【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

文字の大きさ
82 / 87

上等

しおりを挟む
 ある日の夜。小夜は玄関の方が騒がしいことに気づき、向かっていた。玄関には見知らぬ屈強な男が一人。その周りを囲うように組員たちがおり、武流と重松がその男の対応をしているようだった。側には小夜が入院中、病院に来ていた最高幹部の人間もいる。ものすごい緊張感だ。男どもの一触即発の雰囲気は今まで見てきたが、それとは比べ物にならないくらい。組員の警戒心と闘争心が剥き出しだ。

「従うのか、従わないのか。」
「…悪いが、今は内輪で一杯一杯なんだ。次期総裁だって正式には決まってねぇ。…行かせるなら武流だ。」
「『あの方』は小夜さんに会わせて欲しいとおっしゃってるんだ。」
「だから……武流が次期総裁候補だと清兵衛さんからも伝えてるはずだ。」
「…いい加減、お嬢さんを出せ。」

サクラの男が懐に手を入れる。組員の緊張感が余計高まった。

「ちょっと待てよ。」

張り詰めた空気を切ったのは、あの嫌味のある最高幹部だった。

「重松さん、ちょうどいいじゃねぇか。『あの方』がもう総裁は小夜お嬢さんって決めたんだ。武流は諦めろ。」
「てめぇ!組の方針を外部に決められるなんざ、負け犬に成り下がるも同然だぞ!」

重松がその最高幹部に殴りかかる瞬間、最高幹部は武流の襟を掴んだ。

「お嬢さんとなんの関係もないお前は用済みだ…。武流…。」
「………。」
「これでも反抗しないで、何が総裁だ…。」
「待って。」

男の間に割って入ったのは小夜だった。武流の襟を掴む男の腕を掴む。小夜の突発的な行動にその場の一同が黙った。

「離して。」
「…は?」
「離しなさい。」

小夜が怖気付くことはなかった。それは血筋というべきか天性とも言うべきか。その眼光に貫かれた最高幹部は清兵衛が帰ってきた錯覚に陥り、手を離した。

「私、行きます。」
「……お嬢さん、自分が何を言ってるのか分かってんのか?」
「はい。」
「…無茶だ。女一人でなんて…。危なすぎる。」
「一人じゃないわ。」

小夜はたじろぐ重松を見た後、武流のネクタイを引っ張り思いっきり引き寄せる。その瞬間、武流の唇に小夜の唇が勢いよく触れた。男たちの驚きの声が漏れる。武流自身も何が起きたのかわからず、体が硬直したまま指一本動かすこともできなかった。小夜は長い口付けをした後に、そっと唇を離す。

「百目鬼家直系、百目鬼 小夜の旦那である百目鬼組次期総裁の百目鬼 武流も同行します。問題ありませんよね?」

小夜は武流のネクタイを離すとサクラの男に向かって強気な言葉をかけた。男は眉間に皺を寄せた後、少しため息をついた。

「……わかった。準備ができたら車に乗ってください。」
「ありがとうございます。」

小夜は武流と目も合わせることなく、支度をしに自分の部屋に向かった。武流は困惑の表情を浮かべ、重松を見た。重松は溜め息をつくと慰めの笑みを浮かべ、武流の肩を叩いた。
 サクラの『あの方』の元へ向かう途中、小夜と武流の間には沈黙が続いていた。武流は横目で小夜を見る。

「お前って誰とでもできんの?ああいうこと。」

小夜は武流を睨むように見た後、再び窓の流れる景色に目をやった。

「別に特別な意味とかないから。」
「……じゃあ、なんだよ?庇ったつもりか?同情?ヒロイズムかよ…。」

武流が嘲笑を浮かべていると、小夜は武流の方をまっすぐに見ていた。

「……なんだよ。」
「勘違いしないでよ。」
「は?」
「武流に全部背負わせるつもりないから。」
「………。」
「私の家だもの。」

小夜はそう言うと睨むような目つきで前を向いた。その横顔に武流は目を見開いて驚いた。同時に鼓動がいつかの時と同じように鳴る。小夜の横顔にはもう泣いてばかりの少女はいなかった。小夜は左手でネックレスの指輪を握る。その仕草に今度は武流が視線を逸らし、窓の外を眺めた。そして先程の小夜の感触を確かめるように自分の唇をなぞる。

『特別な意味とかないから。』

いつの日か強く強く願った感触だったはずなのに、武流の顔には虚無感のようなものが浮かんでいた。

ーーー某マンション 最上階ーーー

 小夜と武流は『あの方』の部屋まで案内された。通された部屋には一人の若い男性が晩酌をしていた。その美形さはどこかの王族の血筋と言われても納得できるほどだ。二人は驚いた。てっきり年老いたお爺さんが出てくると思っていたからだ。その表情に男は爽やかな笑い声をあげた。

「はっはっはっはっはっ!旭と全く同じ反応だ。面白い…。」
「親父と…?」
「やっぱり君が旭の息子だね。でもどちらかというと母親似なのかな?……招かれざる客だが、お嬢さんの意志なら尊重しよう。…初めましてサクラの統率者だった男の息子だ。よろしく。」
「息子……?」
「その様子じゃ、何も知らないんだね。」
「前総裁からの引き継ぎはなく、私たちは勉強中の身です。」
「そうか……。どうして小夜さんはこちらの世界に首を突っ込む?事件のことも知っているよ。君は昔からこの世界が嫌いなんだろ?愛する人を捨てて、どうしてこちらへ来た?」
「…託されたので。」
「ふーん。君は人に言われてこっちに来たのか。」
「違います。」
「じゃあ、本心は何だ?」

小夜は拳を握り締め、前進した。男を睨みつける。

「私は、百目鬼家を、この家に関わった人の、悲しみの連鎖を断ち切りに来ました。」

男は柔らかい笑顔を消し、冷徹な目線を送った。

「それは、百目鬼を解体するということか?」
「はい。」

武流は初めて聞いた小夜の思惑に思わず声を漏らした。

「それがなんの意味を含んでいるのか、わかっているのか?」

男は立ち上がり、小夜に近づく。小夜の頬にかかる髪に手を伸ばした。

「それはサクラの脱会を意味する。百目鬼は昔からの強い支柱だった。君の一存で決められることではないぞ?」

髪を撫でる指先から髪を伝って殺意が伝わる。すぐそばにいた武流は冷や汗を流していたが、小夜は表情ひとつ変えずに男を睨んでいた。

「お言葉ですが、私たちが抜けようが抜けまいが暴力団の活動範囲や勢力は急激に弱まっています。これからの社会を生き抜くためにも、今からでも動かなければいけません。殊更、私たちのシマは地方ですが、抱える組員や市政に関わる役人、抱えている会社やその従業員。どれをとっても数が多い。今のままの犯罪まがいなシノギではいずれ消滅してしまう。今まで働いてくれた人間を泥舟に乗らせて沈めることなんてできません。私たち百目鬼組は戦後の闇市から発足した商いの家。商いをするんだったら地域社会に貢献する形でやっていきたい。おたくに貢ぐ金なんかもうないのよ!」

男は小夜の言葉に目を細めた。すると急に小夜の腰に手を回し引き寄せ、顎を上げた。

「人の殺し方は銃やナイフだけじゃない。紐ひとつあれば殺せれるし、いたぶりたければ熱した鉄パイプでもいい。『殺す』の意味だって色々ある。命を取るだけじゃない。社会的に殺すこともできる。一生の心の傷を負わせることもね。特に女の子はそれが一番効く。」
「くっ……。」

流石の小夜も表情が曇る。

「君は、死にたいのか?もしそうならご所望の死に方を選ばせてあげるよ。」
「…私は死なないわ。大事な人とそう約束したの。」
「ほう…。」
「だけど、引く気もない。今言ったことは私が一生かけてやり遂げると誓ったことだもの。」

その途端、武流の手が男の手を掴む。『あの方』に対する恐怖よりも小夜を危険に合わせようとしているという怒りの方が遥かに上回っていた。

「こいつを殺したいなら俺を殺してください。今の百目鬼組総裁は俺です。俺が責任を取りますから…、その手を離してもらえますか?」

男は武流を睨んだ後、吹き出すように笑い出し、小夜から離れた。

「はっはっはっはっはっ!うそうそ。冗談だよ。」

その反応に、二人は間の抜けた顔をする。

「実は清兵衛さんと話していてね。小夜さんがもし組を引っ張ることになったら解散するように仕向けるんじゃないかって話してた。だから小夜さんに任せるのは長年の尻拭いをさせることになるから総裁には別の人間がなって欲しかった、とね。それにこういうことになると僕に迷惑がかかるとも言っていたよ。でも、僕は解散に大いに賛成だ。小夜さんの意見と全く同意だ。」
「…じゃあ、今日はどうして?」
「君たちの仲に何があるか知らないけど、いつまで経っても組をまとめる人間が決まらないのは部外者としてもあまり好ましくない。分断から抗争に発展するかもしれないからね。それに巻き込まれるのはごめんだ。カマかけたら決まるかな、と。」

小夜と武流は緊張が一気に溶け、大きなため息をついた。

「それともう一つ。小夜さんが今しようとしていることは生半可な覚悟じゃできない。トラブルも何かしら起きるだろうし、今よりも現状が悪くなるかもしれない。それも覚悟の上なのか、試したんだ。まあ、まだ君に覚悟があるのか、それとも恐れ知らずのバカなのかわからないけどね。」

男は愛嬌よく笑った。小夜は苦笑いをし、それを武流は白い目で見つめ、不機嫌そうにした。

「しかし、女の人は本当に強いね…。僕には世界一愛している女性がいるんだ。誰よりも大事にしたいと思ってる。でも、自分の力以上のことをしようとして僕を守ろうともする。本当に危なっかしくて、心臓がいくつあっても足りないよ。」

男は高層マンションから見える景色を眺めながら誰かを慈しむような、穏やかな顔を浮かべた。そして好奇心の目を向ける。

「ところで、君たちは予定通り結婚するの?」

武流は男の問いに対する小夜の反応を伺った。小夜は男をまっすぐに見つめる。

「しますよ。これからのために。」
「そう。まあ、もう僕には関係ないけどね。」

迷いなく答えた小夜を武流は複雑な面持ちで見つめていた。

「君たちの健闘を祈るよ。今までありがとう。」

 こうして百目鬼組はサクラの脱会を果たした。その日から百目鬼組は解体へと動き始めた。指揮を取ったのは武流。小夜は補助という形になった。重松は二人の監督を行なった。はじめに取り掛かったのは不当な工事現場の介入や非合法の水商売や賭博場の経営。シノギを失った組員や労働者の生活費はすべて百目鬼組に出された今までの結納金から返却という形で返された。武闘派集団の組員はサクラの『あの方』の提案により、信頼できる他の組への吸収が決まった。また端くれの方で動いていた半グレ集団や薬物の密輸集団は警察との提携により取り締まりを強化し、話のわかる人間やその集団のまとめ役だった人間は出所者や薬物依存等の人間の更生の促進、また未成年犯罪防止を目的として発足された『桉樹会あんじゅかい』の幹部に任命された。主に小夜は更生の方を担当し、地域の協力も仰ぎ、元組員の就職支援などにも力を入れていった。しかし、全ては順調にいかず、組の方針に腹を立てた集団達と内部抗争になる一歩手前までいくことも少なくなかった。その都度、武流と小夜は危険な場所に自ら赴き、事を納めていった。トラブルは内部だけでもない。外部もあった。敵対勢力の脅しに、百目鬼組の急な動きの変化に警戒した地域住民のデモやそれに伴うマスコミの取材対応。もちろん、自ら百目鬼組から離れ、別の犯罪組織や暴力団に乗り移った人間も少なくなかった。全てが武流や小夜だけでなく全ての組員の神経をすり減らした。しかし、清兵衛の人徳で集められた人脈によって助けられることも多かった。
 その間の小夜と武流の関係はというと、籍を入れることもなく、しかし小夜は『姐さん』と呼ばれ、武流も『総裁』と呼ばれたため周りから見れば夫婦という曖昧な状態が続いていた。当の本人達は恋愛的な発展はなく、その代わりビジネスパートナーとして言葉を交わすことが増えていった。そして小夜の首にかかるネックレスが消えることもなかった。
 それから三年。小夜、武流共に二十一歳となった。成亮も出所し、遂に百目鬼組は警察署に解散届を出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

処理中です...