【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

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虚しさ

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 終礼のチャイムが鳴り、クラスの女子たちは球技大会について話し合っていた。小夜はしばらく残った方がいいと判断し、残っていた。予想通り、話し合いを終えた先ほどの二人組が小夜に話しかけてきた。

「あのね、学校が終わったら、みんなで練習しようと思うんだけど…。百目鬼さん、来る?…別にね!嫌だったらいいんだけど…。」
「ううん!行きます!誘ってくれて嬉しい!」
「そ、そっか…。じゃあ、学校終わりに体育館に集合ね。」

小夜はまさか誘ってくれるとは思わず、少しだけ安心に包まれた気がした。
 その帰り道、小夜はハッと気づいた。

(バイト行けなくなっちゃうんだ!…でも、今断ると印象悪いよね。少しの期間、お休みもらおうかな……。)
「おい!」

考え事をしながら歩いていた小夜に話しかけて来たのは、武流だった。

「な、何よ。」
「さっきのは惨めだったな。俺のことバラす気になった?」

武流はクラスメイトに向けていた爽やかな笑顔とは全く違う、意地悪な笑顔をしていた。

「くだらないこと聞かないで。そんなにバラされたいの?」
「いや、良い子ぶってんのはいつまで続くのかなって。」

武流は試すような目つきで、小夜の顔を覗き込んだ。小夜は大きく溜息をつき、足を止めた。そして、しばらく黙ってから口を開いた。

「…さっきは、ありがとう。」
「は?」
「私が困ってたから、あんなこと言ってくれたんでしょう?」
「は!?い、いや、別に、グダグダしてる空気が嫌だっただけで…」

急に小夜の綺麗な瞳が真っ直ぐ自分に向けられたため、武流は目を逸らし、退いた。武流の耳は少しだけ赤くなっていた。
 小夜は武流の反応に関心を示さず、そそくさと歩き始めてしまった。

「お、おい!待てよ!」
「貴方、しつこいわね。私がお祖父様にチクったら、貴方の父親が危なくなるとか考えないの?」

武流はしばらく小夜を見つめ、答えを出さなかった。

「お前さ、俺のこと、総裁から何も聞いてないのか?」
「え?何も聞いてないわよ。…ていうか、なんでお祖父様から貴方のこと聞かなきゃいけないのよ。」
「…そっか。」

小夜は急に武流がだんまりになるので、やりにくそうな顔をしながら武流のことを見た。武流の表情はどこか悲しげだったので、小夜も一緒にだんまりになった。武流は急に何か気づき、全く別の話をし始めた。

「つーか、なんでお前こっちの道来てんだよ。遠回りじゃん。」
「いいでしょ、別に。」
「ははーん、家が極道ってバレないようにしてるのか?」

武流はまた意地悪な顔をして、小夜を煽った。小夜は武流に話すと清兵衛達にバレると思い、バイトのことを伏せて話した。

「違うわよ。…ちょっと用があるの。」
「用って何だよ。」
「……色々あるのよ。」

小夜は少し頬を赤らませ、話を逸らした。武流は小夜の反応に嫌な疑念を抱いた。
 二人がそんな話をしているうちに、朔也の店の前に着いた。

「ここだから。じゃあね。」
「花屋…?」

小夜が正面玄関から入ろうとした時、ちょうど朔也が外に出てきた。

「おう。おかえり。」
「ただいま!」
「ったく、裏から入れって言ってんのに。」
「一日くらい良いでしょ!」

朔也は武流を横目で見た後に、小夜の後に続いて店に入っていた。武流はその場から動かず、店を見ていた。その目つきはどこか怒りを感じさせるものだった。

ーーーー店内ーーーー

「あ!小夜ちゃん!おかえり!」
「…ただいま帰りました!」
「元気がいいね~!若いっていいな~」

小夜は絢香に快く挨拶をし、着替えを済ませ、すぐに仕事に取り掛かった。
 最近、小夜にはバイト中の悩みがある。それは、小夜がやっている仕事を絢香が取っていってしまうことだ。花の手入れをしている時も、接待をしている時も、掃除をしている時も、「疲れてるでしょ?変わるよ。」の一言で取られてしまう。しかし、朔也と小夜が話していると、途端に絢香が入ってくる。小夜はどことなく、邪魔者扱いをされているような気がしていた。
 小夜がいつも通り掃除をしていると、絢香が飛んでやってきた。

「小夜ちゃん。」
「あ、あの、私疲れてないので…」
「違う!違う!そうじゃなくて…」

 いつも通り交代に来たのではないのか、と小夜が首を傾げていると、絢香はクスッと微笑んで話し始めた。

「あのね、朔也とゆっくり二人で話したいことがあってさ。小夜ちゃんが迷惑じゃなかったら、早めに帰ってもらいたくてね…。お願いできるかな?」

小夜は心の中で、ああ、だめだ。と呟き、そっと微笑んだ。

「私、明日から三日間、学校行事で来れなくなるので、その時にゆっくり話せると思いますよ。」
「あ!そうなんだ!学校行事楽しんできてね!」
「はい。」

普通、店を休む時には、「ご迷惑をおかけしますが…」と言うのが常識なのだが、小夜にはその言葉を言えるほどの余裕が無かった。

(絢香さん、朔也くんに何の話があるんだろう…)

 それからの小夜は普段と変わらずに仕事をしていた。しかし、内心では心ここに在らずの状態であった。
 六時。店を閉め終わった後、小夜は朔也と絢香が話している間に、隠れるようにして帰ろうとしていた。

(明日からお休みすることはメールで送ればいっか…)

小夜は朔也を避けていた。朔也の顔をまともに見れる気がしなかったからだ。休み明けに自分の居場所がここになくなっているのではという不安があった。もし絢香が朔也に告白をしたら、朔也はどうするのか。そもそも、朔也にとって絢香はどんな存在なのか。絢香のことが嫌いというわけではない。ただ、絢香を見ていると、何とも言えぬ気持ちになる。ぐるぐると渦を巻くように小夜の体を駆け巡る感情は焦燥だけでは無く、小夜の知らない感情も混ざっていた。
 小夜が裏玄関を出て、少し立ち止まっていると、朔也が追いかけて来るように、裏玄関から出てきた。

「どうした?最近変だぞ。」
「…そうかな?疲れてるだけかも。」

小夜は突然来た朔也に驚いて、目を合わせたが、すぐに逸らした。

「あ。私明日から学校行事で三日間お休みするね。」
「……。」
「…じゃあ、お疲れ様でした。」
「おい。」

そのまま帰ろうとした小夜を、朔也は腕を掴んで引き止めた。

「何で目逸らすんだよ。」
「別に、逸らしてなんか…」

小夜は朔也に掴まれている腕を振り解けなかった。しかし、少し間を置いて、名残惜しさと共に腕を振り解いた。そして、朔也と向き合い、目を見て微笑んだ。

「ほら、逸らしてないでしょ!朔也くんは心配しすぎだって!私なら大丈夫…」

小夜が言い終わらないうちに、朔也は片腕で優しく小夜を包み込み、頭に手を置いた。

「言ったろ。お前が何考えてるかくらい分かる。」

小夜はその言葉で脆い笑顔を崩した。

「何で…朔也くんは私を抱きしめてくれるの?」
「……こうしないと、お前、素直になれないだろ。」

朔也は微笑むと小夜の頭を慰めるように優しく叩いた。

「もっと周りに甘えろ。」
「……はい。」

小夜は朔也の慰めの言葉に嬉しさを感じながら、同時に切なさを感じていた。頭の上にある朔也の手は、兄としての気持ちしかないと分かっていたからだ。体の距離はこんなにも近いのに、心は何よりも誰よりも遠く感じていた。

「球技大会だろ?頑張れな。」
「うん。ありがとう。」

 その様子を窓から見ていた絢香は、少し俯いた後、カーテンを静かに閉めた。

ーーーーーーーー

小夜が帰った後、絢香は丸椅子に座って、コーヒーを飲んでいた。朔也は小さな作業机で花のデザインを考えていた。

「朔也。」
「何?」
「明日、話があるから店早く閉めてくれない?」
「……何だよ、話って。」
「うーん、大事な話かな。」
「…あっそ。わかった。」

朔也は話を終えると作業を再開し、絢香は朔也の背中を見つめながら、マグカップを机に置いた。ピンク色のマグカップの中には温かいコーヒーが少しだけ残っていた。
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