っ直ぐな眼が、やたらと鮮明に浮かんだ。
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