【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

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決意

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 小夜が小学五年、朔也が高校三年になる頃にはすっかり小夜は元気になり、朔也と共に宇津井屋の手伝いをするようになっていった。しかし、そんな日々は唐突に終わりを告げた。

「チビ。」
「はい!」
「……明日は俺も母さんも忙しくなるから店には来るな。」
「私、手伝うよ?」
「店のことじゃない。店は…お休みだ。」
「ふーん、そっか。分かった!」
「……。」

 翌々日。小夜がいつも通りに向かった先には宇津井屋の姿は無く、冷たいシャッターだけがおろされていた。小夜は訳がわからず、何度も目を擦っては来た道を戻り、また宇津井屋の前に行った。どんなに確認しても道は間違えていない。このシャッターがおろされている所は確かに朔也と清子がいた宇津井屋だった。シャッターの前に立ち尽くしている小夜の後ろからはヒソヒソと噂話が飛び交っている。

「あの女の子、清子さんとこに来てた子でしょ?かわいそうね~、店が急に潰れてしまったなんて…。」
「清子さん、あんなに良い人だったのに、挨拶もなしで…。最近顔を見ないと思ってたら、急にいなくなっちゃうなんてね~…。」

小夜の耳には朔也と清子が自分の名前を呼ぶ声が響いていた。自分を置いて行ってしまったという悲しみ、もう会えないのではという不安と寂しさに心をえぐられるような思いでその場に立っていた。朔也は店のことは大丈夫だと言った。宇津井屋は評判の良い店だった。そう簡単に潰れるはずが無かったのだ。

(どうして私に何も言ってくれなかったの…。朔也くん……。)

小夜は涙を流しながら帰り道を歩いていた。すると、一人の男が小夜を待つように立っていた。

「…佐藤?」
「お嬢。またあの花屋に行っていたんですか?親父さん方がまた怒りますよ。」
「…もう行かないからいい。」
「前もそう言って行ったじゃないですか。」
「……無くなってた。」
「え?」
「お店無くなってた…。」
「……そうでしたか。」
「佐藤…泣きたいです。」
「え?あ、えっと…どうすればいいんだ…。」
「背中、さすってほしい…。」
「…はい。」

佐藤は不器用に小夜の背中をさすった。小夜は朔也に背中をさすってもらった時を思い出し、大粒の涙を目から溢れさせた。しかし、あの時のように温かく包んでくれる手がないことを思い知らされ余計に寂しさを感じた。
 家に着くなり、また清兵衛からの呼び出しがあった。仰々しく向かい合う小夜と清兵衛はとても孫と祖父とは思えない。

「小夜。」
「はい。」
「何故わしのいうことが聞けん。」

清兵衛は肘掛けを手の内で大きく叩いた。その音に小夜は肩を跳ねつかせ、震え始めた。それでも清兵衛は鬼瓦のような恐ろしい顔をして小夜を睨み続けた。

「あの花屋はとても良い人たちで…」
「この家の決まりはわしが決めておるのだぞ!!舐めた真似をするんじゃない!!」
「はい…」
「ふっ、まあいい。あの花屋は無くなったらしいからな。
いつまでも母親が死んだ場所に行くのはやめろ。忌々しい…」
「……。」
「なんだその顔は。」
「いえ、なんでもありません。」

小夜は仰々しく一礼をして清兵衛の部屋を出た。障子を閉めた時の小夜の顔は悲しみに暮れる顔ではなかった。この時小夜は決意した。一人で生きていけるだけの力を身につけ、この家を出て行ってやると。
 その日から小夜は人が変わったように勉学に勤しんだ。進学の道を認めさせるために家事などにも力を尽くした。中学に上がってからも、学校へ直行直帰し、清兵衛の癪に障らないように努めた。案の定、受験時には清兵衛は怒り狂ったが、引き続いて家のために働くことを条件に進学を許してもらえた。全ては小夜の努力の賜物であった。母の言いつけを守り続け、周りに認められるように努力を惜しまず、笑顔であり続けた。だが、小夜は宇津井屋の件より人前で泣くことは一度もなかった。それは人に涙を見せてはいけないという思いも強かったが、温かく抱きしめてくれる朔也の手はもう無いんだと再認識をするのが怖かったからである。一人で泣けば温かい手が無いのは当たり前だと落とし込むことができるから。
 小夜の寂しさ募る心を慰める人間はこの六年間、誰一人として現れることはなかった。
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