【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

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 あれから多くの時が過ぎた。小夜と武流の関係は相変わらずで、小夜の将来も決まりきらず、卒業が目前に近づいていた。学費のこともあり、小夜は大学進学を断念。武流も組のために大学には行かないことを判断した。武流の兄である誠が小夜に進学援助として資金を提供しようと言ってくれたが、断っていた。小夜の中には、決め切らない状態でお金を無駄にするだけだという考えがあったからだ。しかし、組の姐になるということも考えられなかった。小夜の心の中に確かにあったのは朔也という存在だけだった。佐藤は何事もなく回復をしていき、もう少しでリハビリができるという状態まで担った。担当医からは驚くべき回復力だと言われて小夜と佐藤は笑い合った。
 そんな中、清兵衛の体調は回復することもなく、逆に著しい悪化もなかった。緩やかな下り坂のような状態が続いた頃、ついにその時が来てしまった。

「お嬢。総裁が危篤になりました。」

夜。小夜の部屋の前で一人の組員がそれを報告しに来た。小夜はそっと目を瞑り気合を入れると、部屋を出て組員の後ろについて行った。清兵衛の部屋の前には組員十数名が並んでいた。そっと部屋に入る。部屋の中には訪問看護の看護師二名と全ての最高幹部、そして武流がいた。重松が小夜に視線を送り、頷いた。小夜は寝たままの清兵衛に近づく。もうあの時の怒声は聞こえてこない。静かな寝顔だった。小夜はその顔をじっとみていた。すると清兵衛の瞼が開く。瞳が小夜の方に動いた。小夜はまた嫌な顔をされると思い、目線を逸らした。

「清兵衛さん、分かります…か…」

声かけをしようとした看護師を重松は静止した。清兵衛が何かを言おうと口を開閉させる。瞳は以前小夜に向いていた。

「夏夜……もう、迎えに来たのか…」
「え…?」

どうやら清兵衛は小夜を夏夜と見間違えているようだった。夏夜と呼ばれたことにより小夜は清兵衛に目を向けた。清兵衛は掠れた声で続けた。

「樹は……、お前のお母さんはどうした…?」
「…すぐそばにいるよ。」
「……そうか。司波ちゃんは…?俺の迎えには来てくれないのか…?」
「もうすぐ、来るよ…。」
「…そうか。」

小夜は清兵衛の調子に合わせた。清兵衛は司波の名前を出すと、急に呼吸を荒くし始めた。死戦期呼吸の前兆だ。小夜はその苦しそうな姿に自分も苦しくなってきた。自分の指先が冷たくなっていくのがわかる。

「……夏夜……夏夜……」
「何、お父さん…。」
「…小夜は……小夜は…小夜を…」

もう清兵衛の言っていることがうまく聞き取れない。頭も回っていないのだろう。自分の名前を呼ばれるとは思っていなかった小夜はわかりやすく動揺した。そして、清兵衛は小夜に向かって手を伸ばす。

「夏夜…夏夜…顔を…こっちに…」

重松は小夜の背中を押し、清兵衛の手が届きそうな先まで小夜を近づけた。小夜自身も呼吸が荒くなる。

「夏夜……何も…してやれなくて…ごめんな……。」
「………。」
「夏夜……かわいい…孫を…ありがとうな……。何も…して…やれな…はぁあっ、はぁあっ、はぁあっ…」

小夜は涙が溢れた。伸ばされた清兵衛の手を握ろうと震える手を伸ばしたが、触れる寸前に清兵衛の手はゆっくりと落ちていった。清兵衛の苦しむ呼吸が大きくなる。その音が部屋を包んでいく。看護師が清兵衛の体をさすりながら声かけを始めた。

「清兵衛さん、大丈夫ですよー。もう頑張らなくていいですからねー。もうすぐで楽になりますからねー。」

間も無くして清兵衛は息を引き取った。部下複数名と孫に送られた最後だった。小夜は自分の部屋で静かに涙を流した。

「何よ……。なんで最後に心の中に入るようなこと……するの……。なんで、こんなに不器用なの……。」

 清兵衛の葬式は厳かに行われた。事件があったにも関わらず、いろんな界隈の人間やサクラの会員である組長らが参列した。それは清兵衛の人望を表していた。また清兵衛は小夜に遺書を残しており、小夜は代表で読み上げた。

『信念を忘れず、人情を忘れず、任侠であることを忘れるな。筋を通せ。責任を取るなら腹を切る覚悟をしろ。最後に、組の決定は百目鬼 小夜に託す。好きにしろ。      百目鬼 清兵衛』

(勝手な人…。)

小夜の中にはこの瞬間、明らかな決心が芽生えた。
 葬式が終わり落ち着いた頃、小夜は清兵衛の最後を成亮に報告しに行っていた。

「お義父さんの最後の言葉は隠してた本心だったんだな…。」
「はい。」
「小夜はどうするかもう決めたのか?」
「……お祖父様の遺書は正直勝手すぎて怒れますけど…結局、旭さんが私に託したものと同じものをを私に託したような気がします。」
「託されたもの?」
「はい。家族を想う気持ちみたいなものを…」
「…それを小夜はどうするんだ?」
「…お父さん。」
「ん?」
「私、お父さんと本当の意味での家族になりたい。私たちの家を『家族を守れる家』にしたいです。もう二度と、同じような出来事を繰り返さないために。憎しみとか、そういうもの全部断ち切りたい。」
「……あぁ。なろう。家族に。」
「はい。」

小夜は具体的な目標を成亮に告げた。ところどころ成亮に助言をもらいながら自分のやるべきことを明確にしていった。
 それから小夜は武流を追いかける形で重松に百目鬼の全ての活動を教えてもらった。何度も頭を抱えるようなことも、頭が痛くなることもたくさん聞いた。それでも小夜は逃げ出すことはしなかった。小夜は一番に、百目鬼組と関係している人間の数が予想以上に多いことに懸念を抱いた。小夜は重松にだけ自らの具体的な組のビジョンを伝えた。最初は重松は驚き、渋ったものの小夜の思いに応え、小夜に全てのことを教えた。その関係は高校卒業後も続いた。小夜は実際に各事務所やコネクトのある企業や団体への訪問もしていた。その動きはまさに後継だったが、総裁は不在。実質は重松が統率を行っていたが、依然、組の現状は厳しかった。加えて、盃を交わす儀式もやらずにしれっと始まった小夜の動きは、武流を下につかせている最高幹部の不信感を煽り、脱会を仄めかしていた組員たちにも混乱を招いていたため、組織としてのまとまりがなくなりつつあった。
 そんなある日の夜。サクラの『あの方』からの使いの男が百目鬼を訪れた。
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