【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

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秘密

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~現在~

「朔也くん…?」

朔也は小夜を見下ろしながら六年前と同じような意地悪な笑顔を浮かべていた。小夜は引き込まれそうになった意識を戻し、掴まれていた右手を引っ込めた。小夜の反応に朔也は一歩下がり、表情を曇らせた。

「どうしてここに居るの?…ううん、なんで何も言わないで行ったの?」
「……とりあえず店閉めるから先に中入ってろ。」
「…うん。」

朔也は持っていた如雨露じょうろをカウンターに置き、店を閉め始めた。その間に小夜は苦い顔をしながら渋々と店の奥に入っていった。
 店の奥はお洒落な作業ルームになっていた。デザインを考えていたのか、花瓶に綺麗な花たちが小さな作業机の上で生けられていた。真ん中には大きめの作業机と丸椅子が一つ置かれ、その横には業務用の水場があった。昔の宇津井屋とは違って全てが真新しいものだった。
 小夜は生けられた花に近づいていった。大きな花が真ん中に配置され、それを囲うように小さな花々や葉たちが置かれている。

(綺麗な花…。なんて名前だったかな。もう忘れちゃったよ…。)

小夜が花に見惚れていると朔也は小夜が見惚れていた花に目を向け、すぐに目を背けた。朔也は気だるげに水場で粉末状のココアをカップに入れ、お湯を注ぎ、小夜の目の前に置いた。

「コート、作業台に置いていいから早く座れ。」
「あ、うん…。ココアだ…。ご馳走様です。」
「…どうも。」

小夜は丸椅子に座ると、出されたココアを顔に近づけた。先程まで寒いところにいたせいか、マグカップから伝わる熱で手先が冷えていたのをしみじみと感じ、身震いした。ココアから出る湯気越しに見える朔也は自分用のコーヒーを淹れていた。

(なんかすっかり大人だなぁ…)
「何見てんだよ。」
「へっ!?…いや、その…」
「…悪かった。」
「え?」

朔也は手を止めて、俯きながら話し始めた。それはまるで目の前にいる小夜にではなく、当時の小さかった小夜に向けて話しているようだった。

「何も言わずに居なくなったこと…すまなかった。」
「………何があったのか教えてくれたら、許す。」
「………。」

朔也は淹れたてのコーヒーに口をつけ、小さく溜息をついた後、話し始めた。

「俺の父親、見たことないだろ?」
「うん。」
「俺の父親はな、賭け事が好きで、自分の稼ぎならともかく店の稼ぎまで使うような奴だった。負けた日には母親と俺に八つ当たりをしてた。最後には闇金に手出して家を出て行きやがった。店を閉めたのは金を払うために店を売ったからだ。」
「闇金…」
「母親は底無しの明るい人だったから周りにも俺にも愚痴を一切吐かなかった。でもそれがいけなかったんだろうな。金取りが来てから急に体を壊して入院する羽目になった。」
「え、じゃあ…清子おばさんは?」
「死んだよ。店を閉めてからすぐに。」

その言葉で首を絞められたような感覚がした小夜は何も言うことができなかった。母親を亡くした痛みを知っているから、どんな言葉も意味を持たないことを分かっていた。小夜が二人目の母親と慕った人が亡くなってしまった。一つの恩返しも出来なかった。悲しみと後悔に涙しそうになったが、朔也の前では泣いてはいけないと必死に堪えた。

「店を閉めた後は親戚に引き取って貰った。理由が理由だったから、すげー嫌煙されたけどな。
でも今は専門学校を出て、こうやって一人で店を構えれるようになってる。」
「…大変だったんだね。」
「まあな。」

朔也の顔は悲しみから立ち直ったような清々しい顔をしていた。朔也の柔らかい笑顔に、小夜の心はココアを持った時のようにじわじわと熱が広がっていくような気持ちを感じた。

「お前は?あの後大丈夫だったか?」
「うーん、なんとか大丈夫だったかな。」
「なんだそれ。」
「平穏ではなかったよ。いろんなものを必死に頑張ってた。その時はその時で楽しかったんだけど、今日全部が無駄になっちゃった。」
「…何かあったのか?」

朔也はコーヒーを片手に水場から小夜に近づいていった。小夜はただただ揺れるココアを眺めていた。

「学校でバレたくなかったことがバレちゃったの。」
「なんだ?好きな人とかか?」
「違うわよ!!」
「じゃあ、なんだ?」
「…ちょっと言えないこと。」
「ふーん。」

朔也はコーヒーを作業台に置き、肘をついて俯いた状態の小夜の顔を覗き込んでニヤリと笑った。小夜は朔也の顔が近いことに気づき、咄嗟に身を退けた。

「な、なに!?」
「いや、いい女になったなって。」
「な、な…」

小夜の顔は一気に赤くなり、思考は停止状態に陥ってしまった。それに構わず、身を退けた小夜に顔を近づける朔也は小夜の反応を楽しんでいるように見える。

「まあ、でも、よかった。」
「何が?…」
「ちゃんと泣けてて。あの時は泣くこともできてなかったもんな。」
「う、うん…。」
(本当は今もなんだけどね…)

小夜は残っていたココアを飲み干し、熱くなった顔を冷ました。朔也は顔を離し、花が置いてある作業台の方に向かい、やりかけていた作品作りを再開し始めた。

「泣いてたのはそのせいか?」
「うん。」
「相当のことだったんだな。早退するほどだったんだろ?」
「先生が配慮してくれたの。家に帰っても尚更辛くなるだけだし、ずっとぶらぶら歩いてた。」
「…警察に補導されなくてよかったな。こんな真っ昼間に制服でぶらつくか、普通。」
「…ごめんなさい。」

朔也は不満げにしている小夜の横顔を横目に大きく溜息をついた。

「俺ここで作業してるから落ち着くまでここにいろ。」
「…ううん。私もう帰るよ。」
「…いいのか?」
「朔也くんの邪魔しちゃいけないし。」
「別に俺は…」
「その代わり、明日も来ていい?学校帰りに。」
「ダメだ。」
「なんで!?」
「未成年をそう何度もあがらせられねーよ。」
「えー、そんな~…
あ!じゃあ、バイトは!?」
「そんなに払えねーぞ?」
「全然大丈夫!!明日からよろしくお願いします!」
「まじか…」

朔也はウキウキと輝いている小夜とは違って困惑を隠せない表情をしている。小夜はこうして朔也の店、『frorist』でのバイト生活を始めることになった。
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