【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

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面会

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 朔也は面会室に恐る恐る入る。透明の板の向こうには、水野 章がいた。

「よう。朔也。水臭い真似しやがって。」

水野は朔也をいたわるような微笑みを向けた。

「悪いな…。こんな姿見せちまって…。」
「よせよ。辛いのはお前なんだから。」

二人の間に沈黙が流れる。朔也は水野の顔を見ることができなかった。最初に沈黙を破ったのは水野だった。

「…潤たちだけど、あいつらは朔也が会いにくるまでは会いに行かないってさ。」
「そうか…。」
「落ち込むなよ。要は待ってるってことだから。」
「…ありがとうな。」
「それと、店だが、もう大家さんに解約されたろ?荷物とか整理してくれる奴はいるのか?」
「……。」
「俺が勝手にしてもいいか?」
「…いいのか?」
「もちろん。手出したからには最後まで付き合うよ。」
「……でも、」
「なんだ?」
「………。」
「…小夜ちゃんの思い出が詰まってるような何かがあるのか?」

朔也は下唇を噛んだ後、続けた。

「たくさんありすぎて、何を先から言えばいいか…。」
「なんなら俺のアトリエに置いておくぞ?」

水野は傍聴している警察官を少し見た。言葉を選んでいるのだ。朔也は少し悩んだ後に、水野の目を見た。

「いや、いい。もう全部捨ててくれ。剪定バサミとか入ってる工具箱があるからそれ以外は全部…捨ててくれ。」
「…いいのか?」
「あぁ…。もう、会えないからな。」
「…わかった。」

朔也は水野に微笑んだ。感謝の意を込めた笑顔だった。

「そういえば朔也の髭面、初めて見たな。剃る時間ないのか?」
「そういうわけじゃないけど、めんどくてな…。汚く見えるか?」
「ふっ…いいや。むしろダンディーになってるぞ。さすが、『イケメン』だな。」
「やめろよ…。照れくさい。」

二人はここが刑務所だということを忘れさせるような和やかな空気にいた。朔也の心の荒んだ部分が少し晴れていくような、そんな気がした。

ーーーーーー

小夜は面会室に通され、成亮を待っていた。しばらくして成亮が向こう側のドアから出てきた。

「…お父様。」
「小夜。元気にしてたか?…っていうのもおかしいな…。」

成亮はいつもの気の張った雰囲気ではなく、弱々しくそれでいて何か力の抜けたような姿になっていた。本来はこういう姿をしていたのだろう。小夜は成亮の本当の姿を初めて見たような気がした。

「お父様も、」
「やめてくれ。もう組は脱会している。お父さんと呼んでくれ。」
「…わかりました。お父さんは体調とか大丈夫ですか?」
「あぁ。大丈夫だ。ありがとうな。」

小夜は朔也のことを包み隠さず成亮に打ち明けた。成亮は穏やかに、少し悲しげに微笑みながら小夜の話を聞いた。そこには娘に酷いことをしてしまったという後悔と夏夜の犯人を捕まえることができたという隠しきれない達成感からくる安堵が混じり合っていた。

「そうか……。小夜はその子と出会って良かったと思うか?」
「それはもちろん!…朔也くんのおかげでいろんなこと考えれたし、知れました。」
「たとえば?」
「…私は何も知らなかった。だから、お祖父様とかお父様…お父さんが苦しんでたことも知らずにずっと恨んでました。お母さんのことを思ってる素振りも見れなかったから。それに加えて私の自由も奪った…。だけどその奥にあった私への愛情みたいなのを知れました。二人だけじゃない。司波さんや佐藤、組のみんなにどれだけ良くしてもらってたか。友人もできて、朔也くんと恋仲になって、その代わりに苦しんだ事もあったけど、自分自身とちゃんと向き合えたと思います。今まで見たくなくて蓋してたもの全部。それは朔也くんがいたから真剣に向き合えてたんです。今まで私は現状だけ嘆いて、自分は頑張ってるのにって思い続けて不満ばかりだった。でもそれは一番見たくない自分から逃げる言い訳でしかなかったんだって、今なら思えます。………それと、」
「それと?」
「私はこれだけ人に愛されることができて、人をこれだけ本気に好きになれるんだって、思えました。」

小夜は嬉しそうに成亮を見つめた。成亮はその表情に夏夜と付き合い始めた時のことを思い出した。ウェディングプランナーとしてまだ新米だった夏夜は朝早くから夜遅くまで働き、隙間時間には勉強をするような努力家だった。新郎新婦やその家族への笑顔は絶やすことはなかった。不満は一つも言わなかった。成亮はそんな夏夜に密かに惹かれていった。成亮が夏夜を初めて食事に誘った時、断られた。きっと組のことがあって恋愛に奥手だったのだろう。それでも成亮はアプローチをやめなかった。ヤクザだろうがなんだろうがどうでも良かった。何度目かの告白で、夏夜は嬉しそうに成亮からの花束を受け取った。その時の笑顔は成亮にとって世界一美しく、世界で一番大切な宝物になった。その宝物が目の前に現れたのだ。

「…ここに、あったんだな……。」
「お父さん…?」
「あぁ、すまん……。」

成亮の左目から一筋の涙が流れる。成亮はそれを急いで拭き取る。小夜はその様子にそれ以上は話さなかった。

「…小夜は、朔也という子から『愛』をたくさんもらって、学べたんだな。」
「…一生分の『恋』を教えてくれました。」

成亮は小夜があえて『恋』と言い換えたことにその真意を察した。朔也との仲は『恋』から『愛』になることはできなかったということだ。本当に一生を共にしたいなら、もっと時間をかけて慎重になって周りを見てタイミングを見計らえば良かった。でもそれができないほど、周りが見えなくなって、先も見えなくなって、自己中心的になっていった。お互いを強く求めることしかできずに一歩引いて冷静になることが結局できなかった。それはどこまでいっても結局、『恋』でしかなかった。

「じゃあ、小夜はそれを踏まえてこれからどうするんだ?」
「………組のみんなが必要としてくれてるのはわかっています。だけど、朔也くんのこともあって素直に戻りますって言いたくない自分がいる。だからと言って知らんふりして出ていくのも、違う気がして…。」
「総裁には会ったのか?」
「お祖父様は体が悪くて、お見舞いに行きましたけど突き返されました。正直、もう関わりたくないです…。」
「そうか……。この家の男はみんな不器用だからな…。武流は?」
「武流とも、しばらく話してません。」
「この機に武流のことももう一度考えたらどうだ?」
「…今更、武流の元に行けないですよ。私は武流の目の前で朔也くんを選んだんだし…。」
「そういう過去のこと全部飛ばして。小夜の将来にとって武流という男がどういう価値を持っているか考えてみなさい。」
「…はい。」

小夜は初めて成亮が父親の顔をしたような気がして、少しだけ嬉しくなった。
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